[短編(市場)]これでもボクを愛してくれますか
※殺傷、ホラー、拘束表現あり
不意の一撃に、彼は力なく倒れた。首筋から止めどなく流れ、広がっていく液体と、ひくつく瞼が致命傷であることを物語っている。
世界樹が祭の灯火を消し、いつもの夜中へと戻ろうかという頃、市場の住民である一組が市場を離れた。そして彼らが再び訪ねた施設での出来事だった。
被害者は白い毛皮を持つ立脚類の獣で、加害者は全身を夜色の服で隠した一人の誰か。その手には手のひらほどの刃渡りの刃物。
二人だけだったはずの空間に、突如現れた何者かはもう一人の山飛竜のことなど歯牙にもかけない様子で走り去る。
呆然とその景色を眺めていたが、はっとした山飛竜、トレムは王、と叫びつつ駆け寄った。だが返事もせずうつ伏せに倒れたままのカル。
耳元に口を近づけ、繰り返し彼を呼ぶ。やがて諦めたのか、トレムはへなへなと座り込みそれを眺めた。
祭を終えて、また湯編みでもしようと、出掛けた矢先のことである。僕のせいだ、と小さな呟きが漏れる。
冷たい風が、なおも美しい毛皮を揺らす。パキパキと音をならしながら。
場違いな音に気づいたトレムはあたりを見渡す。最終的に、彼の遺体から聞こえているのだと気づき、じっと見つめるしかない。
うなじに穿たれた傷口から、黒いものが生えてきている。太いものは這い出そうとするかのように毛皮を踏み潰し、その体を這っていく。細いものは縫い物をしているかのように、蠢く。
悲鳴を呑んで、トレムは後ずさる。愛人の体から生えてくる枝のようなものは、王の体から、地面、そして、トレムの方へとにじりよる。
離れようとする彼めがけて、動きを止めない枝はスピードを上げ到達する。脚へと触れたかと思えば、胴、翼、尻尾と次々に拘束する。
「うわあぁぁあ!!」
悲鳴。立ち上がる王を見つめながら。
王は枝に拘束されたまま、ゆっくりと歩き始める。
「王? カル様!」
二人の距離が詰められていく。
「冗談はやめてください! お願いですから!」
問いかけに応じない王との距離は、手を伸ばせば届くまでに近づいた。
「怖い、かな? 見せたくはなかった、けど」
いつもの笑みは、黒い涙をたたえていた。傷口に吸い込まれていく枝は、不気味に、血管のようにうごめいている。
「君のせいじゃない。ボクも油断してた」
だが枝は、まだある。トレムを拘束しているものと、カル自身の顔を隠しているもの。
「後で、話そう。今は、君も混乱してるだろうから」
夜はまだ、長い。
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