喪女の婦警が魔王を召喚! 今日は夜中にアポもなく!
玉椿 沢
第1話「地雷原を抜けてみたら……」
スマートフォンの画面を見ながら、
――何故……。
浮かぶのは疑問。
場所は居酒屋の席。昨今の流行に乗ったおしゃれな空間は、女子会や合コンで人気の完全個室だ。
そこで亜紀は……、
――なんで私は、スマホで小説を読んでるの?
合コンに参加しているはずなのに、スマホと睨めっこしていた。
しかも理由が思い出せない。
――あれ? 何分、話してないっけ?
そして同様に、そう考え込む程度に口を利いた覚えもない。
では食べているのかといえば、それも違う。
――シーザーサラダ、チョップドサラダ、アンチョビソースの野菜ディップ……この世には、どれだけサラダがあるんだろう?
女性陣がこぞって注文したが、殆ど手を付けられていないサラダばかりが並んでいる。
――なくなっていくのはフライドチキンとかローストビーフとかなんだけど……。女子力? 女子力って何?
先程から往復している視線の割合は、スマートフォンが9割、サラダが1割。
「あぶれちゃった?」
そんな中であるから、かけられた声は唐突だとしか感じられなかった。
「え!?」
顔を上げると、空いていた隣の席にグラスを片手にやって来た男の姿が。
「そろそろ酔ってきた? ジュースの方がいいかな? あ、お茶?」
「大丈夫! まだ酔う程は呑んでない……です」
目を白黒させる亜紀に対し、男は「そう」とグラスを手渡してビールを注ぐ。
「確か、車が好きっていってたっけ。ドライブ好き?」
自分へは手酌でビールを注ぎ、男は軽く亜紀とグラスを重ねた。
「ええ。ちょっとスピード出す感じで……」
亜紀は、警察官としてはダメなんだけど、という言葉を隠した。
――最近は、あんまりないけれど、クーペが好きで、でもお金がないから、今は軽に乗ってます。
と、続けるつもりだった。亜紀が警察官を目指した理由は、子供の頃、父親と見ていた刑事ドラマの影響だ。リアルさよりも娯楽性を重視した20世紀のドラマは、洒落たセリフと共に、カーチェイス、バイクアクションと銃撃戦が印象的だった。
だがビールを一口、飲み込んだ男は、「そっか」と明るい声を出し、
「俺、新しい車、買ったとこなんだ」
それは亜紀にとって有り難い話題――ではなかった。
亜紀は地雷を踏んだ音を聞いたのだから。
「この前、出た床が低いミニバン。で、俺、ステレオに凝ってて、音響はコンピュータで最適な位置を割り出して入れてもらったから、最高だよ」
ワイド&ローのミニバンに、ウーハーを効かせられる音響を持った、個室ともいえる車――確かに車が好きで、凝り性なのだろうが、それは亜紀の好みとは真逆の車だ。
「凄そう……ですね」
亜紀の返事は短く、実に単純。話を必死で合わせようと試みるも、そもそもミニバンには好きな車種すら探すのに苦労させられる。
「もっとさ、いっぱい恋愛したいとか思わない? 素敵な店見つけて、うまいものジャンジャン食べて、もっとおしゃれして、行ったコトのないトコへ行って、楽しい事いっぱいして。そういうコトできる時間っ限られてる訳。もっと楽しまないと、悔いが残るっていうかさ」
恐らく、この男はそれ程、モテる訳ではない。どことなく言葉が抽象的で、どこかで誰かから聞いた言葉だと思わされるのだから。
「は、はい、そうですね」
それに合わせようとする亜紀も大概だ。
「車って、自分で色んな所に行けるから、いいですよね。便利なのは電車が便利ですけど、精神的な自由さが違うって感じて……」
「そうそう」
男も乗ってくれた。
が――、
「あ、でも俺、走り屋とかいう連中は嫌い。無意味に回転数上げて、排ガスまき散らして、ムカつく」
地雷を踏んだ。
「俺も
それと気付かず、男の方は名調子という風に、ビールを片手に語り出す。
「ただの自己満」
何かが破裂する音が聞こえるような気がするのは、亜紀だけ。
「人よりちっとばかし速く走らせる事に、何の意味があるってんだよ。笑わせるなってね」
踏んだどころか踏み抜いたのだが亜紀は――、
「そう……かも知れないですね……」
話を合わせた。
***
だから午後10時頃、ぼんやりと一人で帰る羽目になる。
一緒に合コンに来ていた同僚たちは、二次会に行くなり、仲良くなった男と抜け出すなりしていたのだが、亜紀には、その必要がなかった。
最早、足取りはトボトボだ。
そのトボトボ足を止めたのは、特徴的な二つの光。
「あ、コンビニ」
何かつまめる物を買っていこうかと足を止めさせたコンビニのネオンサインと――、
「じゃ、行こうか」
「……うん」
亜紀の耳には、そこまでハッキリと声が聞こえた訳ではなかったが、亜紀の持つ刑事の勘、適性とでもいうべきものが耳には届かずとも、性根、心の方に届かせる。
振り向かせたのは、白いミニバンの明々としたヘッドライトだった。
「え!?」
亜紀が振り向けた視界に捉えたのは、ミニバンの運転席に座っている男と、助手席に乗っている少女。
その少女に見覚えがあった。
防犯課少年班の仕事で見知った少女だった。
コンビニの駐車場で深夜でも
それを事件と思ったのは直感だ。
「ッ!」
停車させる事はできないが、
その画面を確認しながら、路地裏に入る。
口にするのは――、
「ヨッド・ハー・ヴァル・ハー」
その四句は亜紀の切り札を召喚する呪文だ。
ぼんやりとした光と共に現れ出でるのは、魔王ベクターフィールド。
契約を司り、亜紀の魂と引き換えに望みを叶える力を行使する魔王だ。
その魔王は――、
「……く、くすす……」
丸くなって眠っていた。
「……」
亜紀が絶句していると、ベクターフィールドは「ごふッ」と咳をして、目を開けた。
「……おい」
起きた直後はぼんやりとした顔をしていたが、自分が自室のベッドで寝ている訳ではないと気付くまで時間はかからない。
険しい顔を見せる魔王らしくない魔王に対し、亜紀は一言。
「まだ10時回ったところよ?」
「自分が寝てないからって、他人も寝てないとは限らないだろうが!」
何でこんな時間から寝てるんだという亜紀だが、ベクターフィールドとしては就寝の時間だ。
そして亜紀に不満があるとすれば、ベクターフィールドが着ている服もそうだ。
「それに、何を着て寝てるの?」
亜紀が肩を落としてしまうベクターフィールドの服。
チョコレート色をしたクマの着ぐるみパジャマだ。
「暖かくて風邪引かないからいいんだよ」
ベクターフィールドは面倒臭いと頭――とはいえ、耳の着いたフードがある――を掻いた。
「俺より、そっちは何だよ? 珍しく化粧して、スカート
「……合コンの帰り……」
素直に言う亜紀も亜紀かも知れない。
ベクターフィールドは首を傾げ、
「だったら帰るの早いだろ。何時だと思ってんだ? 寝てる着ぐる民なんぞ叩き起こしてる場合か。少しは焦れ」
「そんな事より!」
不毛な言い争いをしている場合ではない、と亜紀は大声で
「手を貸してもらわなきゃならない事件が起きてるかも知れないの!」
亜紀が慌てて向けたスマートフォンには、ミニバンの写真が表示されていた。
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