第17話 リア神とお弁当①
学校の中庭には大きな木が一本生えている。
“この木の下で告白すれば結ばれる”
みたいな迷信は一切ない。
ただ、中庭で存在感を放つとにかく大きい木ってだけだ。
CMで使われそうと言えばイメージが湧くことだろう。
そしてその周りには、生徒たちの休憩スペースとなっていてゆったりとした雰囲気から昼食をとる場所として人気があった。
ただ、この中庭に来るのは大抵がカップル、もしくは男女のグループだ。
Aグループ、いてもBグループまでの人達だけである。
そんな中、木の木陰でレジャーシートを広げ昼食をとる目立つ男女グループがいた。
周囲の人達はそのメンバーが気になるらしく、様子を窺っている。
話の内容が気になっている奴。
ただただ視線が誘導されてしまう奴。
見惚れてている奴。
と三者三様、様々である。
まぁ目を惹くのは仕方ない。
そこにいるメンツがリア神、クール系美人とその彼氏、そして場違い男の計4人だからだ。
ちなみに場違い男に対する視線は冷ややかなもので、
“なんでいるの?”
“いやいやお前じゃないだろ?”
“誰あれ?”
と好意的視線は1つも感じられない。
あるとすれば好奇な目ぐらいだろう。
ってことで、場違い男である俺は圧倒的な胃痛ポジにいるわけだ。
主にメンタル的な。
はぁ、正直早くフェードアウトしたい……。
「晒し者だな……。恨むぞ、健一」
「おいおい、そんな睨むなって! いいじゃねぇか、美人に囲まれるなんて役得だろ?」
「それでテンション上がる程、おめでたい奴じゃねーよ」
健一の正面に座る藤さんが「……綺麗だなんて」と頰を赤く染め照れていた。
その横に座る若宮の表情は変化することがなく、小さい口でご飯を食べ進める。
「それより早く食えよ。弁当あるんだろ?」
「あー、まぁ……そう、だな」
「歯切れわりぃな翔和。さっきまであんなに食べようとしてたじゃん!」
「ああ……」
俺は自分の手元にある弁当をじっと見つめる。
果たしてこれは今、食べるべきだろうか?
俺には懸念があった。
今朝、弁当を若宮から受け取り、この瞬間に至るまで中身を確認していない。
この三角巾に包まれた弁当……。
本当に弁当だけが入っているのだろうか?
何のこと? と思われるかもしれない。
だが、あの若宮が用意した弁当だ。
“何かある”と俺の直感がそう言っている。
気が利く彼女のことだ一工夫している可能性が高い。
例えば『この順番に食べた方がより美味しく食べられます』みたいな一言メモの存在。
そんなのがあれば、若宮の友人である藤が『……これ、凛の字じゃないかな?』と気がつくことだろう。
藤が気がつかなくても、勘の鋭い健一がいるんだ。
バレることは必須である。
そうなったら、この注目度だ。
俺と若宮の関係が噂され、迷惑がかかることになってしまう。
それだけは、避けなくてはいけない。
だから、開けることに躊躇してしまうのだ。
……いっそのこと、腹痛でトイレに行くか。
「俺、腹痛いからやっぱトイレに——」
「でしたら、常盤木さん。お薬を差し上げますので、お使い下さい。このお薬は速効性でよく効きますよ」
「ああ、さんきゅ……」
おい、逃げ道を封鎖するなよ。
「……そうだ。手を洗わないと」
「ウエットティッシュがありますのでどうぞ」
「飲み物忘れ——」
「お茶ありますよ?」
「「………………」」
俺と若宮の間に沈黙が流れる。
そんな俺達のやりとりを健一カップルは、呆気にとられたように見ている。
だが、健一だけはすぐにニヤついた顔になり笑みを浮かべた。
「息ぴったりだなぁ〜おふたりさん!」
「いやいや、違うだろ。単純に若宮さんの用意がいいだけだ」
「まっ、確かにそれもあるな! つーかあれ? 翔和と若宮って面識あったのか?」
「新入生代表の挨拶をした有名人を、知らないわけないだろ」
「面識はありますよ」
「……凛は、1学年の生徒全員、顔と名前を覚えているから」
「え、まじ? やばいな、それ! 俺は半分くらいしか覚えてないわ〜」
『お前も十分やばいからな』と心の中で突っ込んでおく。
ちなみに俺はクラスメイトを3割程度しか覚えていない。
雲泥の差だ。
まぁ、この差が素直にAグループとDグループの差でもあるのかもしれない。
「ところで常盤木さん、お弁当は食べないのですか?」
「いや、その食べるよ……。けどなぁ」
「なぁ〜に躊躇ってるんだよ。遠慮はいらねぇーから仲良く食おうぜ」
「……早くしないと昼休みが終わる」
3人から早くと急かされる。
俺の額には嫌な汗が滲んでいた。
懸念していたことが起こり、変に言われるようになったら若宮も面倒だろう。
それは、俺と同じな筈。
同じな筈なんだけど……。
だから頼む。
ここから逃れる一手を。
頭のいい、完璧人間であるリア神にはそれがわかる筈だ。
俺の気持ちを察してくれっ!
と若宮に目配りをする。
視線に気がついた若宮は、少し微笑んだ。
そして小さく頷く。
よかった……。
そう、これが俺の願いが届いた瞬間だっ——
「私が開けます」
「……は?」
「効率を考えてみれば、私が開けることで同時に料理のご説明も差し上げることも出来ますし、その方が一石二鳥ですね」
「え、ちょいまっ!」
俺は制止しようと手を伸ばすが、若宮はそれより前に三角巾の結び目を解き、中から出てきたら紺色の弁当箱を開けた。
そして、見えてきたのは色彩豊かな健康的な中身だった。
ぱっと見の印象だけでも、肉、野菜とバランスよく配置され、人参が花の形になっているなど細部にも工夫されている。
実に若宮らしい弁当だった。
「……美味そう」
無意識に出てしまった素直な感想である。
それに対して若宮は「ありがとうございます」といつも通りの抑揚のない声で話す。
表情も相変わらず変化はないが、頰は薄っすらと紅潮していた。
しかし感動するあまり、俺は重要なことを忘れていた。
そう、ここにいるのは俺と若宮だけではないということを……。
「……それ、今日の凛のお弁当と一緒?」
あー。
その考えを失念してたわ。
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