告白

lampsprout

告白

 ある放課後。少し寂しげな廊下を歩き、私は冷たい引き戸に手を掛けた。


「こんにちは」

「おー、久しぶりだな、代田しろた


 声を掛けると、私の所属する写真部の部長、館山裕たてやま ゆう先輩がこちらを振り返る。


「冬休み明けてから初めてですね」

「そうだな。良いの撮れたか?」

「結構自信ありますよ」


 特に雪景色を写した一枚はかなり気に入っている。とはいえ特に観光地などではないため、先輩の御眼鏡に適うかは分からない。


「よし、見せてくれ」


 先輩は楽しそうに身を乗り出した。何だか近すぎるその距離にどきりとしながら、私はファイルを漁った。この人は時々心臓に悪い。


「これです」

「おお! 流石だな」


 先輩が満足げに眺めるのを見ながら、私はそっと溜息を吐いた。

 ……やっぱり、好きだなと。


 どうやら先輩には、彼女なり好きな人なりがいるらしいのだけど、それは確実なのだけれど、私はどうしても諦められない。

 相応しい相手は私じゃないと思いつつ、いつも目で追ってしまっていた。



 ****



「先輩、何ですかこれ」

「ゴミと書類」

「……片付けろと」

「頼む」


 やれやれと嘆息しながら、私は紙の山に手を伸ばした。何時ものことだけど、本当に手がかかる人だ。



「よし、終わった!」

「何で先輩が言うんですか」

「代田、ちょっとこっち来て」

「話聞いて下さいよ」


 話が進まないので、取り敢えず近くへ寄ってみる。

 すると何の脈絡も無く、くしゃり、と髪を撫でられた。


「…………!?」

「代田、ありがとな」


 続けてよしよしとされ、パニックになった。硬直したままで暫くモフモフされたあと、ようやく解放される。

 一体何なんだろう。顔が紅に染まっていないだろうか。バレていないだろうか。


「……先輩、ずるいですね」

「え、何が?」

「何でもです」


 嬉しかった。もっとされたかった。先輩になら幾らでも大丈夫だった。私じゃないことくらい痛いほど分かっている。だけど、見せかけの幸せに浸る罪悪感も、つい喜びに掻き消されてしまった。



 ****



 何日かあとの深夜、部屋に投げ捨ててある雑誌を拾い上げた。そのまま何度眺めたとも知れない頁をまた捲る。

 よくあるおまじないの一種だ。それもかなり単純な部類の。毎日一度、声に出して好きだと言う。本人に言う必要も無く、ただ1人で言えば良い。それを100日間続けるというものだった。

 私はこれを、秘かに11月頃からしている。馬鹿馬鹿しい、胡散臭いと思いながら、つい縋っている。

 効果なんて無いだろうに、我ながら律儀なものだと思う。本当に馬鹿で救いようが無い話だ。



 ****



 バレンタインを少し過ぎた日のこと。私は部室で先輩と二人きりだった。


「先輩、その書類取って下さい」

「これか」

「ありがとうございます、ってちょっと」


 普通に受け取ろうとすると、ひょいと避けられた。


「何するんですか!?」

「あはは」

「……渡して下さい」

「嫌」

「……先輩ー?」


 じっとりと睨むとけたけた笑って投げてくれた。最初からすんなり渡してほしい。


「たまに子供っぽいですよね、先輩って」


 皮肉っても先輩は何も答えず、にこにこと笑っている。そして、不意に言葉を発した。


「代田と居ると、本当に楽しいよ」


 先輩は屈託なく笑いかけてくれた。心臓が甘く跳ねる。本当に、子供っぽい。ずるい。


 限界だった。


「先輩、話があります」


 私は唐突に切り出した。


「ん、改まってどうした?」

「……館山、裕先輩」

「……うん」


「……好きです」


「え」


 先輩が目を丸くして固まった。


「好きです」


 沈黙がその場を包み込む。


「……ごめんなさい、返事は要りませんから」


 私は、そのまま走って逃げ出した。


 ……言ってしまった。絶対違うと分かっているのに。そんな筈無いと知ってるのに。言わずにはいられなかった。――多分少し、ほんの、ほんの少しだけ、思っていたんだ。もしかしたら、私かもしれないと。優しさに甘えてしまった。傲慢だった。困らせるだけだと分かってるのに。我慢出来なかったことへの自己嫌悪で苦しくなる。子どもだ。私なんかじゃない。そんなこと当たり前なのに。こんなに捻くれた人間が、誰かに好かれる筈なんか無い。だから、本気にならないよう気を付けていたのに。ずるい。ずるい。こんなにさせて。

 もう、涙さえ出なかった。


「っ私じゃない……」


 呟いた自分の言葉が、ざっくりと心を傷付ける。幾度も思っていたけれど、口にしたのは初めてだった。

 ――そして今日は、あのおまじないを始めてから丁度100日目のはずだった。



 ****



 放課後、晴れていて少し暖かい空気の中、私は廊下を歩き、冷たい引き戸に手を掛けた。

 ガラリと音を立てて引き開けると、先輩がこちらを振り返る。見慣れない、焦ったような表情。――そんな顔は見たくない。


「代田、あのさ、」

「先輩、」


 私はやんわりと遮った。そして、そのままにっこり微笑んだ。


「今日は、どんな写真を撮りましょうか」

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