ストラエヴァンス・シカ・キョウジロウ

エリー.ファー

第一話 島田 夕

「こちらです。キョウジロウさんに来ていただいて、こんなにも心強いことはありません。」

「報酬の方は、弾みますので、是非お願いいたします。」

「私共としましては、もう、何か月も前から悩まされておりまして。」

「仕事をしている時間ではないものですから、別段、問題視するべきだとは思えないのです。」

「ですが、この事実が社外にまで出回ってしまいますと、当社といたしましても、イメージというものがありますから。」

「そこで、キョウジロウさんに依頼しようと思った次第でして。」

「いかがでしょうか。どれくらいで、その、退治していただけるのか。」

「まだ、そのキョウジロウさんもその相手に会っていない訳ですから、なんとも言えないというのは承知の上なのですが。その、できれば推測でいいので、お願いしたいのです。」

「いかがでしょうか。」

「キョウジロウさんいかがでしょうか。」

 俺は、それを横目で見ながら鼻で笑うと、そのまま虫を続けた。

 それがいつものことだったからだ。

 俺からしたら、こんな夜にこのような社会人がビルの中にいるというほうが問題であると思える。こんなにも都心であると分かっているなら、この夜更けのビル内で喋ることの危険性も理解しているだろう。

 分かっていて、このような態度なのであれば問題もいいところではないか。

 ストラエヴァンスとしての生き方と。

 シカとしての剣術。

 キョウジロウの哲学。

 それらと共に今夜も仕事を遂行するそれだけのことでしかない。

 俺はその二人を引き離す様に早歩きで、ある部屋へと向かった。

 そこは給湯室だった。

 長い廊下がある。

 明かりもない。

 暗く。

 酷く人を嫌うようなおよそ、昼間であっても人間が通るべきではないような、眩暈のする廊下がある。

 通路のような趣ではない、何かが潜んでいると感じられるのだから、これは最早廊下だろう。

 白い壁に、白い天井。

 赤い床。

 給湯室はそこに穴でもできたかのように、存在している。

 中を覗く。

 そこにはしっかりと。

 いた。

 妖怪と呼ぶそうだ。

 素人は。

 それ以上のことは知らない。

 ただ、俺は少なくともそれを不思議と呼んでいる。

 都心の不思議と呼んでいる。

 不思議はこちらを見つめた。

 明かりもない、闇がすくっているそんな給湯室から足を出すこともなく、ただこちらを眺めている。

 不思議が口を開く。

 俺は腰の日本刀に手をかける。

 抜刀はしない。

 鞘に刃物を滑らせて、それが全てになる。

 何もかも、ここでは常識らしい常識を持ってくる方が見当違いという事になる。同じような常識に押し付けあいばかり、考えてしまう。

 それが、仕事なのだから致し方ない。

「俺は、キョウジロウという。不思議、お前の名はなんという。」

「シマダ。シマダ ユウ。」

「では、シマダ。そこで何をしている。」

「男を取られた。」

「誰に取られたのだ。」

「上司に取られた。仕事も何もかも奪われた。」

「何故、奪われた。」

「大切にしなかった。あの男がいつも近くにいてくれると思って勘違いしていた。」

「それは、貴様の問題だろう。」

「例え、あたしの問題でも、その問題で頭を悩ませる人間を一人でも多く増やしたい。そうでなければ、そうでなければ、不幸になれない。落ち着いた心持ちで、あたしも不幸を享受できない。」

「不幸になりたいか。」

「まっとうな理由で不幸になりたい。」

「そうか、そうか、それは苦しかろう。苦しかろう。」

「あたしを斬るのか。」

「斬る。」

「何故、斬る。」

「不細工に生まれておきながら、性格を曲げ、まともに愛されると思ったら大間違いだ。貴様の性根をたたっ斬る。」

「あたしだって、この顔に生まれたくはなかった。できることなら、美人に生まれたかった。生まれればこんな悩みなど持たなかったのに。」

 俺は日本刀を抜き、そのまま首を落とした。

 転がって俺の足元で止まったシマダの顔は。

 決して不細工ではなかった。

 むしろ。

 美しかった。

 とても美しかった。

 とてもとても美しかった。

 男の割には。

「ありがとうございます。キョウジロウさん。変な男が昔、この会社に入社してしまいましてねぇ。」

「変でしたよ。それこそ被害妄想がひどくて。」

「男だろうが、女だろうが、食ってかかってねぇ。」

「ああいうのが社会の癌なんでしょう。社会の芥なんでしょう。そういうものをキョウジロウさんは斬って下さる。なんとお礼を申し上げたらよろしいのか、感謝いたします。」

 そうして、俺は日本刀を振って二人の首も斬る。

 小太りの二人の首はそのまま同じように転がると、途中で笑いながら天井に張り付き、給湯室へと駆け込んでいった。

 携帯電話が鳴る。

「もしもし。キョウジロウ様でしょうか。わが社の午前二時十八分を退治していただけましたでしょうか。」

「もちろん、だ。時間は斬った。おそらく、だが、午前二時半と、午前三時十四分も斬っておいた。問題はない。」

「ありがとうございます。これで会社内の時間が正常になります。」

 俺は携帯電話を切ると、鞘の中に納まっている日本刀を撫でた。

 いつもなら、不思議を斬ることで黒い粘ついた体液が残るのだが、今夜はそんなこともなかった。

 三人とも死んで日が浅いのかもしれない。

「キョウジロウ。その名前、憶えておくから。必ず殺しに行くか。」

 シマダの顔を足で踏みつぶす。

 脆く崩れ去る骨は聞く限り、ビスケットのような音に近かった。

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