第44話 復讐に身を焦がして⑧ 薄皮一枚の世界

 *


「ここが霊廟……?」


 僕はパルメニさんに連れられ墓地へとやってきていた。


 霊廟として紹介されたのは、整然と墓石が並ぶ小高い山の一角、そこにそびえる教会風の建物だった。

 一見すれば礼拝堂のようにも見える白亜のお城がそうなのだという。


「現領主であるバガンダ様のご厚意により、私達民草も分け隔てなくこの霊廟への参拝が許されてるんです」


「はあ……」


 現代日本に住んでいた僕からすれば、こんな誰もいない場所にこんな豪華な建物を立てて、箱物行政の典型ではないかと思ってしまう。

 新たな天下り用の役職を用意し、税金対策や予算獲得のためにいらない建物を建てたり、建設業者と癒着して賄賂をもらったりと。

 まったくの偏見だが、あのバガンダなら大いにやっていそうな気がする……。


「まあ、参拝料が高すぎるので、町のヒト達はまず中に入れないんですけどね」


「お金取るんですか!?」


 どうりでこんな立派な廟なのに人っ子一人いないはずである。

 パルメニさんは「だからこうして遠くからお悔やみを捧げるんです……」そう言って胸の前で手を握りしめる。


 祈りを捧げるポーズというのは世界を隔てても大して違いがないらしい。

 普通に両手を合わせ、指を絡め黙祷をしている。

 これがこの魔法世界におけるヒト種族の正式な祈りのポーズなのだろう。


 僕もそれに習いつつ、セーレスの父親であるリゾーマタ・デモクリトスに黙祷を捧げる。


 どれくらいそうしていたか、そっと横目でパルメニさんを見やる。

 先ほど見せた必死な様相。タダ事ではなかった。

 僕は今すぐバガンダの下へと乗り込みたい気持ちを押さえつけこうして彼女の隣にいる。


 パルメニさんは、紛れもなく僕の恩人だ。

 彼女の助けがなければ僕は冒険者になどなれなかった。

 セーレスに美味しいごはんを食べさせることも適わなかっただろう。

 そんな彼女が必死に僕に追いすがる姿を見て、僕はどうしても非情になれないでいた。


 ――と、その時、僕は僕ら以外第三者の視線を感じた。

 見上げて見れば、霊廟の脇に立つ巨大な針葉樹の根本に誰かが立っている。


 小さな老人だった。

 豊かな白髪に、顔の半分を覆う真っ白いひげ。

 服装は上品な、法衣のようなつなぎを着ている。

 相応に身分の高い人物だということがわかった。


「なんだ、ちゃんと参拝客がいるんじゃないですか」


「え、そうですか。どこです?」


「ほら、霊廟の脇にある大きな木の根元ですよ」


 パルメニさんは目を細め、パチパチと忙しなくまばたきをした。


「えっと、どなたもいらっしゃらないと思うんですが……」


「何言ってるんですか、ずっとこっちを見てますよ」


 老人はさきほどから無遠慮な視線を僕に投げてくる。

 ジっと見るのは失礼なのだろうが、向こうが視線をはずさないので仕方がない。


「やだ、タケルさんってば私をからかってるんでしょう。それともタケルさんって、案外見えるヒト・・・・・・・なんですか?」


「え?」


 見える・・・

 パルメニさんにそう言われた瞬間、僕の内側でスイッチが入る。

 途端――眼の前の景色が一変した。


「――なっ!?」


 僕はあまりの眩しさに顔を覆う。

 ゆっくりと目を開けると、そこには眩い光の世界が広がっていた。

 星の彼方や量子の世界とは違う。

 あらゆるものが光を放っている。

 草も木も、花も土も空も。

 生きとし生けるものすべてが放つオーラのようなものを僕の目は捉えていた。


 そして、それとは別に、本来そこに有り得るはずのないモノも、僕は確かに認識していた。


 整然と並ぶ墓石のそばに、誰かが立ち尽くしている。

 全てではない。でもおおよその墓石のすぐそばには、ユラユラと不安定に揺れるヒトの形をした光がたゆたっていた。


 急速に理解する。

 僕の目――魔族種の目は・・・・・・、常世世界のもうひとつの姿を写しているのだ。


 それは死後の世界と呼べるもので、エーテルと呼ばれる光の想念によって構成される、常世世界と表裏一体の世界だ。


 おそらく有史以来、いやそれより以前、あるいはこの世界が誕生してから。

 こびりつき剥がれ落ちない想念の塊たち。

 ヒトだけではない。草や木、小動物や果ては昆虫にさえ想念は宿っている。

 僕たちはそうと気づかないだけで、おびただしい想念に囲まれながら暮らしているのだ。


 と、一匹の羽虫のエーテル体がパルメニさんにとまろうとする。

 僕はとっさにそれを手で払った。


「え?」


 突然自分の眼前で手を振る僕にパルメニさんが疑問の声を上げる。

 僕に払われた羽虫のエーテル体は、光を散らしながら弱々しく漂い、やがて世界に溶けて消えていった。


(――触れる、のか?)


 魔族種の目で認識し、魔力の宿った手ならば干渉できる。

 指先で眼前に漂う光の蝶に手を伸ばす。

 魔力の宿った指先を宿り木にするように蝶は吸い付き、とどまり続ける。


「タケルさん、どうしたんですか?」


 突然黙りこんでしまった僕を訝しみ、こちらを覗き込んでくるパルメニさん。

 純粋な、生きているヒトの放つエーテルの光。魂と呼ばれる、ヒトの持つ根源の輝き。


 それは今この場に存在するどんなものよりも鮮烈で美しい。

 その光は、首の下、心臓の真上あたりから、強く全身に脈打ちながらよどみなく流れているように見えた。


 僕は再び霊廟のそばにいる老人を見る。

 ではアレが・・・そうなのだろう・・・・・・・

 顔は見たことはないが、確かにどこかセーレスの面影がある気がする。


 僕は、強い意志を込めて老人を見返す。

 あなたの娘を助けるために、あなたの娘を殺す――と。

 その想いを、聞こえるはずのない老人へと投げかける。


 だが、老人は静かに目をつぶり、うなだれた。

 そしてそのままスーッと消えてしまった。

 手の中の蝶は握りつぶされ、燐光を撒き散らしながら消滅した。

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