ヒロイズム・ユートピア ≪英雄主義者の理想郷≫
川島 そあら
プロローグ 始まり*1026億13回
2048年4月某所
白衣姿の50代半ばに見える男は、パソコンが山のように積まれた部屋で、椅子に座り煙草を吸いながら、とある実験の結果報告を待っていた。
男の髪は汚れでべっとりとしており、全体的に白髪が目立つ。顔も疲れが目に見えており、目の下にはおおきな隈が出来ている。何日も風呂にはいらないどころか着替えてもいないため、服もヨレヨレで汚れている。
彼を一言で表すならば、「不潔」。
男の近くの机には、大量のカップ麵の残骸とタバコの吸い殻が積まれており、この部屋からどれほどの時間出ていないのか想像も出来ない。
突然、男の近くにあったパソコンに光がつき、画面の中に女性が現れる。
彼女は、長く綺麗な栗色の髪を結ばずに肩まで伸ばしている。
肌は白く、金色の眼で男をじっと見つめている。肩より下は画面のサイズで見えないが、細身でありつつ出るところはしっかり出ている体であり、世の女性が思い浮かべる「理想のスタイル」であることを男はよく知っている。
服は、黒のワンピースを着ており、それが肌の白さをさらに際立たせている。
しかし、その表情には感情が一切見えない。
それは、彼女が「AI」と呼ばれる人工知能、電子生命体だからだろう。
彼女に気づいた男は、待っていましたと言わんばかりに、期待した顔で尋ねた。
「今回はどうだった?」
彼女は、表情を一切変えずに即答した。
「失敗です」
それを聞いた男は、途端に厳しい表情になる。
「今回の実験も失敗か。世界中から選りすぐりの天才を集めたのだが…」
「本実験でも、期待した成果は得られませんでした」
男はしばらく考え込み、顔を伏せる。
やがて顔を上げて言った。
「……もう時間がない。プランBに移行する」
「警告。プランBには正式な許可がおりていません。」
「構わん。これ以上は時間の無駄だ。私の権限で許可する」
彼女は、それを聞き返答した。
「ユーザー名『クロノス』承認しました。6月1日20:00にプランBを始動します」
男は、ため息をつき椅子にもたれかかる。
「ここまでに、約1026億回もの実験シミュレーションを行い、13回の実験を経ても結局こうなるのか……」
「プランBの成功確率は、0.000000001%です」
彼女の返答を聞き、男は乾いた声で笑い、全て諦めたかのような表情で話す。
「人生の半分近くをこの計画に使ったが、最後にこんな分の悪い賭けをしなくてはいけないとは。やはり覆すのは不可能かもしれないな」
「それはあり得ません。あなたの目的は必ず達成します」
男は、確率を度外視する「AI」らしくない彼女の言葉に驚く。
「君にそう言われると何だか成功する気がしてきたよ」
男は、覚悟を決めた顔をして彼女に向けて問いかける
「これで駄目ならその時は…」
「はい。人類の滅亡が確定します。」
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