[日記]予防で済むにこしたことはなし

※暗め


 これを読まれている方は、ワクチン接種を終えられただろうか? まだ一度目、という方も、もうすぐ二回目、という方もおられることだろう。すでに済ませている方には、お疲れさまでした、と。

 そして私は先ほど二回目の接種を終えたのだが、さてどうしょう。

 昼食をとってから帰宅するつもりなのだが、いかんせん帰宅中に副反応が出てしまうことが非常に気がかりである。

 もちろんそれなりの備えはしているが、その雑記を打ち込んでいる間にも、タイムリミットはじわじわ、刻々と迫っているのだ。

 特に外出中に出てきてしまっては、対応しづらいことこの上ないだろう。今のところ目だった変化はないものの、未来予知なんてものはできないのだから気を付けるに越したことはない。


 さて、緊急事態宣言も明けて、はや半月。それなりに人通りも見えるなー、ということを思いながら私は作業ばかりを進めている。すなわち、なんら変わらぬ日常である。

 そんな中で考えたこと……そういえば今年の抱負、作品を通して交流を図りたい、だったなぁ。もしかすると去年かもしれないがそれ以外に何も思い当たることがないので間違いなくこれだろう。

 これをするために何か特別なことをしたかといえば、していない。正直なところ、交流を図ろう、という意思がなかなかない。どちらかといえば色々なもので作って遊んでいたいという方が多くを占めている。

 マイペースに、あれを、これをとつまんでは消化することを繰り返す。鬱々とした感情は全くなく、次はどうしようかな、とかそんなことを考えるばかりだ。


 で、話は移ろうが、交流というのは人への興味から、という話を目にした。そういえば私は人よりも作品への興味の方が強い。

 どうしてなのだろうか? 少し書くことに慣れている一般人Aである私は、どうして人への興味を失ったのだろうか?

 思い当たるのは一つ。人に期待する必要はないと気づいた時期があった。

 人というのは私の外にいる人たちのことで、彼らは一切私の思いなんか知らないし、同時に私も知らない。私が不当だと、最悪だと思いを伝えたとしても、それらは己の発した言霊に従うことなく嗤う。

 期待するだけ損なのだ、と幼くして知る。

 まぁ、色々と部活動とかして、友人は少なくも普通にいる学生生活だったが、多分、これが影響している。

 誰かに興味をもったところで、そこには期待という燃料が混ざっていて、爆発することで推進力となる。でも燃料がないなら、ロケットが飛ぶはずもないのだ。

 うーむ、どうしたものだろうか?

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