第1話

おそらくおれは、この二十二年という人生で一度も恋をしたことが無い。


 二次元のキャラクターに恋してみようとアニメやライトノベルや漫画を片っ端から読み漁ったりもしたが、ただの迷走に終わってしまった。


 かといって、異性への関心が無いわけじゃあない。性欲だってちゃんとあるし、同性のほうが好きというわけでもない。


 じゃあ、なぜか。


 とある夜。強めのチューハイをえずきながら胃におさめつつ、ゆるい酩酊にもたれては深夜アニメをぼんやりと眺めていた。


 画面の中の少年少女たちは、感慨深げに証書を受け取ると、ひとり、また一人と世界から卒業していった。


 ――ああ、おれが、引きこもりだからだ。


 小学校の卒業式を終えて以来、おれは同級生という存在と言葉を交わしていない。


 自動的に中学に入り、自己紹介のひとつもすることの無いまま、おれは不登校になった。


 現在に至るまで、家族以外の他人と深く関わってこなかった。相手のことも知らずに、恋などできてたまるか。


 ひとめぼれ…? ああ、美味しいよなあれ。


 そんなわけで、垂れ流していただけのアニメをきっかけに、むなしい事実に気づいてしまったおれは、慣れた手つきでぷちぷちと、ネット通販で取り寄せた――あまりよくないサイトではあったが――強力な睡眠薬を10錠ほど、飲みかけのチューハイで飲み下した。


 ああ……こんなんで死ねたらなあ……。


 長年引きこもり続け、自分とばかり言葉を交わし続け、もう肥大しきった自意識の重さでおれは身動きが取れなくなっていた。


 もう、誰か殺しにきてくれないだろうか……。


 そんなことをうだうだと考えているうちに、いつのまにか意識は途絶えていた。



         * 


     


 ――――ぱちぱち、ぱちぱち、という音で目を覚ました。


 あったかい……。


 ……というか、熱い。


 寝ぼけていた視界のぴんとが徐々に合っていく。


 目の前にあるのは……炎。炎。炎。


 火事……ではなさそうだ。これはいわゆる……かがり火ってやつだろうか。木の枝をまとめたものの先に、布のようなものが巻きついていて、そいつが燃えている。


 その枝を支えているのは……えっと、これは……ひと……ヒト……人。人の、手?


 暗くてよく判らなかった。


 いや、ちがう。意味がわからなかっただけだ。……というか、判りたくもない。



 ―――どうしておれは、半裸の男たちに囲まれているんだろうか。


 ……とりあえず、勇敢な引きこもりであるおれは、インタヴューを試みた。



「ここは、どこですか…?」


「jbbしhdsbん、bヴぇうtfvw、ぐんまー」


「……ぐ、ぐんまー?」


「のんのんび、んcbdllkmsz、ぐんまーwww」


「……なるほど。丁寧な説明感謝いたします、これはほんの謝礼ですが……」


 そう言っておれは、たまたまポケットに入っていたAmaz●nギフト券を差し出した。


「……!??いい牛vgydせbbヴぇbyyyyy!!FhUUUUUlollolollll」


 わりと喜んでもらえたみたいだ。他者に喜んでもらえるなんて久しぶり過ぎて、なんだか涙腺が緩んだ。


 まあ、それはいいとして。



 ――――どうやらおれは、未開の地へと足を踏み入れてしまったようだった。



           

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