第43話 復讐に身を焦がして⑦ 再会と嘆願

 *


 リゾーマタの宿場町は変わらぬ活気に満ちていた。

 森辺から小一時間ほど。

 街道には常よりも通行人が多く行き交っており、町にもヒトが溢れかえっている。


 ヒトだった頃には羨望や興奮を覚えたそれら町の風景に、僕の心は凪いでいた。

 いや、どちらかというと冷めていた、と言った方がいいかもしれない。

 セーレスが攫われ、僕が拷問を受けていた間も、この町は変わらず平和だった。

 何故かその事実が、僕の心をささくれさせるのだ。


 ――まあどうでもいいことだ、そんな感情は。


 丸太を打ち付けただけの粗末な正門をくぐる。

 いつもの歩哨がジロリと睨んできたが、僕は無視した。


 前領主リゾーマタ・デモクリトスが亡くなり、領内には御触れが出されているはずだが、こちらの人々は粛々と喪に服する習慣はないようだ。いつものように人々は笑い、泣き、喜び、日々を謳歌している。


 ただ、町角には急ごしらえの演説台が作られ、その上には派遣牧師が陣取り『生涯布教』なるものを行っていた。ようするに偉大なる領主、リゾーマタ・デモクリトスの生まれから幼少期、そして青年期から結婚、晩年に至るまでを、朗々と語って聞かせているのだ。


 少し耳を傾けたが、リゾーマタ・デモクリトスは類まれなる魔法師として将来を嘱望された経歴があり、一時は宮廷魔法師候補にもなっていたという。


 だが好奇心旺盛だった彼は領地を出奔し、放浪の旅に出てしまう。その際に世界を見聞し、身につけた知識や価値観は後の領地経営へと生かされていく、とされていた。


 だが、派遣牧師が語って聞かせる偉大なる前領主の経歴には、実は重大な事件がすっぽりと抜けていることを僕は知っている。おそらくその出奔した後に、リゾーマタ・デモクリトスはヒト種族の領域を越え、魔物の森を渡り、遙かなる道程の果てにエルフの里へとたどり着いたはずなのだ。


 そしてそこで、セーレスの母と恋に落ち、セーレスが生まれた。


 エルフは総じてヒト種族以上の魔法を使うという。

 ヒト種族の傑物であったリゾーマタ・デモクリトスと純粋なエルフ。両方の血を引くセーレスが魔法の才能を持っているのは当然であり、さらに水の精霊の加護を持っていることも有り、その価値は計り知れない。


(もしかして、そのあたりが関係しているのか……)


 新たな領主、バガンダがセーレス自身の身柄を欲した理由。

 もしもそれが、セーレスの特別な魔法に関係してのことだとしたら……。


 確かにバガンダは、単なる意趣返しのためだけにセーレスの身柄を欲していたわけではない気がする。それならわざわざ身柄を確保するなんてしないで、最初から襲撃を仕掛けてくれば済む話だ。


(いや――)


 それは今考えてもしかたのないことだ。

 僕は領主の屋敷を目指し、再び歩き始める。


 ――その時だった。

 僕の背中にヒトひとり分の重みが被さってきた。

 誰かが、僕にしがみついてきたのだ。


「パルメニさん?」


「やっぱりタケルさん……!」


 はあはあ、と彼女は息を切らせている。もしかして僕を見つけて走って追いかけてきたのだろうか。


「お、お久しぶりです! ここしばらくギルドにおいでにならないから、心配……ッ、してました……!」


「だ、大丈夫ですか?」


「は、はい。お姿が見えたので、急いできたものですから……、ああ、落ち着いてきた……!」


 パルメニさんはいつものギルド職員用の制服ではなく、修道服のような衣装を着ていた。


 白地のアンダーウェアを着て、上からシンプルな黒いドレスを羽織っている。

 腰止めの金地のベルトがアクセントになっていて、かなり様にはなっているが、とても走るのには向いていない服装だった。


「あ、この服ですか? 一応今は追悼中なので、ギルド職員は全員喪服着用なんですよ」


「そうですか。よくお似合いですよ」


「え――、えへへ、ありがとうございます」


 パルメニさんは以前となんら変わらない魅力的な笑みを浮かべている。

 変わってしまったのは僕の方だ。

 彼女のそんな無垢な笑顔を直視できず、僕はそっと目をそらした。


「あの、このあとお時間大丈夫ですか、ロクリスおじさんのところで食事でもどうです?」


「申し訳ありませんが、用事があります」


「ロクリス食堂はいま大盛況なんですよ! タケルさんが教えてくれたっていう『オムレツ』のおかげだってロクリスおじさん喜んでました! 毎日女性客の行列ができちゃって、男性客が居心地悪そうにしてるって!」


「先を急ぎますので……」


「私もオムレツが大好きになったんですっ! 特にミャギの乾酪を入れて焼いたのが美味しくて美味しくて、ちょっと太っちゃったかも……!」


「あの、パルメニ――」


「薬師さんも薬草の上物が入らなくなったーって嘆いていました! タケルさんが持ってきてくれた薬草で作る軟膏が傷だけじゃなく発疹や火傷にも効くって注文が殺到しているらしくて――」


「パルメニさん、離してくださいッ!」


 僕のマントを掴んだまま、パルメニさんはその場から動こうとしなかった。

 まるで僕を行かせまいと引き止めているようだった。

 再会は嬉しいが、でもそれは時と場合による。


「いい加減に――」


「私とッ!!」


 僕の声をかき消すように彼女は叫んだ。

 何事かと町の人達は足を止め、派遣牧師も仕事の邪魔だとばかりにこちらを睨んでいた。


「私と、お墓参りしませんか……、リゾーマタ・デモクリトス様の霊廟があるんです……」


 セーレスの父親の墓。

 それは多少興味はあったが、今はセーレスを助け出すことの方が優先だ。

 断りを入れるため、彼女を無理に振りほどこうとすると、パルメニさんは笑顔を消して、切実な表情で訴えてきた。


「お願いです……、ほんの少しの時間でいいです。ふたりきりでお話したいことがあるんです。お願いします……!」


 ギュウぅっとマントを握りしめる手に力を込めながら、彼女は絞りだすようにそう言うのだった。

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