豚ですが週1で異世界騎士をしております

七海 夕梨

第1話 魔法騎士の始まり

「今月の新刊、魔法騎士晴臣をよんだ?」

「読んだ読んだ。やっぱ、困った時にさっと助けてくれる騎士って素敵」

「「晴臣様は最高よね」」



 学校の食堂で、女子共がとある少女漫画を絶賛し合っている。ここ最近、人気急上昇の少女漫画「魔法騎士晴臣」だ。異世界に転移した晴臣という少年が魔法騎士としてお姫様に献身的に仕え、強敵から守るというテンプレートな少女漫画らしい──が詳しくは知らない、というか知りたくない。



「一度でいいから騎士に守ってもらいたいわ」


「あたしも……」



 ──女子どもよ、騎士だって守る女ぐらいは選びたいと思うぞ。なんせ守るというのは命懸けだ。



 まぁ、一人の男が、献身的に一人の女性を守り抜くというのは、女子にとっては憧れなんだろうが。



 でも、お前達のいう守ってもらいたいはアレだろう? 【イケメンに限る】だろう?



 俺の知る限りではあるが、不細工な男に守ってもらいたいなどと夢見る女子はこの世に存在しない。俺だって守ってもらうなら美少女のほうがいい。まぁ世の中には、男は顔じゃないという女子はいるかもしれないが彼女たちの許容範囲はあくまで一般的な外見の男性だ。俺のようにデブでブサメン、なおかつ肌にニキビだらけの男では決してない。あきらかに生理的に受け付けない代表の俺が、汗水たらして女性を守ったところで、社交辞令で礼は言っても、汗を飛ばすな、馴れ馴れしくすんな──が現実である。



 こんな事を考える俺は、卑屈だなと自分でも思う。が、なりたくもなる。なぜなら俺の名前は田中晴臣。くしくも魔法騎士晴臣と同姓同名だ。これ以上、女子共の妄想を耳に入れるのは辛い。飯だって不味くなる。だから彼女たちが気が付く前にそっと席をたとうとした時だった。


 カターン。


 なんて不幸か、誰かが机の上に忘れていった箸が、席をたつ拍子に床へと落ちてしまい、彼女たちの視線は俺へと集中してしまった。



「ちょっと、あれ? 田中じゃん」

「やだ……いつの間にいたの? わざとあたしらの近くに座ったんじゃない」

「え? まさかストーカー? きっも~。だいたい晴臣様と一緒の名前とかありえないんだけど」

「本当よ。しかも顔格差が激しすぎだし」

「体型格差もね。って、あたしら酷すぎじゃね?」


 キャハハと女子どもが大声で笑い合う。


 わかってる。言われなくとも、顔、体型ともに漫画の晴臣とは格差がある事ぐらい。俺がどうあがいてもそんなイケメンにはなれないことぐらい。だがな、お前らのほうが後から俺の近くに座ったんだ。決して俺からではない。あとたまたま一人の男子学生が女子生徒の近くに座っただけで、ストーカー呼ばわりとかどんだけ自意識過剰なのか。


 これだから妄想女子はっ!


 ──と、言ってやりたい。が、言ったところで意味がない。


 この学校は女子の方が発言権が強い。親の都合で引っ越すことになり転校枠がここしかなかったとは言え、入った高校が間違いだった。近年女子高から共学になったため、圧倒的に男子が少ないのだ。よってクラスの構成はほぼ女子。男子は3人しかいない。だからブサメンかつ何の取り合えもない俺のクラスカーストは最底辺。つまり反抗的発言をすればするほどクラスでの居場所がなくなる。



「うわぁ~、なんか田中がこっちみてるんですけど」

「やだっ、視線があっちゃった。きもい~」



 気持ち悪い……幼児期から高校に至るまで、大抵の女子は俺にそのワードをたたきつけてきた。俺がどれだけ傷つくかなどおかまいなしに。



「あの晴臣には守られたくないわ」


──煩い。 


 お前らに騎士の苦労がわかるものか。


「それ以前に傍にくんなってかんじ」


─煩い。


 俺だって──。


「お前らなんか守りたいなんて思わない!」


──しまった。


 気が付いたら気持ちが声にでてしまった。大声を出したおかげで食堂にいた全生徒が俺を見ている。居辛くなった俺は、逃げるように食堂を後にした。





■■








「──という事があったんだ」

「ふぅ~ん、お疲れ様」



 軽い口調で俺をねぎらうのは、俺と正反対のイケメン、ヴィオルだ。中性的な彫の深い顔に、日本人にはあり得ない紫色のつややかな髪をなびかせ、白い西洋の騎士服を纏っている。



 先に説明しておくが、ヴィオルはコスプレで騎士服を着ているわけではない。正真正銘の騎士だ。そして変わった色の髪は地毛である。つまり日本人でもなく外国人でもない。



 異世界人である。



「人が重い話をしたというのに、軽く返しやがって」

「晴臣の外見はもうどうしようもないよ。パラリア一不細工だって僕も思ってるし。あぁ、でも晴臣ほど優れた騎士はいないと思うよ。魔王から守ってもらうなら断然、晴臣だね」


 パチンとウィンクをしながらヴィオルが言う。男にウィンクされても複雑な気分だ。


「お前な、後半は俺にフォローを入れたつもりなんだろうが前半で全部台無しなんだよ」

「ぇ~、僕は本気で晴臣の事を尊敬しているのに。そんな事よりも今日の仕事なんだけど」

「そんな事よりって、お前な」

「まぁまぁ、晴臣。君はここに来てまだ1か月。もっともっと仕事を覚えてもらわないとね」

「また何か企んでたりしないよな?」

「ふふふ」

「………1か月前の事、俺は忘れてないからな」

「1か月前かぁ。懐かしなぁ」


 くそっ、こいつに相談した俺がばかだった。とっとと仕事モードになろう。



 そう、仕事といえばなのだが。



 俺はパラリアという異世界で週1だが騎士をしている。騎士といっていいか微妙だと思うが。


 話はつい1か月ほど前にさかのぼる。



 俺は突然、異世界から来たヴィオルに、ジャンジャカジャーンという謎の効果音と共に部屋に侵入され、こう告げられた。


「おめでとう。君は今日からパラリア国の姫専属騎士に任命された。さ、僕と一緒にきたまえ!」


 あまりのバカげた宣言に、警察に電話するという選択肢をとっさにれなかったのが、そもそもの間違いなのだが、もう一つ、ヴィオルの言った姫専属騎士という言葉がひっかかってしまって判断が遅れた。気が付いたら異世界に召喚されてしまったのだ。最初は西洋のテーマパークだと思ったが、ヴィオルから見たこともない竜やら、魔法やらを見せられてしまい、疑う事は諦めた。


 でも、姫専属騎士。姫か……。


 ラノベで姫様といえば美少女というのが定番だ。なんの取り柄もないブサメンがいきなり異世界、そして姫専属騎士。ここまできたらもう美少女が待っているとしか普通は思えないだろう。いや思わないとやってけない。


「ヴィオル、この方なの?」


 突如、少女が俺の前に現れた。鈴のような高い綺麗な声だ。


「姫、また唐突に。ええ、彼がそうです」


 ヴィオルによると転移魔法というやつらしい。心の準備もさせてくれず現れた少女は美少女かつ、お姫様だった。金髪碧眼で俺とそう歳は変わらない。彼女をみた瞬間、心が躍った。ああ、俺はこの為に生きてきたんだと。


 だがお姫様からみた俺はどうなんだろう。


 しかもヴィオルが横にいるせいで、俺の醜さがより引き立ってしまっている。瞬時に彼女を見るのが怖くなった。


「ねぇ、騎士様、どうして下を向いてるの? もっと顔をよくみせてくれる?」


 どうしてって。俺を見る女子は皆、開口一番に目を合わせるなと言うからだよ……という俺の気持ちなどお構いなしに、姫の青い瞳が、俺の顔を覗き込んでくる。あまりにも詰め寄ってくるため、無意識にのけぞるとさらに距離を詰められた。おかしい。この子は絶対におかしい。どうしよう。女子に近距離でガン見されるのは初めてだ。しかもなんだかいい香りがする。


「素敵。私の理想の騎士様だわ」

「え……理想?」


 頬を紅潮させながら少女がいうので、ドキリと心臓が飛び跳ね、有頂天になった──が、すぐに気持ちが瞬間冷却される。


 だって俺だ。話がうますぎる。新手の詐欺だろうか。


「ヴィオルありがとう。騎士王を探すのは手間だったでしょう」

「ええ、苦労しました。まさか異世界に行かねばならないとは思いませんでしたよ」


 キラっと白い歯を輝かせながらヴィオルが言う。ふふふと互いに微笑み合うヴィオルと姫はお伽話にでてくる姫と王子のようだ。いや、実際一人はお姫様のようだけど。


「いけない。私としたことが」


 お姫様はドレスの裾を持つと、俺の前に立ち、西洋風のお辞儀をする。


「初めまして、私はパラリア国、第一王女、リスティといいます。騎士様のお名前は?」

「晴臣だけど……」

「ハルオミ様」


 リスティが俺の名前をかみしめるように言う。


「ハルオミ様、あなたをずっとお待ちしておりました。どうか魔王からパラリア国を救ってください」


 え? 魔王。


 うっかりしてた。これこそラノベの典型パターン。美少女、お姫様、異世界ときたら魔王もついてくることを。


「無理です」

「なぜですか」「なぜだい?」


 二人が同時に声をそろえて言う。


 あのな、俺だって死にたくない。誰だって自分の命が一番大事だ。だが、彼女は王族。体面上、学業や私生活に影響がでると困るのでと、それはそれはやんわりと断った。そして俺を連れてきたヴィオルには強めにさっさと帰せと言ってやった。


「帰りたいかぁ~。いいよ~」

「え?」


 ヴィオル……お前、過去ラノベ学における召喚歴で帰還を許す異世界人はあまりいないぞ。大抵は帰還が無理とか、目的を果たしてからとかだろう?


「そのかわり週1ならこれるかい? 日曜は学校って所は休みなんだろう。僕はこれでもちゃんと君の国の情勢を調べてきたんだからね。違うとはいわさないよ」

「……話が旨いと思ったよ」


 というかお前さ、魔王討伐が週1でいいのかよ。


「週1でもダメなのですか? ハルオミ様」


 リスティが目に涙を溜めて訴えてきた。


「え……いやその」


 困った。断り辛い。


 だって、初めてだったのだ。あんなに綺麗な女の子が自分を卑下せず話しかけてきたのだから。だがそれでも……


「週1とかそういう問題ではなくて。俺には魔王を倒す力が──

「あります! 私が探し出した人だもの。貴方は騎士王アグゥー様の生まれ変わりなんです」


 いやアグゥーって誰だよ。と突っ込みたいが、リスティの眼差しは真っすぐだ。やめてくれ、そんな目で俺を見ないでくれ。俺はただの豚なんだ。他の女子みたいに、豚だ、キモイと言ってくれれば、あと腐れなくここから逃げれる──だから。


「私の言う事は信じられませんか? ならこれを」


 彼女はパチンと指を鳴らすと、魔法なのか彼女の背後になにやら男の姿絵が浮かび上がった。姿絵に映る男は──



 まさに豚──じゃなかった俺にそっくりだ。


 厳密にいうと姿絵とは服装も違うし年齢も俺より上だ。だが俺よりオッサンのくせに、顔も今の俺と違って、りりしく自信にあふれた顔をしている。



 確かに似ている。それは認めよう。だが、俺は一般人でこの豚は勇者だ。力量という点において絶対的な違いがある。


「悪いけれど、たとえ俺がアグゥーとかいうやつの生まれ変わりでも、今は強くもなんともない」


 体育だって成績は最下位。五十メートル走など女子より遅い。知略だって優れていなければリーダシップなんて皆無だ。

「そんな事はありません! 今から修行すればきっと強くなれます」


 修行で魔王倒せたら、だれでも勇者になれるって。


「そうだよ。頑張んなよ晴臣。でも僕は君なら修行はいらないと思うけど」


 キラ~ンとヴィオルが目を輝かせながら言う。これだからイケメンは。あと言い回しがなんか癪だ。


「ありのままでも修行の俺でも無理なものは無理です。どうかわかってください」


 こんな異世界召喚なんて願ってない。頼むから元の世界に帰してほしい。


「ならばせめて武器を。この武器はアグゥ-様しか使えなかった伝説のアイテムなのです。この武器が使えなかったら素直に諦めます」


 リスティが空間から何やら黒い物体を取り出した。ヴィオルの解説によると物体を魔法で異空間に保存できる凄いやつらしい。もしかして姫さんのほうが勇者としての素質があるんじゃないかとも思う。


「これは……」


 おい、アグゥー、お前……マジで勇者だったのか?


 だってこれ。 ゲームのコントローラーだろ。


 しかもそれは俺のだ。なんせ汚れ具合が一緒かつ、俺の推しシール付きだからな。


「その顔つき。君はこの武器を知ってるね、晴臣」


 ヴィオルがニヤリと笑う。


「お前……俺の部屋から持ち出しただろう?」

「まさか。これは正真正銘、アグゥー様の必殺武器、コントローラーだよ」


 めっちゃ、そのままの名称じゃないか。確信犯だろ、ヴィオル。


「ヴィオルの言う事は本当です。私が子供の頃から誰の手にも触れぬよう、神殿に厳重に保管されていましたから。そして知る人ぞ知る、リーゼロッテ様のシール付き。ここをめくると~~えぃ」


 ──え。やばっ。



「芸術的裸婦画が出現するんです! 凄くないですか?」

「………」

「これはこれは。確かに芸術的ですねぇ、晴臣」


 二人の視線が痛い。あとお姫様、厳重に神殿に保管されてたわりには持ち方が雑だし、めっちゃ武器のシールに詳しくないですか?


「でもさ、コントローラーを武器にどうやって戦うんだよ。投擲にしては殺傷力はなさすぎるだろう」

「それは簡単だよ。姫、その武器を」

「はい」


 ヴィオルが俺のコントローラーを受け取り、武器の説明をしようとした時だった。突如快晴だった空に黒い雲が蔽い雷鳴が鳴り響く。



 あぁなんだろう。なんか不安しかないぞ。この展開。


「なんて事、魔王がきてしまったわ」


 え……やっぱり魔王とご対面なのか? 俺。


「はーーーははははは。今日という今日は貴様を攫ってやるぞ。リスティ」


 マントを翻し現れたのは、めっちゃイケメンの魔王だった。定番の赤い瞳にワイルドな牙。そして女子の憧れ細マッチョ。しかも体を自慢したいのか上半身は裸だ。そして銀髪……全部そろってるな。おい。




「く……魔王。きましたわね」

「あぁ。来てやったさ。この俺様がお前を攫い我が妻にするためにな」


 魔王がフッと笑いながら、キラキラと銀髪をなびかせる。


「貴方の妻になんてなりません!」

「俺様の何が納得いかないんだ。知性、品格、人望、そしてこの美顔。すべてにおいてパーフェクトだろう? 週1とはいえ、こまめに魔界からここに通うのは大変なんだぞ」

 そういう、ナルシストな所なんじゃないですかね。 


と言ってやりたかったが、すべてにおいてパーフェクトからほど遠い俺は、なにも言えなかった。


 後、ヴィオルの奴め、それで週1でいいと言ったのか。なんか話が旨いと思ったんだよ。


「来てくれなんて頼んでません。そして何度も言ったはずです。万人の人が、貴方をパーフェクトと認めようと、私の理想からは程遠いと。ヴィオル!」

「ははっ。姫様、このヴィオルにお任せください──というわけで、頼んだ」



 ヴィオルがポンと俺の肩をたたくとコントローラを手渡した。お前、全力で丸投げじゃないか。


 ──しかもコントローラでどうしろってんだよ。


「晴臣! 君の武器で心の赴くままボタンを押してみるんだ。君ならできる! 信じろ、騎士王の力を」


 ──騎士王。


 そうか。なんかわからんが俺は騎士王の生まれかわりだった。


 それにラノベ学に置いてチートはお約束。何の取り柄もない俺だが、ゲームだけはちょっとだけ得意だ。ちょっとだけだけどな。それを活かした技ってことだな。信じていいよなヴィオル。


 ポチっとボタンを押した刹那、俺の右腕が熱くなった。


 ──熱い。多分冗談だろうなぁが80%だったが、本当だったのか? なんだこれは。血流が上がり俺の腕の筋肉が一時的にUPするとでもいうのか? 汗が、腕から大量の汗がっ。


 これなら……。これなら……勝てるのかっ。


「なんだ、そこのモブ? お前は何を話して……っ!!」


 魔王は尋常ではない俺の汗をみた途端、慌てて距離を取った。


 どうやら姫の近くにいたというのに、全く俺の存在に気が付いてなかったらしい。まぁ見た目モブだから仕方がないのはわかるけれどな。めっちゃ空間的な面積はとってたとは思うぜ。


「な……何故だ。お前は太古の昔に寿命を迎えて滅びたはず」


「甘かったな! 魔王。俺は騎士王アグゥーの生まれ変わり。魔法騎士晴臣だっ」


 と、言う事らしいです。このはったりで帰ってくれないか? 魔王。めっちゃ心臓バクバクなんだ。


「騎士王だとぉぉぉぉぉ。おのれぇぇぇ。またしてもお前ぁぁぁぁああああ。二度と視界にすらいれたくなかったのにぃぃぃ」


 魔王は過去のトラウマが酷いのか、俺をみてギャーと苦しそうに叫びだした。




「さすがです! ハルオミ様」


「うんうん、スゴイヨ~」


 いや、リスティ、俺、なんにもしてないからね。後、適当に相槌打つなよなヴィオル。


 にしてもどうしたんだろう、俺の腕。ボタンを押してから汗が止まる気配がない。力のアップが激しすぎて体が付いていってないのだろうか。ここはきっと攻め時だ。


「魔王! い、今なら俺の本気を出す前に見逃してやる。だから帰れ」

「ほざけ! 貴様が本気を出す前に潰してくれるわぁああ!!」


 魔王が腕から気弾のようなものを出現させ、俺に向けて投げてきた──ヤバイっ、あれは死ぬぞ。


「フッ、魔王。この僕がいる事をわすれてないか?」


 俺の前にささっとヴィオルが庇うように立つと、腰の剣を抜きガーンと跳ね返した。


「ちっ、そうであったな」


 跳ね返された気弾を、魔王がおもちゃでもはたくかのように、パシっとかき消す。


──やべぇ、なんかレベルが違いすぎる。というかヴィオル一人でいいんじゃないの?


「晴臣、力をかしてくれないか?」


 ヴィオルが背中を向けたまま俺に声を掛ける。


「はぁ? 共闘なら御免だぞ。お前、一人でなんとかできるだろ?」


 むしろ俺に何ができるというんだ。


「ハルオミ様、私も助太刀いたします。引き続きその偉大なお力を!」


 リスティが魔法の杖のようなものを取り出し構えている。いや、リスティ、俺は本当になんにもしてなかったでしょ? 状況みてました?


「私とヴィオルで奴に隙を作ります。その隙に貴方の腕を彼に!」


 リスティはそういうと魔王めがけ飛び出した。あとからヴィオルも軽やかに跳躍し魔王へと剣を振りかざす。


 ──まって、俺、やるって言ってない。言ってないのにぃぃ!!


 俺はなにがなんだかわからず、リスティ達の後を追って走り出した。はっきりいってとろい。二人に全然ついてけない。俺が魔王の近くにたどりつく前に、二人はすでに激しい死闘を始めていた。


 ヴィオルの剣が魔王の気弾を受け止め、剣光をあげて跳ね返している。合間を縫うかのように、リスティが炎の魔法を次々と魔王に投げつけていた。



─速い。



 あまりの速さに俺の眼が追いついていない。 というか俺、本当にお呼びなの?


「今です!」「今だ!」


 二人が同時に俺に叫んだ。魔王が「しまった……油断をした」といい跪いている。


─確か……腕を。


 俺は、めいいっぱい魔王の心臓めがけ、腕を振りあげた。コントローラ効果で熱くなった腕から大量の汗が同時に飛び散る。


「魔王ぉぉぉぉ! 俺のパンチをくらえぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 パス~ぅんぅぅぅぅ・・・・・。


 二人の攻撃と違い俺のパンチはぬるかった。音からしてなんか違う。なんだよ、コントローラー使えば俺の筋力あがるんじゃなかったのかよ。パンチされた魔王の身体がへこむとか穴が空くとか、そういう感じのやつを期待してたのに。


「あ……あ……」


 魔王は俺のパンチがあまりにもそっけなくて唖然としたらしい。口を開けたまま固まっている。そして何故かおそるおそる胸元へと手を伸ばし……


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁ、汗?? 臭っ、汚っ……いやぁぁぁぁん」


──え? いやぁん?


 魔王がおかまのような声をあげたかと思うと、ボンと音がし魔王の周囲が煙のようなもので包まれた。


「魔王が弱体化しましたわ」

「やったな! 晴臣」


 リスティとヴィオルが親指を立てて勝利のポーズを送ってくる。でも俺が何をしたというのだろうか。魔王に汗臭い、汚いと言われただけのような気がする。むしろ俺の精神にダメージがきてるんだが。


「一体、魔王はどうなったんだ」


「あぁ、魔王は凄いナルシストでね。汚いもの、不細工なものが体につくと拒絶反応を起こし弱体化するんだよ。いやぁ、戦闘に置いては彼と僕は互角だけど、魔族は体力がトップクラスだからね。結局はじりびんで負けてしまうんだ。しかも僕の汗は全く通じなくてね。困ってたんだよ」


 何が困ってたんだよ!! だ。 それ、回りくどく俺が不細工で汚いっていってるようなものだろうか。


「ヴィオル! 魔王は確かにナルシストですが、汚いもの臭いものが苦手なのではありません。ハルオミ様の聖なる力にやられたのです。まさに聖水。はぁ、私もその汗に触れてみたい」


 リスティが顔を赤くして言う。なんだろうリスティの言ってる事が何か怖い。


「おのれぇぇぇ! またしても辱めおったなぁ! 許さないっ。許さないんだから」


 煙幕から魔王が怨嗟の声をあげる──にしてはなんだか声が高い。


「おやおやこれは。思った以上の効果がでたようだね」


 ヴィオルが黒くほほ笑みながら言う。やがて魔王が煙幕からでてき──


「ええええええええええ。女の子?」


 しかも銀髪貧乳美少女……めっちゃ好みです。


「女の子っていうな。お前のせいで女になってしまったじゃないか。俺様は魔王として子孫を残さねばならんのだ。今度こそ俺様にふさわしいパーフェクトな女の子と結婚しようって思ってたのにぃぃい。その上、今度の騎士王は俺様の胸を……胸を」

「いや……だってお前、さっきまで男だったし、殴った時にそんな感覚は」



 どうやら失言だったらしい。魔王が慎ましい胸元を隠しながら怒り、気弾を飛ばしてきた。が、何故か俺の前でハートの形になりポフンとシャボン玉みたいに割れて消える。



「ひぃぃぃい! 嫌だぁぁぁ」


 気弾を打った本人が悔しいのか地面にごろごろと転がりながら足をばたつかせた。


「本当に晴臣、君は罪な男だ。汗は嫌がらせ程度でよかったのに」


 ヴィオルが鬱陶しく紫髪をファサ~となびかせながら言う。


「魔族は異性の汗を大量に触れると性的対象として体が認識してしまうのだよ。ゆえに、君に攻撃は届かない。つまり君は今日から唯一魔王に対抗できる存在であり、伴侶となったわけなのだ。これで我が国の姫は魔王に妻として望まれるという危険性を回避できた。いやぁあっぱれあっぱれだよ」


 トントンとヴィオルが俺の肩をたたく。


「………ヴィオル、お前、知ってて黙ってただろう」


「まぁね。あぁ安心したまえ。魔王はサキュバスでありインキュバスでもある。両性だ。だから男を妻にすることにはならないよ。ハッピーエンドだ」

「んなわけねーだろう!!!」


 俺はコントローラーを思いっきりヴィオルに投げつけたが、奴は軽くそれをよけ爽やかに笑った。




 ──という怒涛の1か月前から今に至るわけなのだが。



「本当に怒涛だったよねぇ」

「誰のせいだと思ってるんだよ」

「いいじゃないか。あっちの世界だと君は一生童貞のまま。こっちだと色々ワクワク展開だろ。さぁ仕事だよ晴臣」

「仕事っていわれてもな」



 ヴィオルが扉を開けると、銀髪の少女である魔王が、むす~とした顔のまま立っていた。どうやら俺たちの話をきいていたらしい。その後ろからリスティが「ハルオミ様」っとにっこり笑って姿を現した。お得意の転移魔法だ。


 魔王は女性になってからというもの、週1で姫を妻にと要求する事はなくなった。が、毎週現れては「汗をよこせ!」と小瓶を持ってやってくる。なんでも定期的に伴侶の体液を摂取しないと体がもたないらしい。もたないとはどういうことだと聞くと、顔を真っ赤にして切れられた。仕方ないのでその度にコントローラーで汗を出し、魔王に差し出すのだが、青汁をのむかのような顔で飲まれる為、複雑だ。



 リスティは週一で俺が異世界に来ると必ず紙とペンをもって俺を観察するようになった。偉大なアグゥ~伝説を後世に残したいらしい。いや……残していいのか?



 そんなリスティを俺は体面上、護衛ということでヴィオルと一緒に姫の専属騎士をしている。騎士を務めるからには、ちゃんと剣術や例のコントローラを利用してシェープアップも抜かりなく続行中だ。


 だがいい具合に痩せてくると、何故かリスティが肉の塊を食わせようとするので困るのだが。ヴィオルに聞くと彼女はアグゥ~専という特殊な性癖があるらしい。そんなんでいいのか美少女。




 というわけで、俺は週1で姫専属の魔法騎士をやってます。あ、魔法は使えないけどね。







■■■幕外






『今月号の魔法騎士晴臣は読者の反応がとっても良かったみたいですよ』

「まぁ本当ですか」

『この調子で頑張ってくださいね』

「はい」


 リスティはウキウキと受話器を置く。彼女は異世界のとある出版社の担当と電話で話していた。魔法を使えば異世界と連絡などリスティには簡単だ。


「やっぱりハルオミ様の御威光は全世界共通の憧れなのだわ」


 週1で現れる自分の騎士をモデルにした漫画を異世界で投稿したところ、なんと連載まで決まってしまった。漫画の晴臣はとてつもなくイケメンに描かれている。リスティからみると晴臣はそのように見えるらしい。


「おや、姫。今月号も面白いと評判だったのですね」


 ヴィオルが異世界で発売された、少女漫画「きゅんきゅんハート」を手ににっこりとほほ笑む。



「えぇ、ちゃんとヴィオルも登場させてますよ」

「あぁ……この、酷いまでの不細工な男ですよね。相変わらず姫の視力は病的なまでに凄いですよ」

「もう、そうやってすぐ褒めないの。うかれちゃうじゃない」

「褒めてないんですけどね」



 主従の会話がかみ合っていないが、それはいつもの事なのでヴィオルは諦めていた。



「ところで姫、最新作のプロットはきまったのですか?」

「えぇ、もちろん。次回は神国あたりで、どんちゃんやってしまおうかと。さっそく取材旅行にいかないと」

「それ……本気でいってるんですか? まさか晴臣まで、つれていくつもりじゃ……」

「大丈夫です。この間、神とパラリア国の空間をちょちょ~いっと魔法でつなげましたから苦も無く行けると思います」

「僕が言いたいのはそういう意味じゃないですよ」

「わかっています。ハルオミ様の強さが神に知られてしまう……それはちょっと不味いかもしれません。嫉妬してしまいそう」

「全然わかってないですね」




 今日もパラリア国は平和につつがなく過ぎていくのだった。






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