第12話 邂逅、鉄壁の獅子座
「僕以外、全員死んだ」
短く淡々と告げられた言葉に、ある者は信じられないと狼狽え、またある者は涙を流してむせび泣く。誰もがその現実を受け入れられず、数名の泣き声だけがギルド内を包み込む中、ライオットは前に進むために事情を尋ねる。
「あのダンジョンで何が‥あった‥?」
「ダンジョンの大部屋で、ボスに遭遇した。突然のことだし、封鎖されて誰も逃げられなかった。たった一体に皆やられてしまった‥僕は‥ただ、運が良かっただけだ」
ユノが最初に言った『試練』とは、おそらくボスモンスターに当たる存在のことだろう。
「逃げられない‥?皆やられた?一体‥何と戦ったんだ‥?」
震えた声で問いかけるライオットに対して、シンはダンジョンで起きた出来事を話し始めた。
◇◇◇◇
「予定通りパーティが揃った後、僕たちは東のダンジョンに向かったんだ」
先に偵察で侵入したパーティからの情報によると、ダンジョン内は迷路のように張り巡らされた細い通路と要所要所に設置された部屋で構成されていることが判明し、全員では一気に通れないことが分かっていた。
「それで、僕達はパーティごとに突入することにした。分かれ道に関しては、予め埋めてもらったマップを参考にしてそれぞれ別の所を通るようにしていたよ」
予定では、全パーティが突入してから3時間後に一度脱出の計画となっていた。
「僕のパーティは3番目に突入。探索も順調に進んでいたよ」
ダンジョン内のモンスターは、部屋に入ると湧いてくる仕組みになっており、外とそれほど変わりないレベルとなっていた。シン達はそのお陰で特に苦戦することなく、マッピングとレベル上げを行っていた。
「問題が起きたのは、脱出の時間になった頃かな‥」
シンのパーティも一旦ダンジョンから出ようと出口に歩み始めた時、どこからかダンジョン内を悲鳴が響き渡る。
「いやぁぁぁぁ!!誰か!助けてぇ!!!」
何事かとシンのパーティは声のする方向に急いで向かった。
入り組んだ地形のため、到着には数分かかってしまい、やっとのことで辿り着いた場所は、今までの部屋と異なり、仰々しい門の中にある大部屋であった。
「あぁぁああああ!!わぁあぁぁぁ!!」
「ちょっと‥何‥あれ‥?」
シンのパーティメンバーが指さす方向には鈍い音を立てながら、巨大な獅子が叫び声をあげる女性プレイヤーを前脚で無惨にも踏み潰す光景だった。
大部屋は天井が抜けていて空の光が部屋の内部と獅子の全容を露にする。
艶やかな黒い体毛の獅子は思わず見惚れてしまう程美しい銀のたてがみをなびかせ、全身から迸る赤い波動からは絶対強者の風格をシン達に植え付けさせる。
シン達と獅子は互いに距離を保っている間に、声に反応した他のパーティーも駆けつけてくる。
冒険者基礎スキルの『
名前:
レベル:閲覧不可
HP:閲覧不可
MP:閲覧不可
圧倒的なレベル差にシンは思わず言葉が出る。
「なにこれ、冗談でしょ」
獅子座は続々と集まった他のプレイヤーに気づくと、戦闘態勢へと切り替えるための雄叫びを上げる。
直後、シン達の耳にはアラーム音が鳴り渡り、突然現れた物々しい画面と普段聞き慣れたアナウンスが発せられる。
「これより、ストーリークエスト『光飲み込む、黒の暴君』を開始します」
アナウンスが終わると共に、獅子座はシン達に向かって、鋭く伸びた牙と爪を見せ飛びかかった。急な出来事にプレイヤーの大半は、動揺して動けずに棒立ちになっている。
一方でシンは、跳躍態勢に入った獅子座を見てすぐに他のプレイヤーより一歩前に出る。
そして、ステータスのレベルや跳躍時の挙動を観察し、即座に獅子座の攻撃は耐えられないと判断すると、振り下ろされた右脚に対して、剣をいなして攻撃の方向のみをずらした。
結果として右脚は、目的とは別の場所へ振り下ろされる。威力を確かめるためにシンが振り返ると、余波で砂埃が巻き上がる中に地面へめり込んでいる右脚が見えた。
(零影君よりずっと遅い‥けど当たったら死ぬな‥)
「全員、散開!」
最初は、棒立ちで動けなかった他のプレイヤー達もシンの言葉を聞いて、意識がはっきりするとそれぞれ行動し始めた。それを見届けたシンは、集団から一度獅子座を引き離そうと、剣で前脚を斬りつけようとする。
すると、思っていた結果と異なる金属に叩き付けたような鈍い音が鳴り、火花が散って剣が弾かれる。
「そんなっ‥身体は鋼鉄の鎧並みか‥」
反撃する獅子座はシンの方向に向き爪を振るう。その攻撃は背中を曲げて体を後ろにそらす事で何とか避けられる。
(でも、最初に攻撃したからヘイトは受け持った‥)
シンはそのまま引き付けて部屋の中央に獅子を何とか誘い出すことに成功する。
他のプレイヤー達はシンを援護するために獅子座を囲う形を作り魔導士達の援護射撃で怯ませる。
そのお陰で、シンにも激戦で疲れた身体を癒す休息が訪れた。
「この後は、どうするんだ?」
パーティメンバーの一人がシンに指示を請う。
「現状、僕の攻撃は通じてない。だから、剣士は盾を構えて防御に専念して。相手の攻撃速度は割と遅いけど火力が高すぎる。距離を保てる魔法を主軸にして戦うよ」
他のプレイヤー達もその作戦に賛成する。前衛が後衛を守るように前に立ち、後衛の魔導士達が攻撃を始めた。
しかし、魔法による攻撃を受けても獅子には、ダメージを負っているように見えない。
果てしなく続く戦いにプレイヤー達の顔は、徐々に絶望に染まり始めた。
ついには、魔導士の1人が他のプレイヤーを置いて、自分1人でも逃げようと部屋の出口に向かって走り出す。
「無理だ‥こんなのやるだけ時間の無駄だ!」
獅子座がそれを見ると、元々溢れ出していた赤い波動を急増させ、他のプレイヤーを脇目に逃げようとしたプレイヤーに高速で飛びかかり、爪で切り裂く。たった一撃でそのプレイヤーはHPが全損し、粒子になって消えていった。一転して爆発的に増した獅子の覇気にシンは気圧されそうになる。
「なんだ、今の速度‥さっきと違って、速すぎる」
覇気が増した獅子座の攻撃は、シンですら目で追うのがやっとの速度。当然、他のプレイヤーには何が起こっているかも分からないまま、獅子に蹂躙されていくだけである。
獅子が突進すれば、受け止めようとした前衛職のプレイヤーが吹き飛び、爪で切り裂かれれば、一撃で死んでいく。あまりの惨事にその場の戦線は崩壊していった。
既に、シン以外のプレイヤー達は戦意喪失しており、一刻も早く逃げ出そうとして出口に向かって走っていた。シンは果敢に獅子に攻撃を仕掛けて、ヘイトを自分に向けさせようとするが、獅子は頑なに彼以外の逃げ出そうとするプレイヤーを狙い続けた。
「はぁはぁ‥あれ‥?噓でしょ‥誰か‥居ない?」
気づいた時には、既にシンしかプレイヤーは、残っていなかった。
シンのHPは、回避し続けたことでまだ最大値のままだが、一回でも直撃をもらえば確実に即死する。
(まさかのソロか‥‥)
そこから、1対1での長い戦いが始まった。
シンは獅子の攻撃に目が追いつくようになり、攻撃するタイミングも予備動作も分かってきたが、反対にシンの攻撃は硬い皮膚に弾かれて全く通じない。
そしてついに、均衡が崩れる。
「あっ‥‥
度重なる攻撃のせいでシンが使っていた剣が刀身から真っ二つに折れてしまった。
この一秒にも満たない動揺は、致命的な痛手となり、加速した獅子座の攻撃を完全に避けることに失敗する。
(爪が掠った‥)
僅かに当たった攻撃だが、シンは衝撃で壁に叩きつけられてしまう。
シンの見ている画面には残りHPがギリギリ残っていることしか判断できない。
「はは‥掠ってこれか‥理不尽極まりない」
ポーションを使って回復しようとしたが、顔を上げた先に映るの光景は獅子座が爪で切り裂こうとして上げた前脚が振り下ろされる瞬間だった。
その攻撃をシンは直感だけでなく全身で避けられないと確信してしまう。
(‥負けた)
絶体絶命の中で彼が最期に言えるとすれば、付き合いの長い2人への謝罪くらいだ。
「2人ともごめん‥‥」
シンは己の死を確信して瞼を閉じる。そこへ、容赦なく獅子の右脚が振り下ろされた。
「創生魔法『ぶっどべ、獅子座』」
どこからか抑揚のない声がすると、豪快な爆発音と共に獅子座が突き飛ばされて壁に激突する音が耳に届く。
驚いたシンが瞼を上げその爆発音の方を向くと、獅子座が居たはずの場所には、黒のローブに黒のフードを被り、布地で顔半分を隠した何者かが立っていた。
その正体不明の人物が被るフードの中からは青く光る瞳がのぞき見える。
そして、呆気に取られるシンに向かって指を刺し一言。
「テレポート」
その瞬間、シンはミュケの街の前に転移していた。
◇◇◇◇
「‥‥これで、僕が覚えているのは、全部だよ」
その内容にギルドに居たプレイヤー達は沈黙していた。話し終えたシンは顔を伏せたまま立っている。
皆が言葉に困って静まる中、奥で話を聞いていたアイシャが手を挙げて尋ねる。
「‥‥質問があるわ。本当にその獅子座と戦う時に、ストーリークエストが開始されたのね?」
「そうだよ。それに間違いはない」
「そう‥‥」
それを聞いたアイシャは、息を吐いて苦い表情のまま考え事を始める。
やがて、何か決心したのか立ち上がると、ギルド内に居る全てのプレイヤーに向けて指示をする。
「今日はここで解散します。みんなは宿に帰って。この件については、今から私が彼に詳細を聞き出しておく。後日改めて今後のダンジョン攻略について発表します。みんな、明日以降は普段通りにクエストこなしてね」
この指示に対して、納得のいかないライオットが反論する。
「ちょっと待ってくれ!俺たちにもそれを直接聞く義務がある!」
『ストーリークエスト』は、解放戦線に所属している身からすれば、避けても避けられない壁である。義務とは強く言い過ぎているが、その声に周りのプレイヤー達も賛同し始める。
「そうだ!本当はまだ、俺たちに話してない事があるんじゃないのか!」
「最後に言ってた謎の人物の顔は見てないの!」
「もっと獅子に関して詳しく話せ!」
容赦なくシンに向かって、質問が浴びせられる。その中でシンは肩を震わせて手を強く握りしめていた。
アイシャは、そんなプレイヤー達に対し相当怒りが溜まったようで普段は見せない強い口調になる。
「あんた達!私が言ったことがわかんないの!!帰れって言ってんでしょ!!」
怒鳴られたプレイヤー達は、一斉に口をつぐみ追求を止めてそれぞれ宿へと帰っていく。
横で聞いてたマリア達も俺に、挨拶を済ませる。
「今日は、私もこれで失礼します。シンさんには、後日改めてお礼を言いに行きます」
俺も帰ろうとアイシャ達に挨拶しに行くと、アイシャから目配せで合図が送られる。
(‥あぁ、そういう事‥‥3人で話すのか)
俺は頷いてギルドから一度出る。その後、30分程度時間を潰してギルドに人気がなくなるのを確認すると、再度ギルドに入る。
シンとアイシャの2人は奥の部屋にあるテーブルに集まって俺を待っていた。
念の為にシンの顔色をうかがうと当然、その顔に諦めの色は全く見えない。安心して俺はシンの反対に座り、集めた彼女の顔色もうかがう。既に、アイシャも何か考えはあるようだった。
そして、俺はテーブルに座り一言。
「で、勝算は?」
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