[短編(市場)]行方くらませたる者1

 木々が揺れるほどの強い風がふく。だが短く、ひとつひとつが丈夫な黒い羽でできているカラスの獣の身体には、なんら変化はない。

 ちょっとした丘で、片足と杖を支えに景色を望んで、じっと空を睨んだかと思えば杖を放り投げ、片足を深く曲げ、跳躍する。

 わずかに浮いた身体は風を切ろうと両翼を広げる。同時に前に屈んで風に押されようとする。

 しかし、鳥の身体はあっさりと地面を転がった。地面に嘴を突き立てぬよう、背中で着地して、しばらく転がった。

 雑草が生い茂るこの場所。幸いにも怪我もしなかった彼は仰向けになると、恨めしそうに空を見上げた。

 レヴト。かつて、渓谷の国の兵士だった一人。

 世界樹を落とすという作戦のうち、世界樹そのものの調査を進めていたところ、遺産に足を切り落とされる。

 幸いにも市場の騎士に見つかることもなく脱出し、遠くの村で生活をしている。

「飛ぶって、大変だったんだな……」

 ぽつりとぼやく。

 歩くことができなくなったため、今は農具の修理や、インテリアとして売れる小物の彫刻で生計を立てている。もちろん兵士の当時とは違って収入は雲泥の差。

 せめてまた、飛べれば、できることもあるのではとこうして練習していた。

 だが跳躍はできないし、風に乗るために体勢を維持するのも難しい。仮に飛べたとしても、着地の度に地面を転がるわけにはいかない。

 身体を起こして、失った箇所を引き寄せる。

 完全に傷は塞がっていて、痛みはない。撫でてみても、ピリピリとするだけで、そこには足がない、という事実を無言で突きつける。

 ため息をついてレヴトが片足で立ち上がり、跳ねて杖のもとへ。どうにか拾い上げると、村へと戻っていった。


◆◆◆◆


 市場の最終決戦のとき、敵勢力の生存者はレヴト、トート、ネルの三人ですね。いずれも撤退して、どんな生活をしているのかなぁ、と考えました。


 レヴトはカラスの立脚類。ラクリとの戦闘後、かつての人類の人格を持つ遺産に遭遇し、好奇心で足を切られました。

 トートと共に逃げ延びて、もう兵士としては戦えない。仮に渓谷に戻ったとしても、よくぞおめおめと帰ってきたな、となるだけと判断して、静かに暮らしていることでしょう。

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