第27話 リア神はご褒美をくれるらしい
——バイト帰り
2人で横に並び、見慣れた道を歩く。
バイト帰りにこうして歩いて帰るのが、最近では違和感を感じなくなっていた。
若宮の手には持ち帰り用の紙袋が握られていて、中には新作の“モチっとドーナツ”が入っている。
とても大事そうに抱えているのが少し微笑ましく思う。
そんなに好きなのか……あのドーナツ。
毎日のようにドーナツを買う若宮は、俺のバイト先で貯まる200円毎にスタンプを押すカードがそろそろ一杯になるそうだ。
どんだけだよ!
と突っ込みたくなるが、まぁ毎日のように『ドーナツと紅茶』を頼むわけだから貯まるのは当然である。
「常盤木さん、明日のテスト大丈夫そうですか?」
「まぁぼちぼちかな」
小首を傾げ、にこりと微笑む若宮。
その魅力的な表情にどきりとするが、俺は素っ気ない返事をする。
もしかしたら少し声が上ずっていたかもしれない。
「ふふっ。それは良かったです。ですが、最後まで復習はして下さいね?」
「ああ、わかってるよ。まぁ今までよりは勉強したから多少は大丈夫だろ」
高校生になってから1番勉強した。
それは間違いないだろう。
正確にはさせられたわけだが、若宮凛という素晴らしい頭脳の持ち主に毎日のように教えてもらえたわけだから文句はない。
無理矢理の勉強習慣ではあったが、充実はしていたと思う。
家庭教師としての費用を払うのであればバカにならないだろう。
「油断していたら足元をすくわれますよ? それに勉強とテストは厳密には違いますから、勉強したから大丈夫というのは当てはまりません」
「そうなのか?」
勉強とテストの違い?
同じ問題を解くだと思っていたが、リア神からしたら違うらしい。
「はい。あくまで私の意見ではありますが、“間違えても良いのが勉強”であり、“結果を示すのがテスト”と思っています」
頭を捻り若宮の言葉を理解しようとする俺に対して、若宮は抑揚のない一定のトーンで言葉を連ねていく。
「ですので、自分が“出来る”と思った問題は確実に正解する必要があります。普段の勉強みたいに“とりあえず解こう”と安易に考えはご法度です。結果を出すためには、確実に着実に正解を重ねなければいけません」
「……そんなこと考えたことがなかったわ」
俺は呆気とられたように、呆然としてしまった。
けど、そういうことを考えれるからこそリア神は完璧なのかもしれない。
「それに今の常盤木さんは全て解くのは難しいと思うので、この前お渡ししたノートに書かれた問題やポイントだけを優先して下さい」
「いやいや〜。もしかしたら満点がとれるかもしれないだろ?」
「一朝一夕で攻略出来るほど、勉強は甘くはありません。私が教えた期間だけで、常盤木さんがサボタージュしていた分を取り戻すのには、時間が全く足りていませんよ」
「えー……マジかよ」
「勉強はやらないと取り戻すために倍はかかりますからね」
肩落とし項垂れる。
今までやってこなかったツケは大きいということか……。
「はぁ。確かに正直な話、今回の目標は赤点回避だからなぁ。満点なんて夢のまた夢さ」
「たしか、前回は全部赤点でしたよね?」
「学年で最下位の自信があるぐらいだ」
「……そんなドヤ顔されましても」
若宮はため息をはき、やれやれといった様子で額に手を当てる。
呆れているようだが事実だから仕方ない。
全て1桁台だったしな。
「えっと、ご存知かもしれませんが……2回連続で赤点ですと夏休み中、補習ですよ? それも夏休みの間ずっとです。それはわかっていますか?」
「…………マジ?」
「はい、マジです」
まさに驚天動地……俺は頭を抱える。
夏休みの約40日間が補習で潰れるだと?
そんなこと…………いや、意外に痛くないか。
流石に1日中拘束ってわけじゃないだろうし、バイトはそれからでも出来るだろう。
1日で稼ぎまくることは出来なくなってしまうのは残念だが……。
「……良からぬことを考えていませんか?」
「ソンナコトナイデスヨ」
「片言は怪しいです」
俺をジト目で見る若宮。
めっちゃ疑われている。
っていうより、若宮のことだから気がついているのかもしれない。
「私としては赤点をとられたら困るのですが……」
「まぁ、確かに教えた生徒ができが悪いと困るよな」
少し自嘲めいたことを口にする。
言い方が意地悪だったかもしれないと言った瞬間、後悔をした。
けど、若宮は気に止めた様子はなく、相変わらずその澄んだ瞳で俺を捉え続けていた。
そして彼女はこう言った。
「夏休みですよ? 遊びたくないですか?」
少しは遊びたい。
でも、遊ぶとしてもゲーセンに行くぐらいだけど。
「まぁ少しぐらいは……つか、ほとんど基本バイトをやるつもりだったわ」
その様子を見て若宮がくすっと笑う。
時折見せるその表情には、人を惹きつける力がある。
つい見惚れてさせてしまう魔性のようなものだ。
「よろしければ夏祭り……行きませんか?」
「祭り……?」
若宮の魅力的な提案よりも俺はその“祭り”という単語に顔を引きつらせる。
“祭り”それはリア充のイベント。
リア充のためのリア充による集まり。
意味もなく騒ぎ、無駄に高い屋台で飯を食い、当たりが入っているかわからないくじにお金を消費する。
……やばい、全く行きたくない。
「ダメですか?」
俺の袖を掴み、上目遣いで俺を見つめる若宮。
その様子に生唾をのむ。
「いや、その、あれだ。俺、祭りが苦手なんだよ……」
「そうだったのですか……残念です」
あからさまにに落ち込む若宮を見て、胸を突かれたような感じがした。
「琴音ちゃんと加藤さんもいるので、来て欲しかったのですが……」
「え……健一もいるのか?」
「はい。ですので、常盤木さんも良かったらと思っていたのですけど。それにですね、お付き合いされている2人を邪魔したくないと思ってまして……」
「あー、なるほど。そういうことか……」
「だから、常盤木さんに——」
「オッケー、いいよ。行くよ」
若宮さんらしいな。
2人を邪魔したくないって……。
確かに男女比が同じだったら違和感もないし。
ま、ただトップカーストを独走するメンツと一緒っていうのは気が引けるけど。
「ありがとうございます。では、待ち合わせ時間が決まりましたら連絡しますね」
「はいよ。はぁ、でもこうなったら是が非でもテストなんとかしなきゃな」
俺は、輝く星空を見上げる。
俺の心中とは違い、澄んで綺麗な星空だ。
「そうですね。常盤木さんのやる気を焚きつけるために1つご提案があるのですが」
「提案?」
「今度のテストで平均点を超えたら“何かご褒美”というのはいかがでしょうか?」
ご褒美?
それは大変嬉しい提案だ。
やる気が俄然上がってくる。
「ご褒美? それは……どんな?」
「そうですね……今は特に思いつかないので“常盤木さんが望むことならなんでもいい”とだけ言っておきましょうか」
「なんでも……だと」
頭に広がる妄想。
俺はそれを搔き消すように頭を左右に振る。
そんな話があるわけない。
と何度も言い聞かせる。
「悩んでいるようですが、遠慮しなくていいですからね? ただ、テストの結果が振るわなければ勿論この話はなしですけど」
「んー……」
「さっ、遠慮なさらずにどうぞ言ってみて下さい」
俺の回答を急かすように言う若宮。
覚悟を決め口を開く。
ここは男らしく——
「ち、中華とかお願いしてもいいか?」
「勿論いいですよ」
若宮は快諾すると、俺の一歩前を鼻歌交じりで歩き出す。
その後ろをなんとも言えない気持ちで歩く
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