[短編]その身崩して、ある者3

 町のはずれ、のどかな景色に溶け込むその家には、腐食病の患者と、甲斐甲斐しくそれを支える奥さんという組み合わせの夫婦が静かに暮らしているらしい。

 腐食病の取材を始めて数年が経っているが、こんな身近にいたのか。一番遠かったのは……電車で四日だったか。これもまた田舎なのが響いたな。

 事前に約束はとりつけてある。インターホンごしに、取材の謝礼を自費から出すと交渉したら、翌日には許諾してもらえた。苦しんでいる彼らがいるから飯が食えるのに、彼らから一方的に搾取するのは、いかんせん気分が悪い。

 上司や同僚からは律儀だねぇ、とニヤニヤされたことがあるが、こればかりは。不幸を飯の種にしているからこその礼儀として信じている。

 それで、これからその取材なのだが、まず驚いたのは奥さんが不気味だった。思わず一歩引いてしまいそうだったがぐっと堪えて、取材の手続きを進めた。

 なんというのだろう、生気がないというか、浮かべる表情がひきつっているというか。それでも奥さんの声音にはそういった色は感じられない。

 通されたのは居間。旦那様を呼んでくると姿を消し、一人になる。

 普通に見える。家具も、調度品も。鼻をつく刺激臭こそあれど、腐食病をわずらった者のいる家庭に染み付いてしまう臭いだ。致し方ない。

 ふとテーブルに一筋の輝きが見えた。奥さんの髪の毛だろうと思ったが、それにしては長すぎた。最近、散髪したのだろうか。来客があるから、と。いや、それならもっと長かったというのか。それでもあの後ろ姿は、髪は肩ほどなのに、これは床につきそうなものだ。辿ってみれば、テーブルの反対側まで伸びている。長すぎだろう。

 あるいは、別の誰かがいる、とも考えられる。昨日も来客があった、とも。

 そんなことを考えていると、夫婦が姿を現した。むっと強くなる腐臭をまとう旦那様が腰かける車イスを、全くの重さを感じさせない歩調で押す奥さん。

 ……もしかして、かなりやばいとこに来てしまったのかも。

「こんにちは。本日はよろしくお願いいたします」

 だがそんなことは感じても、口にしてはいけない。記者なのだから、彼らの口にすることを記し、周知しなければならない。

 奥さんが一礼して、来た道へと引き返す。テーブルを挟んで向かい合う形となった旦那様は、ぼんやりとこちらを眺めていた。

「こちら、取材の謝礼金です。中身をご確認されますか?」

 まずは封筒を取り出して、中身が彼に見えるようにテーブルへ。信用してもらうなら、この手が一番。しかし一瞥して首を降るだけで、始めよう、と言った。

「では、まず、いつ頃から、わずらわれておられるのか、教えていただけますか?」

 なかなか辛いな。生きて帰れるか……踏み込んだことを聞くのはよしておこう。奥さんにも話題はふっておいて……。

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