真夜中のラフレシアナ

zizi

第1話  1

 新宿にある五階建てのこのビルは、出版業界が華やかしき頃に建設された建物で、今になると周囲に見劣りするくらいの外観になってしまった。だが、幸い大きな通りから一本なかに入っているためそれほど目立たない。

 第一会議室はその建物の四階にあって、十二人ほどが入れるそれほど大きくない部屋だった。昔はオフィスでも平気で喫煙をしていたものだが、最近では社員の健康を守るためとか、企業のイメージから分煙する会社が増えたのだが、ここ「旺夏社」の会議室だけは治外法権だった。

 一旦会議がはじまれば部屋中が白い幕のような紫煙に包まれる。非喫煙者の要望で天井用換気扇が追加されたのだが、ほとんど意味を持たないものだった。

 花井櫻子と園山俊一の正面に槇原デスクが坐り、右手にサインペンを持ち、左手にはマストアイテムの煙草を挟んでいる。煙草が短くなるのを忘れるくらいに、俯いて穴のあくほど櫻子たちが作成した資料に目を通している。

 花井櫻子は入社六年目でW大学の文学部を卒業している。一方、園山俊一は昨年入社したばかりで、地方の大学で経済学を専攻していた。やや畑違いかもしれないが、ある時から週刊誌記者に憧れ、ここ旺夏社に入社した。

櫻子はそれなりに出版界荒波を乗り越えてきた自負がある。そんな櫻子の下に配属された新人は、青いフレームの眼鏡をかけた青っ白い男だった。当初あまり期待をしてはいなかったのだが、いいつけたことはきっちりとこなすし、なにより時間に正確なのが気に入っていた。

 いつもは言葉が見えるくらい意見が飛び交うのだが、きょうばかりは粛々と話が進められている。 

 いま槇原デスクが読んでいる資料は、「ミステリーゾーンを探る」という週刊誌の企画だった。まあそういっても取材もあることだし、必ず毎週載せるというわけでもないのでそれほどタイトではなかった。

「本当にここに書いてあるミステリーゾーンは若者のなかで流行してるのか?」

 槇原デスクは紙面に目を落としたままで訊く。

「はい。数年前に一度ミステリーゾーンブームがあってずいぶん盛り上がったんですが、いままたブームが到来してるんです。以前話題になった場所のその後と、最近流行りの場所をピックアップしてみました」

 櫻子は、自信のある顔で槇原デスクを正面に見た。

「うーむ。櫻子はどう思う、行けそうか? この企画。俺としては季節物で面白いと思うんだが、何せ競争相手もいろいろと考えて来るからな」

 槇原デスクは新しい煙草に火を点けながらいった。

「私は自信があります。まあ、以前の場所についてはそれほど新しいものは出て来ないかもしれないですけど、最近のスポットは結構面白そうな場所が少なくないです」

 櫻子は、自分なりに下調べをしておいたせいか、言葉に自信が窺えた。

 横で黙って耳を傾けているだけの俊一は、櫻子のアシスタントという役割なため、この企画についてはほとんど役に立ってない。しいていうなら、櫻子にいわれて新しいミステリースポットをほかの雑誌やインターネットで探したくらいだ。

「それほど自信があるんなら、とりあえず突っ込んでみるか。いっとくけど、読者があっという記事を書いてくれよ」

 槇原デスクは回りの資料を片づけながらふたりにいった。

「ありがとうございます。絶対にいい記事にします」

 櫻子は椅子から立ち上がって、槇原デスクが会議室を出るのを見送った。

「よかったですね、企画が通って……」

 俊一は、ようやく笑顔になって櫻子のほうを見た。

「まあね。でもデスクにあれだけ念を押されたんだから、絶対失敗出来ないわ。だからあんたも気を引き締めてやってよ」

「はい」

 その後櫻子と俊一は会議室に残ってこれからの作業の打ち合わせをすることにした。

「ねえ、俊一。あんたも聞いてたように企画がはじまるんだけど、まず掴みの記事が肝心なことはわかってるわよね。だから、第一弾は読者はもちろんだけど、その前にデスクが納得するのを持ってかなきゃこの企画はジ・エンドになってしまう。せっかくここまで来たんだから成功させたいじゃない?」

「もちろんです」

「そこで、あんたの出番になるんだけど、この前頼んでおいたスポットなんだけど、第一弾のスポットでどこかいいところあった?」

 櫻子は俊一を相棒として信頼しているという言い方だった。

「はい。僕が調べたなかにいくつか面白そうなスポットがあったんですが、第一弾でぶちかますのに適当なところがありました。それは、青梅街道と環七が交差するあたりにあるラブホテルなんですけど、前のブームの時に話題になったんですが、ここに来てふたたび人気が出て来たというわけです」

「前の時にはどういう理由で人気になったの?」

 櫻子は、ちょっと気持ちが動きはじめた。

 そのラブホテルが有名になったのは、何度行ってもその部屋だけがいつも塞がっていて、利用者の間で何かあるんじゃないかという噂がネットで広まった。入ることの出来ない部屋となるとさらに覗いてみたくなる。閉鎖されたり拒絶されたりすると余計に知りたくなるのが心理である。

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