[短編(オリ)]酔いたる歪な者たち

※性的な雰囲気、異形化進行あり


 朝からこれもあれもと動いていると、すっかり日も暮れてしまった。とはいっても窓の外が見えるわけではなく、それを告げるのは、カチ、カチと黙する時計だった。

 もちろん、時間が来たからといって切り上げの時間というわけではない。繊細な調整が必要な検体ばかりが保管されているわけだから、博士と助手のぼくに与えられる休息時間は、ほんの数時間。もちろん、検体の監視だけはアルバイトに任せているが、異変が出ればすぐに出向かねばならず、まぁ、休まらない。

「きみも物好きなもんだねぇ」

 隣でと無表情ながらもおかしそうな博士の声音に、好きですから、と答えた。

 休もうという提案に続いて、部屋に来るか、と博士は訪ねてくる。ぼくはためらいもなく、すぐにはいと答えた。

 続きをまたしようか、と続けた博士は体を起こして、するすると研究室をあとにした。もちろん、ついていく。


 液晶に照らされた、ぼんやりとした天井を見上げている。

「あと、残ってるのは右腕だったね。すぐに終わらせよう」

 博士が、縦に割れた瞳孔で、ぼくを見下ろしている。短い手を伸ばしてぼくの裾をまくれば、ひんやりとした固いような、柔らかい感触が。

 二の腕半ばまで外気に触れる。馴染んでるじゃないか、と肘より上を撫でてくれる。敏感な鱗は、皮膚なんかよりもリアルな温もりを脳に届けてくれる。

「それにしても、だ。自ら、私の被験者になりたいと言い出す助手は初めてだったよ」

 懐かしみは、無表情で、上下入れ違いに動く顎から。

「再生医学者なんて言われてるが、そんなもんに私は興味はない、と言ったら軽蔑するかね?」

 右前腕に、ぷつりと痛みが。

「SFなんかにある、新人類とか、そんなもんにも興味はない。どちらかというと、アナコンダとかの方が興味はあるね」

 しゅるり、しゅるりと出入りする二股の舌が、頬を掠めていく。

「君も、そういう質なんだろう? 私のこの姿を見たとき、驚くこともなく、むしろ、こんなものになりたいと志願するなど、正気とは思えんな」

 針が抜かれて、視界が霞む。

「私としても、同志が増えることは歓迎だがね。次の表向きの助手も探さねばなぁ」

 遠くなっていく、熱くなっていく体。

 一思いに、その大口で呑んでほしいな。暗い赤色の鱗は、すっと目蓋に隠れた。

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