第66話 なぜか、リア充達とプールに行くことになったんだが ③
「……2人とも遅い」
健一と藤のいるパラソルに着くと、少し不満そうな表情で藤が待っていた。
「そう言うなって琴音! どうせ翔和のチキンっぷりが発揮されたんだからさ! ま、でもー無駄だったみたいだけどなぁ〜。な! 翔和!」
「……勝手に言ってろ」
俺はため息混じりに答え、ニヤニヤとした顔をする健一から目を逸らした。
さっきまで不機嫌そうだった藤も何故か生温かい目で見てくる……。
まぁ仕方ない、そんな目で見られても……。
なぜなら、未だに凛が俺の手にしがみついているのだから。
なんだか暑いし、いい匂いもするし、そして…………柔らかいし。
頭がクラクラしてしまう。
けど、1つ不思議なのは、凛が何故か周囲の視線に敏感に反応しているっていうことだ。
普段だったら、あまり気にしてないような気がするんだが……。
「凛、なんでそんなにキョロキョロしてるんだ?」
「翔和くんの悪口が聞こえた気がしたので、声の主を探しています」
「あー、それは気にする必要ないよ。どうせ、ほぼ全員に等しいだろうし」
美少女に女神、超絶イケメンそして金魚のフン。
このメンバーでいて、俺に疑念を抱いて文句を言いたくなるのは正直、仕方のないことだ。
『なんであいつが? 金の力か?』と思わない方が無理がある。
『すげぇお似合いじゃん!』って思った奴がもしいたら、それは病院に行くことをお勧めしよう。
普通にあり得ないことだし……。
「……全員ですか」
毛を逆立てた猫のように「フーッ!」と唸り声をあげ威嚇をするリア神……いや、この場合はリア猫か。
目つきが鋭いがあまり怖さを感じない。
寧ろ、猫を撫でるように顎をこしょこしょとしたくなってしまう可愛さがある。
まぁ勿論しないけど……。
「私……一言、文句を言って来まひゅ!?」
「……凛、落ち着きなさい」
「こひょねひゃん、ほおをひっぱらにゃいで〜(琴音ちゃん、頰を引っ張らないで〜)」
「……落ち着いたなら止める」
少し涙目の凛がこくこくと頷くと、藤は凛の頰から手を離した。
「酷いです……琴音ちゃん。私は正当な主張をしたいだけなのに……」
「……駄目。凛が出て行くと余計にややこしくなる」
「ですが……」
「……気持ちはわかるけど抑えて。そういう行動をしたら彼がどういったことをするか……なんとなく凛ならわかるでしょ?」
藤が俺のことをチラッと見てくる。
おい、なんで俺を見るんだよ……。
「うっ……そうですね……。私の考えが浅はかでした……」
「……わかってくれればいい。それよりも——」
藤は凛の後もちょんと突き、自分のポーチから何かを取り出すとそれを健一に手渡した。
「……健一、日焼け止めを塗ってくれない? 塗るの忘れてたの」
「うーん? ……おう! 任せとけっ! 塗るところは背中でいいのか〜?」
「……うん。お願い」
藤はラウンジチェアの上でうつ伏せになると、健一に日焼け止めのクリームを手渡した。
流石、リア充……自然なやりとりで違和感がない。
俺だったら動揺して塗ることなんて…………うん?
藤から妙な視線を感じた気がして彼女を見る。
気のせいか?
何かを目配りしてた気がしたんだが……。
そんなことを考えていると、肩をトントンと叩かれる。
後ろを振り返ると顔を赤く染めた凛が、俺に向かって日焼け止めのクリームだと思われる物を突き出していた。
「えーっと……凛。それは、何……?」
「そ、その……お願いしたくて……日焼け止めを……」
いつも凛々しく堂々としている凛が、妙にたどたどしく頼む姿にこちらまで変な気分になってしまう。
まるで全身の血液が顔に集中してゆくような熱を感じ、非常に熱い……。
もしかしたら凛と同様に赤面しているのかもしれない。
俺は目をわざと太陽の方に向けて「暑っ」と呟き、顔を手で扇いだ。
「……それは藤さんに頼んだ方がいいんじゃないか?」
「今、琴音ちゃんは加藤さんにやってもらっていますし……」
「終わってからでいいん——」
「……私は凛が使ってるのが肌に合わないから無理。だから、常盤木君がやってあげて」
話に割り込むように藤が口を挟む。
「だったら、健一がやれば——」
「……まさか、人の彼氏にやらせる気? ねぇ、常盤木君?」
「……すいません」
人を射殺すような藤の冷たい視線に反射的に謝った。
なんだろう。
さっきまで顔に集中していた血液が、一気に逆流するように引いてゆくのを感じた。
……藤さん、怖いなぁ。
「いい加減、諦めろよ翔和! つーか、あれか? 若宮のことを意識し過ぎてできねーの?」
「……そんなことねぇよ」
ぶっきら棒に否定するが内心ではどきりとしていた。
ってか、意識しないっていう方が無理があるだろ……この状況。
「翔和くん……ダメですか?」
吸い込まれそうなぐらい大きな目。
そんな目が、俺を上目遣いで不安そうに見つめてくる。
マジで反則だろそれ……。
物欲しそうな、不安そうな、男の欲情を掻き乱すような目に抗う術を俺は知らない。
……知っている人がいたら、マジで教えてくれ。
頼むから……。
俺は大きなため息をつく。
「わかった……やるよ。……背中でいいんだよな?」
「はい!」
凛は無邪気な笑みを見せ、喜ぶ素振りを見せてきた。
その様子を見ていると胸のあたりがチクりとし、少しざわついてくる。
はぁ……こっちの気も知らないで。
「それではよろしくお願いします」
「ああ……」
藤と同じようにうつ伏せになる凛。
その無防備な姿を前にして、俺の口から再びため息が漏れ出た。
……やるしかないか。
俺は覚悟を決め、日焼け止めのクリームを手の上に搾り出す。
そして白くて華奢な凛の背中に手を置いた。
「きゃっ……」
「えっと……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。意外と冷たくて驚いただけですから」
「……そっか」
「ふふっ」
「なんかおかしなことあったか?」
「いえ……ただ、翔和くんの手って大きいなぁと思いまして」
「男の手なんてこんなもんだろ……」
「それになんだか温かいです」
「……つ、続きやるからな」
「はい。お願い……します」
俺は肩のあたりから塗り始め、そのまま腰の方に向かってクリームを塗ってゆく。
なくなったら再び手にとり、それを背中に塗りつける。
初めて触れた凛の背中はすべすべとしていて、荒れているところは全くなく綺麗だった。
……こんなところまで完璧かよ。
と思わず苦笑した。
「ひゃぁん…………いえ、何でもないです」
「そ、それならいいが……」
腰にたどり着いた途端、凛から艶っぽい声が微かに漏れる。
俺は聞こえなかったフリをするつもりだったが、流石にリア神も恥ずかしかったらしい。
耳は赤く、頰が見える範囲でも桜色に染まっている。
恥ずかしいなら、俺に頼まなければいいのに……まぁ、消去法的に仕方ないのか……。
俺は頭に過る、虚しい考えを振り払うように頭を左右に振る。
そんな様子を悪友は、腹が立つニヤついた表情で見ていた。
「健一、なんでニヤついてんだよ……」
「べっつに〜。ま、微笑ましいこった」
「……よかったね、凛」
「……見世物じゃねぇーよ。ったく、他人事だと思って……」
俺は不貞腐れたように悪態をついた。
そんな俺の様子を凛が見たのか、目が合うと優しく微笑んでくる。
凛からそっと顔を背けると、俺は燦々と輝く太陽を見て嘆息した。
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