第18話 色違い:手抜きor激レア

 ≪北エリア  始原都市ヘネロポリス≫-グラフィラス森林地帯 最深部

 遭難1日目 6:00


 心地よい日差しを背に俺達3人は、この緑の牢獄からの脱出に向て探索を開始する。

 俺自身も目的の毒草を摘んだ後、錬金術師の特権でもある確定成功を利用して毒ポーションを生成した。完成したポーションはべっとりとして粘度の高い紫色の液体である。いつだか大学でこんな物をエマルジョンと言っていた。

 出来上がったポーションを上下左右から骨董品のように眺めつつ効果の詳しい把握を行う。


 名前:低級毒ポーション

 製作者:グレイ

 効果:武器および矢に付与可能。毒属性Lv1:製作者レベルと同じダメージを1秒ごとに対象は受ける。


 現在、俺のレベルは23。つまり、毎秒23ダメージをモンスターに与えることができる。

 例に挙げると、昨日出会ったグラ・マンティスであればどのくらいかかるのか興味を持った俺はアイシャに尋ねる。


「アイシャ、一秒間に23ダメージの時、1800000のHPを削り取るのは何時間?」

「大体22時間」


 即答である。彼女の計算が正しければ約22時間でグラ・マンティスを倒せることになる。


 (22時間‥‥‥‥うん! 無理!)


 やはり、あのモンスターはもっとレベルを上げて装備を整えてから挑むものだろう。


「シン、獅子座の体力って分かんない?直感でもいいから」

「前に言ったように見れなかったから分からないよ‥感覚頼りでいいならグラ・マンティスの100倍くらい」

「そしたら、2200時間‥90日ちょい‥他所のエリアの奴が戦争終結させてそう」


 短縮するには毒ダメージがレベル依存なのを利用してポーション製作によるレベリングしかない。

 錬金術師や剣士をいったクラスは第一次クラスを称され、上限は50と決まっている。


「因みに‥毎秒50ダメなら、獅子座は42日、グラ・マンティスは10時間」

「すっご~い。一ヶ月半戦えれば倒せる~‥‥ってなるか!」


 全く勝ち目の見えない未来予想図にため息を吐くことしか出来ない。


「グレイ、上限50になったら中級毒ポーションとか作れない?」

「そういえば‥毒ポーションの派生先に似たようなシルエットのスキルがあったな‥」


 シンに言われて気が付いた俺は自身のスキルツリーを開くと、毒ポーション生成の先にあるスキルを探す。スキルツリー内では端に位置する毒ポーション生成には3つの派生が存在した。


「一つは所持限度数増加‥今は必要ない。もう一つは‥おぉ!効果上昇だ。でも、1.1倍の効果か‥」

「一応、効果上昇はとっておきなさい‥で、肝心の三つ目は?」

「最後は‥レベル制限で見れないや‥多分、新スキル」


 それを聞いたアイシャは期待外れにがっかりする。


「そう‥根本的な解決は無理‥ね‥‥」


 ◇◇◇◇

 遭難1日目 12:00


 探索は徐々に進み正午になると開けた場所を見つけて昼食を取る。その間、午前中に調査して判明したことを整理する。


「重要なことからいくわよ。最深部モンスターの平均レベルは120。グラ・マンティスもちらほら見かけたけど一方的に蹂躙されているわ」


 そう、あのカマキリですら最深部では低レベル扱いとなっているのだ。

 調査は木々に隠れながら進んでいるので、遭遇はしていない。だが、縄張り争いによるモンスター同士の戦闘はよく見かけている。基本的には、高レベルのモンスターが勝利し敗者は餌にされることが多い。


「レベルの低いモンスターが安全なエリアに居るのは王道ってなると、グラ・マンティスが多い所が奥地に戻る鍵かもね」


 だが、これが何とも難しい。この世界のモンスターは多かれ少なかれ群れを形成する。

 そのため、グラ・マンティスの多い方へ進むという事は、最深部から奥地に近づくと同時にグラ・マンティスの巣窟に向かうことと同義になる。


「今日の探索結果を踏まえたグラ・マンティスの生息地は‥この辺りかしら」


 アイシャがマップ上に指差した地域は現在地から南下した所にある。真っ直ぐ進めば1時間も掛からない。


「直ぐにでも行きたいけど‥仮に戻れて奥地。明日の朝一で突入した方が探索時間も多く取れるはず」

「‥えぇ、そう‥ね‥‥そうしましょう」


 やや納得の行ってない表情を見せたアイシャだったが、直ぐに普段通りの調子に戻る。


「後は、戻るだけ‥だよな」

「そうだね。その後一歩が果てしない、こんなスリル久々だ」

「楽しむのは良いけど、油断はしないでくれよ?」


 冗談や笑いはこんな環境でも活力になってくれるのが有難い。まだ、彼らと共に居たいと実感できる。


 ◇◇◇◇


 遭難1日目 15:00


 その後は夜を過ごすためのセーフエリアを探すことにした。


「ここ、どうだ?」

「ん〜中々の洞穴ね〜深い?」


 最初に見つけたのは雨風も充分に凌げる洞窟であった。しかし、奥の方は全く見えず不気味さも思わせる。


「何か居そう…」


 ふと、シンが呟くとレーダーに大量の敵が感知された。


「嘘っ!?10‥20‥いや、もっとだ!」

「なんかでっかい蝙蝠が出てくる!」

「て、撤収!パスよパス!」


 それからも大木の上や小さな花園を候補に挙げるが、何かしらの問題が発生して却下される。

 延々と道無き道を切り払いて進むと、ふと横目に見覚えのある植物が目に入る。


「あれ‥毒草じゃないか?」

「ほんと…ここは、昨日とは別の群生地ね。ここならきっと安全よ」


 10時間を超える探索に疲労は蓄積し、ステータスの睡眠値や空腹値も喜ばしくない。

 そんな中で見つけたこの場所は正にオアシスと呼ぶに相応しく、前例もあったことで3人とも気が緩んでいた。


 理不尽とは、準備してない時に限って起こるものである。


(?シンのやつ何立ち止まってるんだ?) 


 先行していたシンは群生地を目の前にして歩みを止めていた。よく見ると、彼は腰に掛けた剣に手を伸ばしている。

 雷に打たれたようなショックが全身を駆け巡る。

 咄嗟に、俺は後ろのアイシャへ声を掛けようと振り返った。


「ア、アイ‥むぐっ」


 喜びを伝えようとする俺の口を彼女は問答無用で塞いだ。


「黙って‥そんな‥嘘よ嘘よ。あの鎌は‥」


 鎌という単語が意味するのは一つ。息を飲んで覗き込むと、毒草群生地の中央ポツリと空いた空間に、桃色こグラ・マンティスが立っていた。


「なんで‥ここにあいつがいるんだ」


 昨夜一晩の間、襲撃されなかったのは、毒草の効果ではなく、ただの幸運だったと分らされる。


「シン、グレイ。今解析が終了したわ。あれは、グラ・マンティスじゃない。似てるけど別のモンスター。ベノム・マンティスよ」


 アイシャの言葉で変化した色合いに納得させられる。

 更に、彼女の解析によって得られたステータスが送られてくる。


 名前:ベノム・マンティス(ユニーク)

 レベル:111

 HP:108800/210000000

 MP:15559/180000000

 状態:◼️◼️◼️◼️の猛毒(Lv999)


(このHP…瀕死か?) 


 謎めいたモンスターと不審なステータス。違和感に訝しむ暇なくHPは鬼のように減っていく。

 呆気にとられた俺をアイシャが現実へと引き戻す。


「グレイ!あいつに急いで攻撃して!早く!!」

「えっ‥あぁ、そうか、わかった!」


 彼女の言葉で反射的に弓矢を放つ。その矢をベノム・マンティスが避けることは無く、しっかりと命中する。

 俺の攻撃によるHPの変動は微々たるものだが、アイシャの狙いはダメージではない。


「どんな形であろうと、プレイヤーの攻撃が関与すればアイテムはドロップし‥経験値も入る」


 俺の攻撃は蚊が刺すのと変わらない。それでも、ベノム・マンティスがグレイに討伐されたという結果は存在する。


「でも、これってこっちにヘイトが来ない?」

「安心なさい。そんな時間、ないわよ」


 攻撃を受けたことに反応したベノム・マンティスが鎌を振り上げようとするも先にHPが0になる。

 最期は、木々の揺らめく音にすら敵わない小さな声で鳴いて力尽きその場に倒れた。


「やった‥?いけた‥?」


 確認の台詞を何度も反芻していると、死骸から湯水のようにアイテムが溢れ出す。


「倒した‥しかもグレイがだよ!?経験値まで一気に入った!」

「これは‥希望が繋がったわね。この一勝は未来に直結する一勝よ」


 俺のレベルはぐんぐん上昇し、称号獲得のアナウンスも通知される。


「称号:«特殊固体狩り»を獲得しました」


 効果はユニークモンスターとの戦闘時に得られる経験値量アップであった。

 しかし、今はレベルや称号よりもアイテムの方が期待に胸を躍らせる。


「チャンスよ!今よりもっと強力な毒が作れるかもしれないわ」

「よっしゃ!早速拾うぞ!」


 急いでアイテム回収を行うと、様々な物が集められた。一番の収穫はベノム・マンティスの毒液。


「この毒液から特製ポーションが作れそうだぞ」

「どんなの?見して見して〜」


 新たにレシピが解禁された毒ポーションは『VENOM』。


 名前:VENOM

 製作者:グレイ

 効果:武器および矢に付与可能。蟲毒属性Lv2:製作者レベルの2倍ダメージを1秒ごとに対象は受ける。


 効果は今までの低級と異なり、毎秒ごとにレベルの2倍ダメージを与えられると表記されていた。

 また、初めて見る蟲毒属性という表記も気になる。


「蟲毒って‥あの蟲毒?毒属性と違うのかな?」

「どうだろう‥もし、もしもだけど重ね掛け出来るなら‥獅子座の希望は現実にグッと近づく」


 しかし、肝心の毒液が少量しか得られずポーションは全部で3本しか作ることは出来なかった。

 それでも、高レベルモンスターで、しかもユニークとくれば経験値は破格の数値が貰えることになる。レベルはお陰で35まで上昇。恩恵はスキルツリーにも現れる。

 それは、先程までレベル制限で隠されていた最後の毒派生スキル。


「調合レベルを上げられるようになってる」


 隣でアイテム整理をしていたアイシャが、それを聞いて矢のように飛び込んできた。


「それ本当!?グレイ!?」

「本当だよ。素材量を増やすことで高いレベルのポーションが作れるようになるらしい。等価交換を量から質に変えた感じだな」


 アイシャは必死の形相で俺の肩を掴みブンブンと揺らしながら声を上げる。


「グレイ!今直ぐ、手持ちの毒草使って限界までポーションレベル上げて!」

「分かった、分かった。やってみるから」


 彼女の迫力にやや引きながらもポーション製作一覧から低級毒ポーションを選択し、新たに追加されたレベル欄を弄る。

 すると、レベルは1から5まで上昇させることが出来た。ただ、それ以上に上げる事は出来なかった。


「限界値はLv5か。効果はLv1の5倍バージョン。これ以上は、俺自身のレベルを上げないと無理そうだ」

「そう‥‥流石に、製作者のレベルまでポーションレベルも上がるわけないわね‥‥」


 落ち込んだ様子で自らの作業に戻る彼女にかける言葉が見つからない。

 少し気まずくなった空気を察したシンは慌ててフォローに入る。


「充分な収穫だよグレイ!今後も上がる可能性はあるかもしれないし!5倍になったって事は、グラ・マンティスも5分の1の時間で倒せるってことなんだよ!」


 (シン、励ましてくれるのは有難い‥でも、それでも、今のままだと一体3時間かかるんだよ)


 これから向かおうとする場所に生息するグラ・マンティスは一体どころでは済まされない。

 獅子座への希望が出てきても目の前の絶望がそれを塗りつぶす現状に、俺はただ明日の自分へ期待する他なかった。


「とりあえず、今日は休んで明日グラ・マンティスの多い方へ行ってみよう。もしかしたら、もっとレベルの低くて倒しやすいモンスターが出てくるかもしれない」


 こうして、初日の探索は終了した。

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