第44話 なぜか、リア充達が俺の家に集まるんだが
「んーっ……」
俺は更衣室にある椅子に腰掛け、バイトで疲れた身体を伸ばす。
今日のバイトは18時までだった。
朝の9時から働いてこの時間なのだから、まぁまぁ働いた方だろう。
この8時間+1時間休憩と言う形は、バイトを始めてからわりとこなしていて慣れているつもりだったが、今日は妙に疲れてしまった。
理由はわかっている。
あのリア充軍団、俺のバイト中ずっといるからだ。
たまにこっちをチラチラと見てくるし……。
なんか盛り上がってる様子だったりと……うん。
正直、働き辛い。
ちなみにリア神は、いつもの通りドーナツとレモンティーの組み合わせを購入している。
今日から始まる新商品ではなく、いつもと同じ物を頼むあたりがリア神っぽい。
まぁ、今度は新商品のPRでもしておこう。
けど、そんないつも通りのリア神に、1つだけ気になることがあった。
レジでお会計をする時、俺と目を合わせることなく終始伏し目がちだったというところである。
一応……目が少しだけ合ったりもしたが、何故か目を逸らされてしまった。
何か嫌われるようなことをしたかもしれない。
だが、それが何かわからない。
その後、凛が席に戻った時に藤さんにチョップをされていたのは謎だが……。
聞き辛かったら健一に聞いてもいいかもしれない。
あの様子だと、理由とか知ってそうだし。
気分が向いたら聞いてみよう……ま、気が向けばだけど。
俺は鞄に汚れた制服を押し込む。
そして、更衣室を出ようとしたところでタイミングよくブーっとスマホが振動した。
『はりぃ~』と画面に映るメッセージ。
俺はため息をはき、更衣室を後にした。
◇◇◇
「……なんでこうなった」
俺は目の前の状況に頭を抱えていた。
談笑しながらイチャつくカップル。
台所には可愛らしいエプロンを身に着け、料理をするリア神。
1DKの狭い家に高校生が4人。
狭すぎる……。
もう少しマシな場所があっただろ。
「琴音、なんか飲み物とって~」
「……はい、お茶。凛が用意してくれたよ」
「お、若宮さんきゅー」
「いえいえ。また何かあったら言ってください」
つか、健一と藤さんは馴染み過ぎじゃない?
自分の家のように寛いでいるし……。
「……健一、持ってきた私には何もないの?」
「琴音もさんきゅーな」
「……言い方がついでみたいなんだけど?」
「そんなことねぇーよ。なんだ? 拗ねてんのか?」
「……違う。ただ、文句を言っただけ」
「悪かったって、ほら元気出せよ」
「……ふわぁぁ。………………撫でたらなんでも帳消しになるわけじゃないんだからね」
「じゃあ、やめるか?」
「……やっ。まだして……欲しい」
「仕方ねぇな」
「「……………………」」
俺はいったい何を見せられてるんだ?
熱を帯びた視線で向かい合う2人。
口と口がくっつくまで5秒前といった様子だろう。
このバカップルは俺らがいること忘れてないか?
俺は凛の方を向いて助けを求める。
凛は目が合うと苦笑し、首を横に振った。
あー、なるほど。
無駄ってことね。
じゃあ仕方ない……放っておこう。
存分にイチャコラしていてくれ。
俺は道端の石と化しているからさ。
俺は、凛に出された課題を完遂するべく参考書を手に取る。
「さて、今日は化学でもやるか……」
「おい! そろそろ止めろよっ!!」
机をばんっと叩き、俺の視界に入り込むように健一が身を乗り出してきた。
「俺のことは気にせずに、どうぞ続けてくれ。ただ、全年齢対象の範囲で頼むわ」
「アホか! つか、人前でそこまでイチャつかねぇーよ」
「どの口が言ってるんだよ……」
「……むぅ」
健一の横に座る藤さんは、お預けを食らった子供のように口を膨らませている。
そして不服を訴えるような目で健一を見ていた。
それに気づいた健一は藤さんの頭を優しく撫でる。
くすぐったそうに目を細め、藤さんは健一に寄り掛かかる。
あー、ラブラブっていいっすね……。
なんだろう。
このどす黒い感情……。
目の前に壁があったら殴りたいわ。
「それで、何でこんな狭い部屋に集合してんだ?」
「そりゃあ翔和って、実質独り暮らしみたいなもんだろ。だから、家族に時間的な迷惑が掛からないからいいと思ってさ」
「まぁ、たしかにそうだが……。俺への迷惑っていうのはあるからな?」
「大丈夫だ! 翔和の文句は受け付けていない」
「ひでぇな、おい」
俺の人権が無視されていることに嘆息する。
「そういえばさ」
「ん? どうした翔和?」
「……俺がバイトしてる時、随分と盛り上がってたな」
「なんだぁ~? 話とか気になる??」
「別に。ただ、よくそんな話すことがあるなぁって」
「ま、恋話とか、高校生には語ることが色々とあるんだよ〜。今度、翔和も参加してみようぜ」
「昔話とかドンとこい! 昔の武勇伝から恋愛話、なんでも聞くぜ〜」
「遠慮する。話せるようなことはないしな」
俺はお茶を啜り、そして空になったコップを持ってキッチンに向かった。
それに気付いたリア神が微笑む。
「ご飯出来ましたよ。常盤木さん、運ぶの手伝ってもらってもいいですか?」
「ああ……。今日も美味そうだな」
俺は綺麗に盛り付けられた料理を見て、自然と言葉が出た。
前菜っぽいのが……うん?
これは——
「もしかしてコース料理か?」
「はい。みんなで楽しめるようにちょっと挑戦してみました。……嫌でしたか?」
「寧ろ逆。まさか、家でこんなのが食べられるとは思ってなかった……」
「それならよかったです。お店と比べると、どうしても見劣りしますけどね」
苦笑する凛に、俺は言葉をかける。
「俺は外食でコース料理なんて食べたことないが、例え食べたことがあったとしても凛の料理を選ぶな。正直、よだれが溢れてきそうなぐらいだ」
「翔和くん……き、恐縮です」
これは素直な気持ちだった。
どんな高級店より、こういう家で出る料理だからこそ出せる温かさというものがある。
食べる前ではあるがそう思ったのだ。
凛はぺこりと頭を下げる。
いつも通りのポーカーフェイスをしているつもりなのだろうが、その頰は紅潮していて喜んでるのは明白だった。
だがこの時、俺は重要なことを忘れていた。
今は2人っきりじゃないということを……。
「なぁ、翔和。今、凛って呼ばなかったか? それに若宮も翔和くんって」
「あ……」「えっと」
2人して言葉に詰まる。
その様子を見て、健一がニヤリと笑う。
あー、自爆った……。
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