第11話 リア神との勉強



 部屋が綺麗になると気分がいい。

 しばらく見えていなかった床が久しぶりに顔を出している。


 こんにちは、俺の床。

 引っ越し以来の再会だな。



「これうまっ」



 無駄骨と化した菓子折りからクッキーを取り出し、咀嚼する。

 うん、癖になる味だ。



 そして、俺の正面には正座をするリア神。

 その姿勢のまま、かれこれ30分である。

 教科書をペラペラめくっては、ノートに何かを書き写し、勉強の準備をしているようだ。


 俺も若宮に与えられた課題を一問一問解いて……。


「あ、それ違いますよ。まずは場合分けをして下さい」


「はぁ……」



 抑揚のない平坦な声が狭い部屋に響く。


 生まれて初めて女子が家にいるというのに……。

 ドキドキもワクワクもない。


 いやだって、勉強を教える若宮が怖いんだよ。

 一切の妥協がないし……、まぁでも教えるのは上手いんだけどさ。



「ため息は禁止です」


「あれだろ、幸せが逃げるとかいうのがあるからか?」



 ため息をすると幸せが逃げるとは、よく言ったものだ。

 まぁ、俺はため息しまくってるから幸せは逃げまくりだろうな、きっと……。



「迷信ですね。寧ろ、ため息は身体にいいものですから」


「へぇ、知らなかったわ。具体的にどういう?」


「そうですね、身体のバランスを整えるのですが……あ、でも今はその話は必要ないですね」


「ちっ」


「もしかしてですが常盤木さん、話を脱線させ勉強から逃れようとか考えてないでよね?」


「まさかまさか。そんなわけないじゃないか!」


「わざとらしいですね。ですがひとまず、ため息のことは後日お調べ下さい。今の勉強には関係ないので」


「さようで……」


「では、次に英語ですよ。本日は単語を100個覚えるまで寝れませんからね?」



 俺は、手に持っていたクッキーを落とす。


 鬼ですかあんたは……?

 今から100って事実上死刑宣告じゃないか……。



「なぁ、もうこんな時間なのに、なんで俺は勉強してんだろ……。睡眠時間戻ってこーい」


「こんな時間ってまだ22時過ぎたところですよ? それに、掃除で時間をロスした分、取り戻さなくてはいけませんし。睡眠は後回しです」


「いやいや、さすがに続きは明日以降でいいだろ。普通にまずい時間帯になってるからな」



 夜の22時過ぎているのに男の家に居座る女。

 親が知ったら普通に怒るだろ、この状況。



「問題ないです。今日は友達の家に行っていることになっていますから」


「それ、彼氏の家に泊まるのためにつく嘘だからな?」


「男性の家という点では同じですね」


「つか若宮さん、簡単に男の家に上がるなよ。この状況、普通にやばいと思わないのか?」


「はい全く。問題ないと思っていますよ。私、常盤木さんのこと信用してますし。それに——」


「うん?」


「私、人を見る目には自信がありますから」



 胸を張って答える若宮。


 彼女の整った肢体が強調され、目のやり場に困る。


 信用してくれるのは嬉しいことなんだが……。

 男として見てくれないというのは、なんとも言えないな。


 まぁ、妙に警戒されたり、意識されたりして気まずくなる方が嫌だけど。



「でもあれですね。改めて考えてみると私、大胆なことしている気がします。その、年頃の男性の家に上り込むなんて……」


「今さらかよ……」


「もしかして私、痴女とか思われてます?」


「何故そうなる……?」


「いえ、常盤木さんに“男の家に躊躇なく上がる軽い女”と思われている気がしまして」



「それはない」と言い、俺は若宮が淹れてくれたお茶を飲む。




「でもな、若宮。男って脳みそが2つ備わってるぐらいしょうもない生き物だから……油断してるとな、襲われても文句言えないぞ?」



 学校ーの美少女。

 神がかった美少女。

 完璧な美少女。


 そんな若宮と一緒にいて、変な気を起こさない奴の方が珍しいだろう。

 今回はたまたま俺だったからいいものの、他の人が俺みたいとは限らないからな。



「その時は私に見る目がなかったと諦めましょう。これも勉強です」



 若宮は口に手を当て、優しく微笑した。

 その仕草にドキッとするが、自分の太ももを抓りなんとか心を落ち着かせる。



「いやいや、勉強の代償が大き過ぎるだろ」


「人は何かを犠牲にしないと生きられないのですよ」


「深い! けど、今はその場面じゃないからな。普通に取り返しがつかねぇから」


「さてビシバシ行きますよ。さぁさぁ覚えて覚えて」


「この流れで!? 話の変換が雑だな、おい」



 俺は嘆息し、リア神お手製単語帳をめくり始めた。




 ——1時間後



「もう、無理。つか、もう暗記力がなくなってきてる……」


「そうですね……これ以上は逆効果ですか……。仕方ありません。では、今日はここまでにしましょうか。常盤木さんお疲れ様でした」


「あ〜……知恵熱でそう」



 俺は机に項垂れながら、ちびちびとお茶を飲む。

 人生で一番頭使ったかも……。


 その横でせっせと帰る身支度を整える若宮。

 行動に一切の無駄がない。

 考えてから行動に移すまでが異様に早いよな……。



「残りのお菓子は無駄になってしまうので、申し訳ないですが常盤木さん。うまく消費していただいてもいいですか?」


「あいよ」


「ではまたお邪魔しますので、よろしくお願いしますね」


「ああ機会があればな。ま、とりあえず今日はありがと」


「いえ、お互い様ですから」



 俺は、若宮を家の近くまで送り、どこも寄らずにそのまま帰宅した。


 掃除によって殺風景になった筈の家だが、どこか暖かい空気が漂っている。

 そんな感じがした。

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