三角形ABB´
七戸寧子 / 栗饅頭
1
1-ソヨ
花っていいよね。つくづくそう思う。
種類によって、形も色も香りも触り心地も違う。ものによっては甘い蜜を吸えるし。その全てが心地よくて、ワタシみたいな子も癒してくれる。
それに、花は喋らない。
決して喋るのが嫌なわけじゃない。でも、ワタシはそれを聞いてあげることができない。この世界には『音』の概念があるらしいけど、ワタシが生まれ落ちたこの場所にはそれがないそうだ。
つまり、耳が聞こえない。
鏡に写る耳はずっと眠っているのだ。
だから、ワタシは犬が鳴く「ワンワン!」っていうのがどんな形をしているのか、どんな色をしているのか検討もつかない。犬の愛らしさを最大限に感じることができないのだ。
その点、花はいい。ワタシでも、ほぼ100%その良さを体感することができるから。
自室に、いつも一輪だけ花を飾っている。今は外で摘んできたタンポポの花だ。色素の薄い、地味な部屋の中では希少な『色』を見て微笑んでから、本棚に何枚か並べてあるCDを一枚選んで抜き出した。
そう、CD。ワタシの部屋に置いてあるのは不思議だ。
小さい頃から置いてあり、時々おばちゃん達が買ってきてくれる。
「家で聴かなくなったから、あげようと思って」
毎回、そう手話で伝えてくるのだ。十三歳とはいえ、多少は大人の事情もわかるようになってきたワタシにそんな嘘は通じない。よくテレビに出てる流行りのアーティストの曲を、おばちゃん達が「聴き飽きた」と渡してくるとは思えないのだ。
しかし、それが耳が聞こえないワタシへの皮肉ではないことは知っている。あの人たちはそんな悪い人ではない。
そう、あの人たち。誰かと言うと、ワタシのお世話をしてくれる、施設のおばちゃん達だ。
ワタシは施設に暮らしている。おばちゃん達は理由を教えてくれないが、生まれて間もない頃からワタシには両親がいないらしい。そのことを思うと切なくなり、自分でも気が付かないうちに両手を合わせていることがある。
なんだか悲しくなって、ふーっとため息をついた。
こんな時は音楽を聴くに限る。この前、誕生日に無理を言っておばちゃん達に買ってもらったヘッドホンを装着し、CDプレーヤーの右向きの三角が描いてあるボタンを押した。
もちろん、なにも聴こえない。
今聴いているのがどんな曲が、音楽というのがどんなものかは、ほんの少しもわからない。
だからこそ、このヘッドホンがいいのだ。よくわからないけど、音には『高い音』『低い音』があるらしい。その低い音は、物を震わせる力を持っている。このヘッドホンは、その低い音を大袈裟にしてくれる。
ワタシは、その振動を楽しんでいるのだ。
昔、花火を見に行ったことがある。まだ六歳とか、それくらいの頃。その頃から花が好きだったワタシは、空に咲く炎の花を観たくて仕方なかったのだ。
もちろん花火は綺麗だった。しかし、その光よりもワタシの心と体を震わせたのは、その音から伝わる振動だった。
ヘッドホンでは花火には遠く及ばないが、充分楽しめる。
心地よい振動に身を任せて、頭の中を空っぽにしていたら、いつの間にか音楽の再生が止まっていた。時々、無意識のうちに何かしていることがある。まったく、不思議なものだ。昔からそうで、十三歳になった今もそれは変わらない。机に飾ったバースデーカードを見て、そんなことを考えた。「Happy Birthday! SOYO chan♪」なんて、ペンで書かれた文字を見ると嬉しくなってきた。
ワタシ一人の部屋で笑みを浮かべ、またCDの再生を始めた。
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