第61話 なぜか、リア神との夜は戦いになるんだが



「いらっしいませ〜!」



 俺はいつもの営業スマイルで客の応対をする。

 きっと客には、にこやかな笑顔に見えているだろうが……今の俺は眠さと戦うのに必死だ。


 その原因となる人物は、いつもの席でリスのような小さな口でドーナツを満足そうに食べている。

『こっちの気も知らないで』と愚痴の1つも言いたくなるが、幸せそうにドーナツを食べている凛を見てると自然と顔が綻び、怒気が抜けていく。


 まぁ文句を言っても仕方ない。

 普段の恩を返せるとプラスに考えて、今の状況を甘んじて受け入れよう。


 けど、勘弁して欲しいことが2つある。


 1つは、お風呂の時間だ。


『翔和くん、お風呂を沸かしたので先に入って下さい。私は後からでいいので』


『いや、俺は後でいいよ』


『それは出来ません。私は居候の身ですし、先に入るとお湯を汚すことに繋がります。それに、私はお風呂が長い方なので……』


『じゃあなおの事、先に入ってくれよ。俺、シャワー派だから湯船に浸からないしさ』


『ですが——』



 とまぁこんなやり取りがあったわけだ。

 この後はジャンケンで決めてその結果、凛が先に入ることになったよ。


 俺はというとテレビを爆音でつけ、水の滴る音を完全にカット。

 それにより、凛の今の状態を想像して緊張してしまうのはなんとか対策ができたんだが……。


 はっきり言って心臓に悪過ぎる。

 妙に警戒が薄いところのある凛が、俺の家でお風呂入っているという状況が……。


 けど、風呂上がりの姿は否応なく見ることになってしまう。

 もしかしたら、タオル1枚巻いて出てくるのではないか?

 そんな懸念が頭を過ぎり、

 ——結局、1時間ぐらい外に待機することにした。


 ……蚊に刺されまくってマジ辛い。



 ちなみお湯には浸かってない。

 いや、無理だよ。普通にね……。



 そして2つ目が夜の寝る場所をめぐる攻防だ。



『やべ、敷布団が1つしかないの忘れてたわ……」


『そういえば、そうでしたね……私も失念していました』


『別に凛が悪いわけじゃないよ。ま、とりあえず俺ならどこでも寝れるから使ってくれ』


『それはお断りします。家主の不自由をこれ以上増やしたくありません。ですので、敷布団は翔和くんが使って下さい』


『俺はいらない。別にフェミニストでも慈善主義でもないが、単純に女の子を床で寝かせるのは気が進まない。昨日は、仕方ないにしても……」


『ですが——』



 と言うやりとりがあったわけだが……。


 凛は一歩も引かず、俺に敷布団を押し付けてきたわけだ。

 自分を決して曲げないことは美徳だが、こういう場面での頑固さには頭が痛くなる。


 一応、ジャンケンで抵抗もした。

 今度は負けたけど……。


 そして最終的に、なし崩し的な妥協点として“2人で同じ敷布団の上で寝る”となってしまったのだ。



 ……いや、でもマジでどうしてこうなった?



 この一言に尽きる。

 自分で言うのも情けない話だが、いいように言いくるめられ気が付いたらこの選択肢のみになっていた。


 凛も顔を赤くするぐらいなら、考えを改めてくれればいいのに……。


 ま、こうなってしまうと俺は当然寝れないわけで、必然的に朝はあの“寝惚けリア神”の餌食になってしまう。

 そして、最終的に俺は力尽きて寝てしまった。



 ……デジャヴだなぁ。



 とりあえずそう言うことがあって、今日のバイトは非常に辛いわけだ。

 今日もいつも通りのシフトで18時にはバイトが終わる。

 だからそこまで歯を食いしばって頑張ればいい。


 つまり……後、5時間程の辛抱である。


 うん、考えたら余計に辛くなるな……。


 俺は漏れ出そうなため息を我慢して、口の端をぎゅっと結ぶ。


 そして優雅にコーヒーを嗜んでいるリア神を横目で見た。

 店の窓から差し込む光が、彼女の存在を強調するように照らしている。

 その中で、コーヒーを飲む姿が1つの芸術品のように仕上がって見えた。


 神に愛されているようにしか思えない程、彼女には演出が付いて回っている。

 まぁ実際に神がかってる人物だから、特に違和感はない。


 寧ろ「あーいつも通りか」と、この自然の演出を受け入れてしまっている自分がいる。


 慣れというものは怖いものだ……。

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