第62話 なぜか、リア神が水着を所望しているのだが



「翔和くん、水着を買いに行きましょう」



 凛が俺の正面に座り、真剣な顔で俺を見つめる。

 リサさんから私服の差し入れがあったことで、凛はもうジャージ姿ではない。肩口が可愛らしい白のワンピースを着ている。


 そんな格好で正座をされるので、目のやり場に困ってしまう。



「水着を持ってないのか?」


「いえ、一応……あるにはあるのですが……」


「なら、必要ないだろ」



 水着は意外と高い。

 あんな裸に1枚の布を着けるだけの物が、何故あんなにも高いのか疑問だ。


 だから、持ってるなら買う必要はないと思う。

 お金は節約すべきだし。


 俺は背伸びをし、凛の方を見る。

 凛は、何故か恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


 ……え? 何でその反応?



「わかりました。翔和くんがそう言うのなら……。それで行くことにしましょうか」


「参考までに、それはいつの水着だ?」


に授業で使用していた水着です」


「……はい?」



 まさかのスクール水着……だと!?


 今の凛にスクール水着?

 色々とアウト、いや完璧にアウトだ……。

 大人びたリア神にその水着の組み合わせは……背徳的すぎる。


 つか、なんでここに持って来てんだよ……。



「翔和くんが望むなら……その水着で頑張りますっ! 任せて下さい!!」


「なんでそうなる!? 一旦考え直そう、凛は高校生なわけだし、色々と……そう色々とダメだ!!」


「えーっと……そうですか?」


「ああ、やめとこう。それは、即刻処分しとくべきだ」



 凛もその水着の危険性に気がついたのか、水着とにらめっこするように向き合っている。

 これでとりあえずは——



「確かに、サイズが合わないと問題ですよね。なので合わせてみます」


「え、はぁ? おい、ちょっと待て!!」



 凛を止めようと手を伸ばすが、ひらりと華麗に躱され、そのまま洗面所に走って行く。

 離脱しようと腰を上げるが、「翔和くんは少し待ってて下さい。提案者は責任を持って見守るべきです」と声が聞こえ、渋々待機することになってしまった。



 ——5分後



 365日よりも長く感じたこの5分間。

 今、洗面所ではリア神が神がかった姿を晒そうとしている。


 見たいか見たくないか……。

 いや、見たいに決まっているだろ。


 ただ、見る前に精神統一は必須である。

 南無阿弥…………。



「翔和くん……今、残念なことに気がついてしまいました……」


「うん?」


「……ヘルプです」


「どうかしたのか……っておい!?」



 俺は恐る恐る洗面所に顔を出す。

 女の子座りをしたリア神が、涙目でこちらを振り返った。


 水着から見える白い肌にくびれた腰。

 小さめの水着を着たせいで、より扇情的な姿だ。


 せめてもの救いは、見えているのが背後からという点だろう。

 これが正面だったら……やばかっただろう。



「私が太ったせいで水着が苦しいです……。なんということでしょう……」


「いや、それはー……違うと思うぞ……?」



 リア神は太ったと言っているが……それはまずない。

 水着がそもそも小さいからな……。

 仮に凛が太っているとしたら、地球上のほとんどの人が“太っている”に分類されてしまうことだろう。



「着れないのが悔しくて……それで意地になって着ようとしたのですが……」


「こんな、あられもない姿になってしまったと」


「不徳の致すところです」


「はぁ……ったく、なんか俺にすることある?」


「肩から水着を外してくれると助かります。今、手を回せないので……締め付けも痛いですし……」


「セクハラで訴えたりしない?」


「しません!」



 俺はなるべく肌に触れないようにしながら、凛の水着を肩から脱がす。

 そして、俺の出番が終わった途端、その場から逃げ出した。


 ……うん、これ以上は無理。



 ◇◇◇



「翔和くんは水着ありますか?」



 スクール水着の一件から数分後、何事もなかったように澄ました表情で話しを切り出してきた。

 薄っすらと耳が赤いことを気がつく辺り、凛との付き合いも長くなってきたということだろう。


 ……まぁ、流石に恥ずかしいよなぁ。



「俺もないわ……。授業以外でプール行く機会なんてなかったし」


「私も同じです」


「まさかの共通点だな。てっきり、プールとか海とか行くもんだと思ってたけど」


「行くと面倒なことが起きますので、全てお断りしてました」


「あー、なるほど」



 きっとナンパの類いだろう。

 それは想像に難くない。


 プールや海にリア神がいたら、声掛けたくなるよな……。



「ってことは、とりあえず、お互いに水着の知識がないわけだよな?」


「そうなりますね」


「そんな二人が買いに行って大丈夫か? つか、水着を選ぶときに待つのは中々に辛い……」



 女性用の水着がたくさん並んでるところで待つ。

 ……拷問でしかない。


 男子だったら買い物はすぐに終わるけど、女子って長いイメージがあるからな……。


 その間ずっと付き添うのは、辛過ぎるわ……。



「その辺は、問題ありません。琴音ちゃんと加藤さんもいますから、何かあればアドバイスをくれる筈です」


「あー、既に声掛けてたわけね……行動が早いこと」


「これで翔和くんもバッチリと選べますね」


「ははは……、痛み入る配慮ありがと……」



 やんわりと逃げようとした逃げ道は、あっさりと封鎖されてしまった。

 まぁ、健一がいるなら待ち時間で話してればいいけどさ……。



「では向かいましょうか。お二人を待たせるわけには参りませんので」


「え? 今から……?」


「勿論です。善は急げですよ」


「はぁ……マジかよ」



 俺は額に手を当て、やれやれと肩を竦める。

 断ろうとしても、無駄な流れが作られていたわけね……。


 ったく、健一の奴。

 余計なことを……。


 玄関の方から、手招きで俺を急かす凛にため息をついた。

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