第71話 なぜか、リア神との生活が終わらないんだが①
唐突だが、みんなは『1度は言われてみたい台詞』というのはあるだろうか?
おそらく、大半の人がこの質問をされたときに『ある』と答えることだろう。
『かっこいい』『イケメン』と容姿を褒める言葉。
シチュエーションで言うのであれば、終電間際の電車で……『今日は帰りたくないの』みたいなことが例として挙げられる。
ただ残念なことに、こんな台詞を言われるのは一部の人間だけだ。
そう健一のように容姿が優れた完璧野郎とかね。
まぁ、お世辞で言われることもあるだろう。
その他に考えられるとしたら、嘲笑する対象として俺みたいな奴が言われるかぐらいか……。
うん……考えると悲しくなる事実だ。
さっきのシチュエーションだって精々、終電間際の駅のホームでイチャイチャするようなリア充オーラ出しまくり迷惑カップルとかぐらいだし。
だから本来、俺には縁のない話の筈なのだが……。
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも——」
俺の目の前には、顔を赤らめ少しもじもじするリア神の姿。
この後に続く台詞は決まっている……『私にしますか?』だ。
ど定番ではあるものの“言われてみたい台詞の上位”に位置するこの言葉。
それをいざ言われると、胸が高鳴りドキリとしてしまう。
決まり文句のようなこの問いをまさか自分が聞かれる立場になるとは……。
俺も、一応は健全な男子高校生。
興味がないと言えば嘘になる……。
学園の女神様と名高い美少女が俺の家に入り浸り、さらには学校で見たことのないような隙だらけで……無防備で…………。
そんな姿を連日見せられ続けているのだ。
そのせいで、俺の理性と本能のせめぎ合いは苛烈を極め……終始、心を掻き乱している。
あー、正直辛い。
顔が自然と火照るし、嫌になるよ。
けど俺は、こんな状況でも雰囲気に流されていない。
こんな俺の姿を見た人は『馬鹿じゃないの?』や『誘われてるみたいだから乗ってしまえば?』とか『はぁ? チキンかお前?』みたいなことを言ってくることだろう。
——だが、考えてみてほしい。
古今東西、今の世の中には危険な罠で溢れ返っている。
色仕掛けに遭う人……。
それによるスキャンダル……。
そう、人生は何が起こるかわからない。
だからこそ細心の注意を払い、物事を考えなければならないのだ。
俺は緩みそうになる頰を抓り、顔を引き締める。
そして、真剣な目で凛を見た。
だが——
「英単語100個にしますか?」
……残念ながらお約束はなかった。
うん。
凛のことだから、なんとなくそんな気はしてたんだけどね……。
「「……………………」」
俺と凛の間をなんとも言えない微妙な空気が流れる。
歯車が噛み合わない。そんな感じだ。
その空気を察したのか、凛が難しい表情をした。
「何かおかしかったですか? なんだか、物凄くガッカリしたように見受けられたのですが……」
「なんでもない……。ただ、現実は残酷だなと思っただけだよ……」
「私にはよくわかりませんが……。翔和くんがやるべきことは、先程提示した選択肢ですよね?」
「……うん、まぁ……確かに」
確かに間違ってはいない。
時間的には夜だし。
ご飯、お風呂、勉強の選択肢しかないのはわかる。
いつもだったら、勉強を教えてもらっている時間だしね。
だから…………悲しくはない!!
ただ虚無感に襲われているだけだ!
「えっと……その、ハンカチいります? やはり、悲しそうです」
「いらねぇよ! つか、なんだその可哀想な人を見る目はっ!!」
申し訳なさそうにハンカチを差し出されると、逆に悲しくなるわ……。
ってか、前にもこの流れがあったような……。
「では、どちらにしますか?」
「普通に腹減ったから……ご飯で」
「わかりました。では、単語はお食事の後にしましょう」
「へいへい」
単語100個って結構辛いからな?
1日で完璧に暗記は俺の頭ではほぼほぼ無理だし……。
まぁでもこれを続けてたから、少しずつ長文とかが読めるようになってきたのは事実なんだよなぁ。
ただの丸暗記ではなくて、豆知識や理屈を絡めて教えてくれるから頭に入り易いんだよね。
発音もめっちゃ綺麗だし……。
最早、先生より立派な先生だよ。
「——翔和くん?」
凛は前屈みになり、俺の顔を覗き込む。
ライトブルーのワンピースが少し弛み、彼女の胸元が視界に映り込んで来た。
俺はすぐに目を逸らし、誤魔化すように大きな欠伸をする。
「ふわぁ〜……。マジで、びっくりした……。急に前に現れないでくれよ」
「さっきから前にいましたよ……。それに何度も名前を呼びましたし」
「あーマジか……その、わりぃわりぃ。ちょっとぼーっとしてた」
「何か考えことでも?」
「ま、そんな感じ。勉強のことを考えてたわー」
嘘は言っていない。
それなのに……さっきの光景が頭から離れず、演技っぽい口調で言ってしまった。
凛の視線が鋭くなり、何かを疑うような目つきに変わる。
ただ、どことなく心配そうな表情にも見えた。
「なんだか怪しいです……。何か、隠していませんか?」
「いや、そんなことは……」
俺の歯切れの悪さに疑いの目がさらに濃くなった。気分的には、浮気を疑われる男の心情といったところか……。
凛は俺の前に座り、その大きな瞳でじっと見つめてくる。
そして何かに気がついたのか、はっとすると慌てたように手を伸ばしてきた。
「もしかして、熱でもあるのでしょうか? 顔もなんだか赤いですし……」
「いや、それは……違うと思う、ぞ……?」
「本当ですか? 翔和くんは、変に意地を張って痩せ我慢することがあるので……。ちょっと、確かめさせてください」
凛はそう言うと、伸ばした手を俺の額に当てた。
顔が近いな、おい……。
「……これだとわかり辛いですね。では——」
凛の顔が俺の顔に近づいて…………えっ?
俺は寸前のところで凛の肩を掴み引き離す。
焦りまくる俺とは裏腹に、凛は『どうしてですか?』と言いたげな表情で小首を傾げ、目を何度も瞬かせた。
「ちょっと待て!! 『では』って何をする気なんだよ!?」
「何って言われましても……。その、おでことおでこで“こつーん”としようかと……」
「“こつーん”って……」
凛が自分の前髪をめくり、おでこを俺に見せつけてきた。
普段は前髪を下しているだけに、見慣れない新鮮な姿が妙に心へ突き刺さるものがある。
それにしても……綺麗なおでこだなぁ。
高校生って“肌荒れ”や“にきび”とかを見られるのが嫌でおでこを隠したりするらしいけど……。
だがリア神には、そんな痕が1つもない。
細部にわたって完璧である。
……流石はリア神。
「私のおでこ……何か変ですか? じーっと見ていますけど?」
「い、いや! ただ単にぼーっとしてただけだ……特に他意はない」
「そうでしたか」
「ってか、おでこで計るって……。普通に体温計とかでよくないか?」
「体温計より正確で早さには自信があります」
「何、その無駄な特技は……」
リア神の能力は文明の利器も凌駕するの?
それだと最早、人ではない何かな気が……。
あ、でもそういうの含めて“神”扱いなのか。
なんか改めて納得してしまうよ……。
「だから動かないでじっとしてくださいね」
「マジでやるの……?」
「勿論です」
頭を手でしっかりと押さえられ、動かないように固定される。
そして、ゆっくりと近づいてくる凛の顔を見ないようにぎゅっと目を閉じた。
……しまったなぁ。
俺は目を閉じるという行為を選んでしまったことに頭を悩ませた。
もし時が戻せるなら、こんな愚かな選択などしなかったのに……。
人っていうのは不思議な生物で目を閉じると、他の器官が見えなくなった分を補うように感覚が鋭敏になってゆくのだ。
だから——
凛から感じる熱。
呼吸音。
微かに当たる吐息。
匂い。
それらを残さず拾い上げ、俺に届けに来てしまう。
目を開けていた方が、ましだったのかもしれないと思えるほど……いつも以上にこの状況はよくない。
硬めの感触があるし、おそらく額にはもう当てているのだろう。
だから目を開けることはもう出来ない。
俺に出来ることは、この時間が過ぎ去ることをただ座して待つことだけ…………うん?
なんかやけに熱くない……か?
まるで湯たんぽを頭に付けられたような違和感。
もしかして悪戯か?
だったら、この熱も納得なんだが……。
俺は、薄目を開けて凛を見る。
すると微かな視界に飛び込んできたのは、顔をトマトのように真っ赤に染めた凛の姿だった。
「……なぁ、逆に凛の方が熱っぽくない……か?」
俺の言葉により一層、顔を赤くした凛は膝を抱えて顔を伏せてしまった。
そして——
「うぅ……。今の私には、まだハードルが高かったようです……」
と小さな声で呟いた。
妙にしおらしくなる凛の姿を目の当たりにして、俺は思わず苦笑する。
少し顔を上げた凛と目が合うと、お互いに顔を背けてしまった。
ったく、らしくない反応するなよな……。
俺はなんだか急に気恥ずかしくなり天を仰ぐ。
そして、顔の火照りを誤魔化すようにぽりぽりと頬を掻いた。
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