[短編(市場)]日々を生きるために

 目の前にドン、と置かれたのは、横にした拳の厚さはある紙束。

「全て見なくても大丈夫ですよ」

 受付様、あなたはどうしてそう淡白なんですか。文字を覚えたての私にとっては、こんなのを読むのも建築現場の肉体労働にも等しいのです。

「日雇いの求人は途絶えませんからね。採集の依頼は、失敗する可能性が高いので、生活の安定していないあなたには重荷かと」

 つまり、当分の期間の食い扶持を稼いでおけ、とおっしゃるのですね。そうですよね。既にギルドにも、言語学習の借金してますし。

「あと、あなたは文字を読解するのに時間を要するようです。体力を鍛えられそうなものを選んだ方が、これからの生活に応用がきくと思い、これをつけました」

 紙束の耳を指差す受付様。はい、確認してみます。

 私は精進します、と告げて紙束を持ち上げる。重い。とりあえず、空いている席で調べてみよう。許可さえあれば持ち帰ってもいいけど、選んだ仕事の枠が明日の朝にはなくなっているという場合だってある。

 ギルドの隅っこに備え付けられた椅子のないカウンター席にこれを持っていく。長時間の居座り防止のために椅子が除かれているのだが、おかげですかすかだ。

 今の仕事はどれだけあるのか。これだけ者の集まる市場だ。どんなものがあってもおかしくはない。

 飲食店に始まり、富豪の屋敷や、一般家庭の清掃・手伝いは当然のラインナップとして、他には者探し、比較的財産の少ない富豪、商人の護衛。はたまた、切り盛りの手伝い……まぁこんなもんだよねぇ。

 少なくとも一日辺りの食費は決まっているから、それ以下のは見きりをつけるとして。分けていった結果、残りは十枚にも満たない。

 少な!? しかもこの時点でかなり危険なやつばっかじゃん!

 残りを見てみれば、屋敷の掃除(小心者の私にできるとでも?)、内容は打ち合わせで(見るからに怪しい)、騎士の訓練相手(戦うなんて無理)とかとかとか。

 ……無理かもしんない。あぁ、さよなら、都会での生活……。

 こみ上げてくる涙を流さないようにぬぐって、最後の一枚の要項を眺めた。

 金額は食費と少しで合格、内容は遺産の調査補助……? 遺産ってあれだよね、この目の前にある小型のランプとか。

 場所は日によって変わるが、市場から出ることはなし。しかも長期契約で、場合によっては昇給。その日の調査によって報酬の上乗せあり……。定員の記載はなく、受付様の折り紙つき。

 これだ。すぐさま立ち上がって、これとそれ以外の紙を受付に渡し、手続きに入る。


◆◆◆◆


 日雇い仕事を扱うギルドの話なんてものを思い付いていたのですが、そういうもので生活する人がいてもいいですよね。

 冒険者になんてなれるほどの余裕はないし、なんなら家庭もある。かといって安定して雇ってくれる人がいないなら、日雇いで稼ぐしかない。

 泥臭さを感じるかもしれませんが、冒険者なんてキラキラをまとうよりは、人間性がよっぽど出てくると思います。

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