第2話 リア神の出待ち



「今日も稼いだなぁ」



 バイトを終えた俺は、更衣室で着替えをしながら呟いた。

 身体や服からは、油の独特の匂いが漂ってくる。


 俺のアルバイトは、どこにでもあるようなファーストフード店である。

 バイト代はお世辞にも高いとは言えないが、高校生が採用されやすいという点では非常に助かった。

 採用の面接をいくつもしなくて済むしね。



「さて、帰るか……」


 俺は服をリュックに詰め込み、帰路に着こうと裏の勝手口のドアを開けた。

 そして俺の視界に飛び込んできたのは、見馴れた殺風景な景色ではなく、寧ろ華やかに彩られたような光景だ。



「お待ちしていました、常盤木ときわぎさん」


「………………」



 目の前の状況が信じられず、出たところで固まってしまった。


 アイドルの出待ちとかならわかるが……。

 発言から俺を待っていたということがわかる。

 正直、「何してんの……」って感じが否めないけど。


 まさか、この歳で一生経験することのない“出待ち”を経験することになるとは……。

 でも、意外と出待ちって怖いのな。


 開けた瞬間に人がいるって、わりとビビるわ。



「えーっと、常盤木さんですよね? 1年D組の……」


「人違いです。それじゃ」



 名前を知られている事実に驚きはしたものの、俺は表情に出さずに彼女の目の前を通過しようとーー



「流石にその対応はどうかと思いますよ」



 腕を掴まれた……。

 若宮の綺麗な瞳から「逃がしません」と強い意志を感じる。


 仕方ない……。


 俺は嘆息し、振り返る。



「ようやく話を聞いてくれる気になりましたか」


「逃がしてくれそうにないからな」


「ご理解いただけたようで幸いです」


「んで、用は?」



 塩対応、淡白な対応と言われるかもしれない。


 けど仕方ないんだ。

 オーラの違いに目の前で立つのがやっとなんだから……。


 こう、まじまじと見たことなかったけど。

 うん、やばいなリア神。


 本当に神がかった可愛さだ。

 正直、直視するのが辛い……。



「その前に、改めてお名前を伺ってもよろしいですか? 先程は、名前を呼ばせていただきましたが、間違っていたら失礼にあたると思ったので」



 昼にあった時と同様に、平坦で抑揚のない声が俺の耳を通過する。



「それでは、お名前をどうぞ」


「田中太郎」



 もちろん、偽名だ。

 俺の中では、何で名前を知りたいのか? そのことを考えると少し身震いをした。



 もしかしたらあげたポテトが腐ってて、それで訴えるつもりなのか?

 俺が若宮に向けていた視線がセクハラに当たるとか?



 これぐらいしか思いつかない。

 まぁ、どちらとも嫌な予想だけど。



「嘘ですね」



 俺の浅はかな偽名は、あっさりと嘘と断定されてしまった。

 もう少し、こだわった偽名の方がよかったか……。



「人の名前を嘘呼ばわりとは心外だなぁ」


「私、記憶力には自信があるんです。入学式で一通り見て覚えましたから」


「……え、あの瞬間だけで覚えてんのかよ」



 若宮が1学年を見る機会があったのは、新入生代表挨拶の時に壇上へ上がった時ぐらいの筈……。


 そう考えると、リア神やべぇな。



「ええ、みなさんを見る機会がありましたからよかったです。ですが、私も当然間違えることもありますから一応、確認をしたんですけど……間違いではありませんでしたね」


「いやいや、マジで人違いだって」



 俺は目を逸らす。

 彼女の綺麗な瞳で見られていたら、嘘がつけない。

 いや、見透かされる。


 そんな気がしたからだ。



「入学式ついて“あの瞬間”と答える人は、当事者もしくは私が壇上に上がったことを知っている人だけです」


「あ……」


「一応、入学式で名前を知る機会は名簿、記名等もありますが。“あの瞬間”とは言いませんしね。そもそも名簿じゃ顔がわかりませんし」


「なるほどな……。うまく言葉尻をとられたと言うわけね」


「ふふっ。そういうことです。さて、常盤木さんとお認めになりますか?」


「はいはい、万年Dグループの常盤木ですよー」



 俺は両手を挙げ、降参のポーズをとる。

 なんかすげぇ負けた気分……。



「万年Dグループ? 確かに常盤木さんはD組に在籍しておりますが、万年という表現はおかしいのでは? クラス替えもありますし」


「あーまぁ比喩的表現だよ。リア神さんとは縁のない話さ」


「そうなのですか? っと、その前にリア神と呼ばれるのは好きではありません。私のことを呼ぶのであれば個人の名称でお願いします」


「ああ、悪かったよ。若宮さん……」



 でも、リア神って呼ばれても仕方ないような気もするんだよなぁ。

 実際、なんでもできて、話題の中心にはいつもいて……それをリア充と呼ばずしてなんて言うんだろうか。



「確かに周りの人でも私をそう言う人はおりますが、ただの努力の結果です。苦労せずになんでもできる人なんていませんし。ですが、努力することに関しては充実しているので、その点ではリアルに充実しているかと」


「そっか」


 若宮の口から出てきた言葉は意外だった。

 てっきり、謙遜すると思ってたんだけどな。


 全てを持ってる人が「違う」「そんなことはない」と否定しても説得力はない。

 持たざる者に対しては嫌味にしか聞こえないのだ。

 そう、嘲笑っているようにしか見えない。


 けど若宮は、謙遜することなく「努力はしてますよ」と言い切るのは、単純に“凄いな”と思った。


 きっと俺では、想像できないような苦労をしているのだろう。

 でも、努力してることが充実しているって言うのも少し面白いな。


 俺は苦笑しつつ、若宮の顔を見た。

 端整で綺麗な顔、見られるだけで恥ずかしくなってしまう。



「んじゃ、そろそろ本題に入ろうかな。俺になんの用だったわけ?」


「そうですね、端的に申しますと……受けた御恩を返したいと思っています」


 静かになった夜の町。

 そこにある人気のない路地裏に、彼女の澄んだ声が響いていた。

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