第6話 リア神は食いしん坊説



 いつも通りバイトこなした俺は今、“クレーム”に直面していた。



“クレーム”



 この言葉を聞いた時、みんなは身構えるのではないだろうか。


 今の世の中、カスハラという言葉があるぐらいクレームには敏感だ。


 そして、俺みたいにアルバイトしている人間は“クレーム”から逃れることはできない。


 俺も以前「ポテトが冷たい」とクレームを受けたことがある。

 その時に、ひたすら謝ったのは苦い思い出だ。


 まぁ、それからはクレームには細心の注意を払うように気をつけるようになったから、クレームは一概に悪いとは言えない。

 人の成長を促すという側面もあると思う。


 けど、これはあくまで受け取る側の感受性によるところかもしれないが……。




「常盤木さん。聞いていますか? 私はあなたに文句を言いに来たんですよ?」



 はい。

 ということで、俺はリア神からクレームを受けていた。


 ちなみに若宮は、レジを挟む形で文句を言っているわけではない。いつもの勝手口から出たところで言っている。

 バイトを邪魔しないのは彼女が真面目だからだろう。


 俺は、若宮を怒らせた理由を考えようと思考をかき巡らせる。

 バイト中に見た若宮の様子は……。


 先日と同じようにセットとそしてドーナツを頼み、勉強をしていた。つまりいつもと同じ。


 俺の商品提供に何か問題が?


 いや、でもこの時は特に不手際はなく、我ながら完璧な接客だったと思う。

 

 けどまぁ、思い返してみると既にこの頃、若宮が不機嫌そうだった気がする。


 そして、バイトが終わって裏の勝手口から出たところで捕まってしまった。

 流石に数日続くと、出た瞬間に若宮がいても驚かなくなるんだけどね。


 ってことは怒らせる原因は、バイト中じゃないのか?


 俺は若宮をチラッと見る。

 今日は、「また送ってください」という申し訳なさそう雰囲気はなく、いつもと違い鋭い目つきだ。


 思わず生唾を呑み込む。

 やばい、冷や汗が止まらない……。

 これが、蛇に睨まれたカエルってやつなのかもしれないな……。



「えと、確認なんだが文句と言うのは俺の接客か? それだったら特に問題なかったと思うんだが」


「違います」



 違ったらしい。

 俺は頭を捻らせ、彼女が怒っている原因を再び考える。



「うーん……」



 結論。

 全くわからない。


 そもそも、俺みたいな年齢=彼女いない歴の人間。

 いや、それ以上か……。


 ほぼ女子と関わりを持たなかった俺みたいな男子に“女心を察する”などの高等技術は持ち合わせていない。


『私、今日何変わったかわかる?』

『私、怒ってるんだよ。わかる?』


 よくある女子のテンプレ台詞だが……。



 わからねぇーよっ!!


 と俺は声を大にして言いたい。

 しかもこの質問は、何を言っても『違う』と言われることだろう。

 もしくは『それもあるけど』だ。


 まぁとにかく結論、俺には無理。

 お手上げ状態だ。

 思い当たる事なんて何もない。




「どうやらわからないようですね……」


「すまん」


「仕方ありませんね。常盤木さん、無視しましたよね? 放課後……」


「あっ……もしかして名前を呼んでいた……か?」


「そうです。お呼びしたのに無視されました」



 たしか、バイトへ行こうと急いでいた時に、背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきたような……。

 俺の勘違いだと思っていたが、まさか若宮が呼んでいたとは。



「まさか本当に呼ばれていたとは……普通に空耳かと思ってたわ」


「わりと近くから声をかけたのですけど……。空耳と思われていたとは思いませんでした」



 若宮が俺をジト目で見る。

 少し膨らました頰が可愛く、つい手を伸ばしたくなるがぐっと堪える。



「まぁ普段呼ばれ慣れてないし、変に振り返って自意識過剰とか思われたり微妙な雰囲気を作り出したくないんだよ」


「常盤木さんに無視された私は、微妙な雰囲気であの場に取り残されたのですが……」


「あー、それに関してはすまん。悪いと思ってる」



 俺は素直に頭を下げる。

 無視された時の微妙な空気感は堪え難いものがあるからな。


 何度も経験しているからよくわかる。

 非常に虚しい話ではあるが……。



「少しぐらい反応してくれてもよかったと思いますよ? 全くの無反応でしたし『もしかして人違い?』とまで思ってしまいました」


「俺からしたら名前を呼ばれることはレアだからな。呼ぶのも健一ぐらいだし、たいていは『おい』とか『ねぇ』とかでしか俺に話しかけない」


「う、何か聞いてはいけないことを聞いた気分です」


「そんな気まずそうな顔する必要はない。もう慣れたから、最早日常と化しているよ」


「ハンカチいりますか?」


「いらねぇーよ。つか泣いてない」


「そうでしたか」



 そう言うと若宮はハンカチを鞄へしまった。


 つか、泣くと思われてたのかよ。

 そこまでセンチメンタルじゃないし。

 どちらかというとメンタルは強い方だ。


 だから全く問題ない。


 ぼっち最高!!

 と街中で叫べるぐらいメンタルは強い方だ。


 勿論そんなことやらないけど。




「まぁ、経緯はどうあれ無視してしまったことは悪かったな」


「いえ、それはもういいです。理由もわかりましたし、これからは私も気をつけます」


「ちなみに何の用事だったんだ?」


「大した用ではなかったのですが……」


「そっか」



 気になりはするが、あまり話したくなさそうなので追求はしない。


 まぁ、そんなことよりも彼女には言わなくてはならないことがある。そっちを優先だ。



「あ、そうだ。若宮さんに1つ忠告」


「忠告? なんでしょう?」


「学校で俺に話しかけるのはやめとけ」


「何故ですか?」



 俺の言いたいことがわからないのか首を傾げる。

 ったく、不用心だなぁ……本当に。



「好きでもない男と変な噂が流れたら嫌だろ? ただでさえ、何度も家の近くまで送ってるんだ。そろそろ誰かに目撃されてもおかしくない」


「なるほど……たしかにその通りですね……」


「ま、そういうことだ。理解してくれたなら、今後は——」


「結構です」



「今後は関わらない」そう言い切る前に若宮が被せる形で言った。

 視線もまた鋭いもので、どこか怒りに近いものを感じる。



「私は噂を気にしません」


「けどなぁ」


「当人が気にしないと言っているので問題ない筈です。それに……」


「……それに?」


「ここの……ここのドーナツ。食べられなくなるのは、寂しいですから」


「へ?」



 若宮から出た予想外の発言に素っ頓狂な声が出る。

 そして、俺の中で徐々に何かが込み上げ——



「ぷっ、くっ」



 思わず笑ってしまった。

 まさか食べ物が名残惜しかったとは。


 食べ物に自分が負けた虚しさより、若宮の食いしん坊発言がツボに入り笑いが止まらない。



「わ、笑わなくてもいいじゃないですか!?」


「まさかドーナツが出てくるとは思わなくてさ。たしかに毎回頼んでたから、気にはなっていたけど」


「好きになってしまったのは仕方ないと思います!」


「ははっ。それについては同意だな。まぁ、そこまでドーナツが好きなら今度、この店ならではの美味しい食べ方を教えるよ」


「本当ですかっ!? それは楽しみです!」



 やたらとテンションが高い。

 最初に会った時の抑揚のない声が嘘みたいだ。



「でも若宮さん、毎回送ってもらわなくてもいいように時間は気をつけような? 親に怒られるのも嫌だろ?」


「善処します」


「それ、やらない奴の台詞だからな」



「そうですね」とくすっと笑う若宮。

 その笑顔に少し見惚れてしまったのは、言うまでもない。



 すぐ終わると思っていたこの関係も、まだ続きそうだ。

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