第19話 タイムリミットは突然に

 ≪北エリア  始原都市ヘネロポリス≫-グラフィラス森林地帯 最深部

 遭難2日目 6:00


 翌日、そよ風が染み込むように吹いたことで空気は涼しくなる。交代で見張りをしている間に食事をした俺達はグラ・マンティスの巣窟と判断した場所へ向かった。

 辿り着くと、そこは異様な光景に包まれていた。


「ここだよな‥‥何があったんだ‥‥」

「こんなに荒れて‥酷い」


 木々はなぎ倒され、地面はそこかしこに地割れが発生している。鈍器を一ヶ所に打ち付けた跡が残り、そこを中心にめり込んだ地面。予想していたモンスターは一匹たりとも姿の無い開けた荒地となっていた。まるで巨大な化け物が暴れまわったかのようである。


「この攻撃の跡って、まさか、一昨日の?」

「その可能性が高いわね‥‥これ見て!木々がなぎ倒された跡で道が出来てる!もし一昨日のやつならここを辿れば奥地に戻れるかもしれない!」


 興奮して走り出そうとするアイシャを見ていると違和感を覚えた。


(変だ‥あいつやけに焦ってないか?)


 違和感は不審へと変わり、走り出す彼女の腕を掴む。


「ちょっと落ち着け。確かにそうかもしれないけど、こんな開けた所をモンスターに見つかったら不味いって。慎重に森の中を進んで行くぞ」

「‥‥そうね、ごめんなさい。少し‥焦りすぎてたわ」


 掴んだ彼女の腕は震えている。それを見て不審に思ったのはシンも同様で心配そうに尋ねる。


「どうしたの?まだ食糧は明日もあるんだから、慌てなくて大丈夫でしょ?」

「えぇ‥わかってる。大丈夫よ‥‥」


 アイシャにいつものような冷静さが見られない。ただ、デスゲームパニックにしては昨日今日は突発的である。


(昨日からこんな感じだし‥‥まさか‥何か隠しているのか?)


 仲間を疑いたくない状況の中で嫌な考えが頭に浮かび始める。

 その時、隣に居たシンは俺や自分とのやり取りの中で見せたアイシャの所作から原因に気付く。


「あ、もしかしてアイシャのタイムリミットは今日?」


 アイシャは図星を突かれたようで、眼を見開きシンを見る。

 無論、俺にはタイムリミットが何を現すのかこの時点では分かっていなかった。


「え‥‥‥‥」

「食糧管理は全部アイシャがやってたでしょ?それでピンと来たんだよ。アイテムボックスに3人分を3日も入る?少なくとも僕は入らない」


 (まさか‥こいつ‥‥)


「僕は食糧アイテムなんて野宿しないから持たないし、グレイに至っては金がない。アイシャもライオットさんに気付かれる前にけりを付けるって腹なら精々‥一日分でしょ?」

「な、何言って‥」


 シンに問い詰められる彼女の顔に余裕の色は見えない。


「持ってこなかった僕が言うのは申し訳ないけど‥君、自分の分を僕らに回したでしょ?」


 そういえば、夕食は渡されたものを見張り中に食べていた。

 あれがもし、彼女の分を2人で分けていたことになるなら、彼女は今、最も危険な状態になる。


「今、空腹値0に近いんじゃない?あれ、0になると飢餓状態になって‥いずれ死ぬよ?」


 空腹値が0を迎えた時、プレイヤーは飢餓状態になりHPを犠牲に生き続ける事になる。

 現実世界に限りなく近づけているこのゲームの厄介な所だ。これが、普段のゲームなら笑い事で済む。しかし、デスゲームのHP全損は死である故に、飢餓状態はじわじわと迫りくる処刑へと変わり果てる。


「僕とグレイには、空腹値が満たされる分渡して、自分の分は限界値以下で過ごしてたんでしょ」

「だから‥ベノム・マンティスの時‥焦ってたのか」


 彼女は何も言わずに顔伏せていた。俺がシンに目配せすると、彼は頷いた。


「僕らはさ‥アイシャに感謝してる‥正直言って、今回の僕らって戦犯だよ?食糧なんて忘れて君に生かしてもらってる‥何なら今、こんな事言う資格もない」

「そうだな。デスゲームってことを一番理解してない愚か者は俺達だ。人間食べなきゃ死ぬのにな」


 他の誰かに今回の経緯を話せば全員が俺達2人を非難するだろう。

 食糧問題すら考えないで未開拓エリアに探索しに行った愚か者。


「多分、俺もシンもお前に頼りすぎてた。任せれば万事上手く行くって何もしてないのに確信してた」

「そんな頼れる君を失いたくない。だから教えて、アイシャは後どれだけ生きていられる?」


 ◇◇◇◇


 3人の間に沈黙が続く。沈黙を破ったのはアイシャだった。


「ごめん‥‥私、2人に噓をついてた。食糧は1日分しかなかったの。このままいけば明日の朝には飢餓状態になって昼までには死ぬ」


 予想以上に期限は迫っていた。それだけは、何が何でも回避しなければならない。


「ちょっと待った。飢餓状態ってHPが時間で減る事だろ?回復ポーションで凌げないか?」


 回復ポーションであれば、道すがら集めることも可能で数も豊富で絶対成功持ちの俺が居る。

 良い案だと思って提案するも2人の反応は芳しくない。


「それは、無理なんだグレイ。ポーションでHPは回復できる。でも飢餓状態はHPが減るだけじゃない、副作用で体が動かなくなるんだ。時が来ればアイシャは歩くことさえ出来なくなる」

「それなら担いで行けば良い。俺が担いでいれば戦闘は任せられる」

「もう考えたわ‥‥それには一つ欠点があるの。担いで移動すればその分移動速度は低下する。そうなれば、2人の空腹値も限界を迎えるわ」


 (それじゃ‥もう、どうしようもないじゃないか)


 行き止まりの壁から抜け出せない俺は、つい彼女に苛立ちをぶつけてしまう。


「食糧が3日分って‥何でそんな噓ついたんだ。昨日の時点で言ってくれれば‥‥」


 アイシャはそれを聞いて今までため込んでいた感情を剝き出しにする。


「それが心配だったの!この事知ってたら2人とも無理して探索する‥それこそ、引き際なんて考えないで」


 それに関しては、一切反論することが出来ない。

 もし、あの時アイシャから聞いていたら、無茶だろうと無理だろうと限界までやるだろう。


「だから‥だから私は‥今日、何が何でも解決策を見つけ出さなきゃならなかったの!」


 故に、昨日の彼女はポーションレベル上限解禁に飛びついた。彼女にとってあれは獅子座への勝ち筋などではなく、自らの未来を繋ぐ最初で最後のチャンスだったのだ。


「昨日は‥‥気分を悪くして本当にごめんなさい、グレイ。私‥あ、焦ってて」


 頭を下げて謝ると力の無くなった声は徐々に涙ぐんでくる。


「あの時の事は、そんなに気にしてない。理由を聞けて納得してるよ」

「元々この探索だって、私が2人を巻き込んだ‥‥私には2人を無事に帰す責任があるの。これだけは巻き込んだ私が背負わなきゃいけないの」


 そう言って、アイシャは地面に座り込み泣き崩れていた。

 ここまで、弱気になっている彼女を見るのはMBO時代では無かった。


(それだけ‥アイシャだってデスゲームで苦しんでるんだ‥俺は今、何が出来る?)


 やがて、シンは泣き崩れているアイシャに歩み寄ると優しく抱きしめる。


「今日のことを反省するのは帰ってからにしよう。僕は、グレイと一緒に君に説教されるつもりだよ?」


 シンはもう昨日の事は吹っ切れたようで、しっかりとアイシャに向き合っている。

 ならば、俺のいう事は既に決まっている。膝を曲げて腰を下ろすと震える彼女の肩に手を置く。


「アイシャ‥一緒に帰ろう。本当にこのままここでリタイアするのか?」


 アイシャは感情が溢れ出して胸の内をありったけ吐き出し泣き叫ぶ。


「私‥‥死にたくない!まだ生きたい!こんなところで終わりたくない!」


 泣いているアイシャを抱きかかえたシンが俺に覚悟を問う。


「グレイ、僕らは絶対帰るよ、あの街に」

「当たり前だ。必ず帰るぞ、3人で!」

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