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 そっとドアを開け、隙間から部屋の中を覗き込む。


 なんとなく予想はしていたが、やはり部屋の装いは変わっていた。


 今度は畳が敷かれた部屋に万年布団がひとつ、ご丁寧に敷かれており、部屋の片隅には座卓が一つ。座卓用の照明に照らされたノートが、一冊置かれている。


 遠めに見ても分かる。あれは、日記だ。一体誰が書いたものなのかはわからないが、今は少しでも状況を理解するために情報が欲しい。


 しかし、不用心に部屋に入るのはよろしくない。せめて、ドアが何かのはずみで閉まらないようにしておくぐらいは必要だろう。ドアを開いたままにする道具もないので、仕方なく玄関からサンダルを持ち出し、力任せに全開にしたドアと床の隙間に捻り込む。


 ドアが固定されたことを確認してから、僕は恐る恐る寝室に入り、バクバクと鳴る自分の心臓の鼓動を聞きながら、日記を手にする。


 表紙には、シンプルに「日記」と書いてある。ゾッとしたのはこの筆跡が僕の筆跡にそっくりなのだ。だが、僕はもちろんこんな年季の入った万年布団は使っていないし、日記なんてものも小学校の夏休みの宿題以来書いたことは無い。


 言いしれぬ恐怖を感じながら、ノートを開き、中身を確認する。


 日付は半年前から始まっているようだが、中身を読んでみると毎日の出来事に、嬉しかった出来事や嫌な出来事。仕事の愚痴に悩み事など、何の変哲も無い、ただの日記が綴られていた。


 しかし、日記を綴った筆跡はどう見ても自分の物のように見える。というか、どう見てもこれは僕の筆跡だ。気になったのは、日記に書かれている出来事が、僕がこの半年間、体験したものに非常に良く似ていたことだ。まるで別バージョンの過去があったかのような。


ここで、閃く。


並行世界、いわゆるパラレルワールドだ。


 SFでは鉄板のテーマだが、今起きている現象から見ると、最も可能性が高い解に思える。


 そういえば、もう一つの仕事部屋はどうだろうか?


 まだ確認していなかったが、寝室のみならず仕事部屋まで何かしらの異変が起きていたとしたらそれは死活問題だ。


 在宅ワークで仕事の情報が全てPCに入っている以上、PCが僕の財産でもある。財産を失う事など、容認できない。


 僕は冷や汗と動機を感じながら、仕事部屋を開ける。


 部屋は、壁一面の本棚にびっしりと本が詰まった書斎に変わっていた。PCはどこにも見当たらない。


 くそ、仕事部屋も入れ替わっている!


 いや、待て。


 仕事部屋も入れ替わっているのなら、玄関はどうだ?


 冷や汗と動機が止まらない。乱れた呼吸を必死に落ち着かせながら、玄関に駆け足で向かい、ドアを開け放つ。


僕は愕然とする。


 僕の住んでいる部屋は、ドアを開ければ、そこにはのどかな田舎風景がひろがっているはずだった。だが、今目の前にある光景は、深夜でも明かりが消えることの無い、まばゆい程の大都市の光景。


玄関も例外無く、入れ替わっていた。


 放心し、僕は玄関のドアをそっと閉じた。余りの衝撃に、発狂を通り越し、放心したまま玄関へ座り込んでしまった。


 仕事部屋と寝室が入れ替わってしまった以上、このリビングだけが僕のオリジナルの部屋ということになる。といっても、僕の個人を特定できるものなどもはや食器位しか無いが。


 しばし、頭を抱え込む。


 この摩訶不思議な現象をなんとか解決できないものか。今のところ水はリビングにある水道で何とかなるものの、わずかな食料は一人暮らし用の小さな冷蔵庫一つ分にわずかな保存食だけだ。しばらくは餓死する危険はなさそうだが、こんな状況にいつまでもさらされるのはよくないだろう。


 何もせずにいたら、座して死を待つのみ。そんな気がした僕は、賭けに出ることにした。


 異なる世界に部屋が繋がったとはいえ、その繋がる先の世界の数はどれだけあるのだろうか。


 並行世界が無限に存在する場合はもはやお手上げだが、有限であれば再び僕のオリジナルの部屋が出現する可能性はある。


 ただの賭けでしかないが、今はこの僅かな可能性に賭け、ドアをひたすら開け続ける他ないだろう。


 僕は開けっ放しだった仕事部屋へと向かい、何か筆記できる道具を探す。幸い、この部屋には書籍の他にも多くの紙とペンが見つかった。もし部屋の入替が有限の場合、何かの規則性があるかもしれないし、状況を記録しておく必要があるだろう。

その他にも気になる物が一点。それは机の上にプリントアウトされた紙の束。紙の束の一番上には【エネルギー確保に向けた取り組みと、その諸問題】という表題と、僕の名前。筆跡はやはり、僕のものにとても似ている。


 悪寒はするが、その紙の束をペラペラと捲り中身を見てみる。どうやらこの部屋の僕は昨今社会問題となっているエネルギー確保の問題に取り組んでいる何かしらの技術者らしい。この紙の束はレポートで、難解な単語や数式が並び、僕にはとても理解できるような代物ではなかった。


 僕は根っからの文系人間だ。


 しかし、この世界の僕はどうしたことか完全な理系の人間としてその分野で活躍しているらしかった。自分の可能性は無限、などという夢物語のような、かつ、陳腐なフレーズはこれまで嫌というほど耳にしてきたが、もしこの世界が本当に並行世界であるのなら、この言葉は真実であったことになる。


 だとしたら興味深い。最近の何かと簡単に諦めだがる世間の風潮には嫌気がさしていたところだ。どんな状況であろうとも、具体的に行動しなければ何の結果も得られない。


 そうだ。行動しなければ。


 そう自分に言い聞かせ、仕事部屋から出ると、僕は再びドアノブに手を掛けた。

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