第26話

 櫻子は大家に軽く頭を下げたあと、先に俊一の部屋の前で待った。

「お手数をおかけして申し訳ありません。今朝から俊一くんと連絡が取れなくて、万が一のことがあるといけないと思いまして……」

 櫻子は丁重にいったあと、バッグから社員証を取り出して大家に見せた。

「わかりました」

 大家は鍵の束から106号室の鍵を探し出すと、覚束ない手で鍵穴に差し込んだ。

「さあ、開きましたよ」

 櫻子はその声を聞いて大家の横をすり抜けるようにして部屋のなかを覗いた。少しほっとした。部屋のなかは汗臭い男の臭いはしたが、鼻がもげるような腐敗臭はしなかった。

「失礼します」そう声をかけて櫻子は靴を脱いだ。

 部屋は玄関を入るとすぐに六帖ほどの台所兼ダイニングになっており、左側はトイレと浴室のようだった。ダイニングの向こうは磨りガラスの嵌った戸になっているので、櫻子の立っている位置からはわからない。

 櫻子は、そのガラス戸に手をかける。万が一のことがあったらどうしようという不安が脳裏を過ぎる。しかし開けないわけにはいかない。選りによってどうしてこんな雨の降る薄暗い日なんだろう――そんなことを考えながら戸を引いた。そこは六帖の畳の部屋だった。 

 よかった。俊一の姿はそこになかった。押入れを開けてみる。そこも異常ない。ただ戸を開けるたびに心臓が停まりそうになる。

 櫻子はダイニングに戻って、トイレ、浴室の順に確認をする。どこにも俊一の姿はなかった。とりあえずひと息つくことが出来た。だが、額には脂汗が噴出していた。

「あのう、長くなるようだったら、この部屋鍵をここに置いておくから、用がすんだら返してもらってよろしいかな?」

 大家は関わりたくないといった表情でいう。

「はい」

 櫻子も、自分ひとりで納得するまで調べたほうがいいと思った。

 大家から鍵を受け取り、ダイニングテーブルに置いた櫻子は、あらためて隅々まで調べることにした。

 台所の食器類は意外と整理されており、流しのシンクにも汚れ物はなかった。

 六帖に部屋に戻り、腰を据えて調べはじめた。布団は敷きっ放しだったが、掛け布団は奇麗に畳んである。それからすると、この部屋を最後に出た時は、別に慌てていなかったことがこれでわかった。

 部屋の隅に目を向けると、小さなテーブルがあり、その上にはノートパソコンが載っていた。櫻子はその前に坐って、何か手掛かりがないかパソコンを起動させる。

 パソコンが立ち上がるのを待っていた時、ふと前の前の壁にメモが貼ってあるのに気づいた。

(これは……)

 パソコンが起動し、OSが立ち上がるのを待って櫻子はメモにあったアドレスとパスワードを打ち込む。間違いなかった。

 櫻子はそのノートパソコンとメモが書いてあるフセンをバッグに入れると、大家に鍵を返却し、雨が降りしきるなかを急いで会社に戻った。

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