第2話「魔王の扱い方」
「この子の名前は、
亜紀はベクターフィールドが運転するスポーツカーの助手席で、スマートフォンの画面を見つめていた。ミニバンの後部を写した写真には、少女――裕美の姿は確認し辛い。
「あんまり裕福な家でもなく、また両親との折り合いも悪い……そんな中学生よ」
「中坊?」
ベクターフィールドが顔を
「深夜のコンビニの入り口付近に座り込んで、友達と大声で話して時間を潰してる……そんな子。時間は腐る程あるのに、お金はない」
「そりゃ、中坊が金稼ぐ手段なんてねェわな」
「補導歴は、ここ一年で3回。私だけでそれだから、もっと多いと思う」
溜息を
ベクターフィールドにはいえないが、亜紀は裕美の家庭の事情も知っている。父親は運送会社に務めており、それなりの収入はあるのだが、家を留守にしがち。その収入も大半は自分の小遣いにするような性格であるから、娘に対し、どう接しているかは想像に易い。母親も同様だ。
時間があるが金がない――そんな女子中学生が稼げる方法、それも簡単とつくのならば、いくつか危険な仕事が存在している。
「成る程。児童売春か」
そう直接的な言葉を使われると、亜紀も鼻白んでしまう。
「そういうので補導した事はあるか?」
横目で見遣ってくるベクターフィールドに、亜紀は人差し指を立てて見せた。
「……1回……」
あるのだ。
だからこそ今、ミニバンに乗った裕美を怪しんでいる。
「……あーあ」
視線を前へ戻しながら、ベクターフィールドは鼻を鳴らした。
――買う方も買う方、売る方も売る方だろう。
今更、需要がどうの供給がどうのと話をする気はないし、そもそもベクターフィールドは事の善悪など判断できない。
ベクターフィールドの行動は単純に完結している。
契約を守る――それだけだ。
そして亜紀との契約は、「亜紀が必要だと思った事件について、全力で協力する事」だ。
――批判するのは契約に入っていないぜ。
ベクターフィールドはそういう存在だ。
「その1回……私が補導した3回目に、絶対、止めるって約束してくれたのよ」
亜紀が相談できるのも、心配なんだと訴えられるのも、同様の理由といえる。
――ウソでも
人が良すぎるだろうと思うベクターフィールドだが、それもいわない。口にする言葉は一種類のみ。
「手を貸すぜ」
約束してくれた者を信じるのは、亜紀の信条だ。信条、約束――ベクターフィールドが絶対に守るものではないか。
ベクターフィールドは鼻を鳴らした後、
「一度、アパートの方へ戻るぞ。ミニバンの行き先は分からん」
亜紀のアパートに車を横付けにした。
***
午後10時を過ぎたとはいえ、部屋で待っている亜紀の飼い犬は飛び起きて駆け出てくる。
「おーおー、ちまちゃん。相変わらず美人さんだぜ」
しかし駆け出てきたコーギーの仔犬に伸ばされた手は、主人ではなくベクターフィールドだった。
「ふん、ふん」
亜紀の愛犬・ちまは、鼻を鳴らしながらベクターフィールドの手に額を
「ネコ派だと思ってた」
一人と一匹の脇をすり抜けてリビングへ荷物を置きに行く亜紀は、ベクターフィールドが犬派という事が不思議だった。
「豪華な椅子に座って、長毛種のネコを撫でるのが好きそうだと思ってたけど」
それでは魔王と言うよりも黒幕といった風情になってしまうが。
「俺も、偉くなったら、そうしてればいいんだと思ってたよ」
ちまの額を
「けど悪魔っていうのはホトホト嫌になる。時間にはルーズだし、おまけに平気でウソを吐く。自分で出向いた方が心も身体も楽だ」
二度目の溜息を吐くと、ちまがベクターフィールドの手から離れ、背伸びするような仕草と共にベクターフィールドの顔へ鼻を近づける。
「元気出せっていうのか? 優しいな、ちまちゃんは」
鼻先にキスをしてベクターフィールドは立ち上がった。
「動物はいい。絶対にウソを吐かない。行動に打算がない」
「……」
そんな言葉は、どうしても亜紀には魔王に相応しいとは思えない。
「方針を決めようぜ」
亜紀が何をいおうとしているのか分かっている分、ベクターフィールドの行動は早かった。ベクターフィールドにとって魔王とは称号であり、豪奢な衣装や角や重厚な音楽が付随してくれモノではないと考えている。
「この持ち主の特定をお願い。まだ事件化してないから、このナンバーから車輌の持ち主を照会する事はできないの」
一昔前ならば、一般人でもナンバープレートから所有者を割り出す事は比較的容易だったが、現在では不可能となっている。警察の権限ならば可能であるが、それは事件化してからの話だ。事件でもないのに照会を行う事は、権力の乱用に繋がりかねない。
「……車体ナンバーも知ってたら別だろ?」
確かに陸運局にプレートナンバーとボンネット下の車体ナンバーを持っていけば照会できるが、
「私が知ってると思う?」
「思わん」
「真面目に話して」
亜紀が
「うん、すまん」
亜紀に対しては素直に出さない言葉だが、ちまに対しては素直に出す。
「……お願いね」
亜紀も複雑な心境だ。
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