監禁される話

ミノオトコ

プロローグ


小学生の頃、両親が揃って事故死した。

相手はどこかの会社のトラックで、過労による居眠り運転だと。両親の遺した貯金とその会社からの見舞金を引き下げた僕を、遠い親族が引き取ってくれた。

それから中学、高校といじめられ続けてきた。

なんとか受かったバイト先の飲食店でも嫌われて、ほとんどの人から無視されている。

そんな時に彼と出会った。


瑞希さん。バイト先に訪れる常連さんだ。

パーマをかけた茶色い髪は横と後ろを剃っていて、柔和で優しげな端正な顔つき、少し見上げるくらい背は高くスラリとした印象。

どうも近所のキャンパスの学生らしい。


彼だけが、僕に優しくしてくれた。


「付き合ってください」

僕はもうだめだった。

最近はもう四六時中、目前の彼のことを考えていた。

だから接客中に彼を呼び止め、この胸の内をさらけ出そうなんて思ったわけだ。

胸の激しい鼓動は不整脈じみた息苦しさの実害を伴うし、今日なんかはふと彼の匂いに似た人の側を通っただけで頭のなかが真っ白になった。

この思いをどうにか伝えなければ、そして僕をこっぴどく振ってくれなければ、頭が吹っ飛んでしまうような妄想に駆られていたから。

目前の彼は呆然とした表情をしていたが、何を言ってるんだ?とでも言いたげに顔をしかめた。当然、彼にとって好きでもなんでもない人からの告白なんて嫌悪感しかないだろう。申し訳なく思いながらも、返答を待つ。

「…僕が好きなんですか」

十分な間を持って、彼は人のいいあの笑顔を浮かべた。

「は、はい。好きなんです」

「そうですね…それじゃあ、ちょっと着いてきて貰えますか?」

「えっ?」

彼は、瑞希さんはそういうなり建物の影に入っていった。

この辺りにはまったく人がいないからと油断していたけど、もしかしたら誰かに見られるかもと思ったら、彼に対してものすごく申し訳ない。

小走りで着いていく。


路地裏の小道はしんと静まり返っている。

「瑞希さん?」

「お前、なに?」

瞬間に、周囲の温度が冷えた。

瑞希さんはとても冷たい声で、冷たい表情で僕を見ている。

「ぼ、僕はそこの居酒屋の店員で…」

「なんでただの店員が俺の名前知ってるわけ?言ってないよね、お前に」

信じられない気持ちで一杯だ。

まさか、あんなにやさしかったのに。

「それは…あなたの友達がそう言ってるのを聞いてて…それで」

「お前の名前」

「伊谷です」

しどろもどろに答えると、彼は不機嫌そうに手を後ろに引いて、振りかぶった。

容赦のない右ストレートだ。


告白なんかしなきゃよかった。

苦痛と朦朧とする思考を背負い、ひたすらに後悔していた。

「チッ…つまんねぇやつだな、寝てんじゃねぇ!起きろ」

ガッ、と、肩に衝撃と強い痛みが走る。蹴られた。必死になって地面に這いつくばり、頭を守るようにどうにか身を丸める。

長年暴力に晒されてきた体が、ほとんど無意識下で身を守る最善の一手を選びとっていた。

「気色悪ぃ変態ホモ野郎が、告白なんぞしやがって」

ひたすらに耐えて、もはや何時間になるかわからない。実際はそれほど時間は経っていないのかもしれないが、早く終われと願いつづけていればいるほど本当に長く感じる。

うずくまると、顔を上げろ!の言葉と共に追撃が激しくなっていく。

プツリと、意識が途切れた。

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