[短編(オリ)]人を象る、あらざる者(前編)

 砂利で舗装された道を歩くのは、少女である。

 眩しいくらいの日差しに真っ赤な髪を光らせて、光を返さない紅い瞳には、どこまでも続く地平線を目指している。

 細い体にまとうみすぼらしい服はひどく汚れ、その足に靴はなく、分厚くなった皮が覆っている。白く細かな傷が浮かんでいるが、痛みなど感じていないかのように、軽やかに進んでいく。

 歩く、歩く。空と緑の境目を目指して。

 ザザザ、ザザザ。彼女の背後から急接近するのは少しの荷物積んだを一頭の馬。それに乗るのは一組の男女。

「やっと見つけた……」

 ため息をついたのは手綱を握る男で、女はあんたの失態だと彼を責める。

「ハチバン、出荷直前に勝手に逃げ出して……デキの悪い常習犯だから、学べないんでしょうけど!」

 前を目指し続ける少女の脇についた馬の上から、じっと見下ろす女が、ぶらつかせていた長い足を振るう。それは規則的に動き続ける少女の肩に命中し、バランスを崩れさせる。

「ほら、帰るよ。いい加減諦めたら? やっとついた買い主が、可愛がってくれることを祈っとくんだね」

 砂利道に体を打ち付け、土に汚れていた肌にじわりと血が滲む。やった張本人は馬をとめさせ、少女に立つように命令する。

 だがじっと、虚ろを見つめる少女は動かなかった。馬の上から侮蔑の視線を送る二人はため息をついて、男の方が降りた。

 積み荷からロープを取り出した彼は、その具合を確かめてから輪をつくる。伸縮自在の輪ができたことを確認すると、いまだに呆然としている彼女に近づき、立て、と命令する。

「ほんっと、不気味だねぇ。究極、売れればそれでいいんだけど、うんともすんとも言わないようなやつは初めてだ」

 なおも動かない少女に苛立ったか、男は乱暴な手付きで立たせ、細首にロープをかける。輪を搾れば、首輪となる。

 帰るよ、と女の言葉に、馬に駆け寄る男。またがった後に来た道を引き返すよう体勢を整えると、歩き出すよう指示を出す。

 ゆっくりと動き出す冷徹な馬。ロープを手にしたまま手綱を握る男は、抵抗をしていないらしい感触に微笑んで、帰ったらいっぱい寝ようなぁ、と馬に話しかける。

 馬に揺られていた女が、はたと振り返る。

「ちょっと待って! あいつがいない!」

 途端に眉間に皺を寄せ、紅差す唇を開き、進行を止めさせる。嘘だと言わんばかりの反応を見せた男はロープをぐっと引っ張りつつ顧みると、馬よりも後方の箇所で切れており、それは確かな抵抗を持ってぷかぷかと浮かんでいた。

 動揺のまま、さらに視線で道を遡ってみる二人。そこにはこちらを見つめる少女らしい影と、その背後にただすむ大きな影があった。

「魔物がなんで……!」

 女が取り返すと宣言する。男は応じて、ロープを捨ててからまた引き返す。

「やっと高値で厄介払いできるのに!」

 怒りを浮かべた女は積み荷から迷うことなくボウガンを取り出して、近づく大きな魔物に矢を向けた。

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