第18話 リア神とお弁当②



 喉が妙に乾く。

 身体中の水分と水分がじりじりと干上がっていく感覚だ。

 焦りと共に、心臓の鼓動が速くなっている。



「……ねぇ、違う?」


「そう……か? 弁当ぐらい似ることもあると思うが……」



 弁明しようにも、うまい言葉が出てこない。

 これが、“詰んだ”という状態なのだろう。



「いやいや! 似てるっていうか、瓜二つだろ!! 売っている弁当以外で中身が配置まで一緒ってまずないからな」


「うっ……」



 俺は嘆息し、木を見上げる。

 風で揺れる木々の音が、まるで愚かな道化を笑っているかように聞こえる。


 あー風が気持ちよさそうだなー。

 青々としてるー。

 ははは……。



「現実逃避ですか?」


「俺の心境を適切に読むなよ」


「顔に出てますから、わかりやすいです。ですが、何を逃避することがありますか?」


「いや、今の状況見て言えよ」


「4人で楽しくお昼ご飯ですね」


「はぁ……。どっと疲れた」


「では、今日は疲労回復に豚の生姜焼きにしますね」


「そういうことじゃねぇよ……」



 隠す気がまるでない若宮の様子に、俺はため息をはく。

 特に動揺した様子もなく、寧ろ俺が疲れた表情をしている理由がわかっていないようだ。


 そして、俺と若宮のやりとりを残りの2人が食い入るように見ていた。

 健一なんて、目をキラキラと輝かせている。



「翔和、思ったんだけどさぁ〜」


「うん? なんだよ……」


「野暮なこと聞くようだけど、お揃いの弁当といい、2人のやりとりといい——」



 少し勿体ぶって話す健一を無視するように、俺は弁当を食べ始める。

 そう、この後の面倒な展開はわかりきっていた。



「お前ら、付き合ってんの?」



 ニヤついた健一の顔が無性に腹が立つ。

 俺は食べ進める手を止め、睨むように健一を見た。



「違う。家が近所、ただそれだけだ」

「お付き合いはしていませんよ」



 まるでタイミングを合わせたように、若宮も否定をした。


 事実とはいえ、特に表情を変えずに言い切られると、なんとも言えない気持ちになる……。

 まぁここで変に言い淀むよりは、きっぱりと否定してくれた方が助かるのは事実だが。


 俺たちの様子を窺っていたその他生徒の何人かは、少しホッとしたような表情を浮かべていた。



「ふーん。本当にそれだけ?」


「いえ、私は——」



 俺は若宮の話を止めるように咳払いをする。



「たしかに、若宮の施しで食料を分けてもらっているのは事実だ。それにほら、健一は俺の家……知ってんだろ?」


「ああ、まぁ……」


「……健一、どういうこと? もしかして聞かない方がいい?」



 健一が俺をチラッと見る。

「どうする?」と目で聞いているようだ。



「聞かれて困る話じゃないから言うけど。まぁ、とりあえず俺の家って超が付くほどのボロアパートなんだよ。つまり、金はない」


「……なるほど」



 藤さんが気まずそうに目を逸らす。

 そんな反応されると逆にこっちが辛いんだが……。



「ま、ここまで言ったら頭のいい健一と藤さんならわかると思うけど」


「わからねぇけど?」

「……私もわからない」



 俺は肩を竦め、深い息をはく。



「そんな俺を心優しい若宮が偶然……そう、本当に偶然知ってしまったんだ。それでまぁ世話になっているってわけね」


「ふーん……そっか」


「なんだ、その表情? 信じてないのか?」


「いや、だってさ100歩譲って、弁当のことはわかった。可愛そうな動物に餌付けをする感覚もあるかもな、とも思ったし」


「餌付けって、お前なぁ……。間違いではないけど」


「けど、勉強はどうなんだよ。流れから察すると、翔和が急に勉強し始めたのは若宮のお陰だろ?」



 俺は玉子焼きを咀嚼する。

 健一なら、そこを突いてくると思ったよ。



「ま、それもご飯のついでにって感じだな。そう考えると、若宮さんの優しさには感謝しても仕切れない。迷える哀れな仔羊に対して、慈愛に満ちた対応をする天使様って感じだ」


「本当に捻くれてんなぁ」


「どうとでも言え。俺は事実を言ったまでだ」


「事実ねぇ〜? 俺はそう思わないんだけどなぁ」


「お前らが想像するようなことはない。お節介に甘んじている情けない男。それが今の状況だ。それ以上でもそれ以外でもない。だからな——」



 俺は大きく息を吸う。



「変な勘繰りはやめてくれ、若宮さんに迷惑だ」



「しつこい」と一言添えた。

 さっきまでヘラヘラしていた健一も笑うのをやめ、真剣な表情に変わる。

 その横に座る藤は、何故か残念そうに小さく息をはく。



「……常盤木君、言葉を返すようだけど凛って——」




 キーンコーンカーンコーン



 藤の言葉を遮るように、授業開始の予鈴が鳴る。

 俺は、ふぅと息をはき弁当を片付けた。



「んじゃ、話はここまで」


「お、おい待てよ翔和! 話はまだ」


「いいだろ別に。早く授業に行かねーと」


「常盤木さん、後で——」



 微かに聞こえた若宮の声。

 俺は、振り返ることなくその場を立ち去った。


 一瞬見えた彼女の表情が、むくれてたように見えたのは……。

 気のせいだったのだろうか?

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