第36話 死と再生と誕生⑫ 初陣と彼女の行方
魔族種。
その詳しい生態は不明。
総じてヒト種族以上の長い寿命を持ち、内在する魔力量は他の種族を凌駕する。
全ての系譜はたった27体しかいない根源貴族に連なり、その王となるものはさらに特別なチカラを持っているという。
絶対的な力による陶酔感を振り払い、僕が決意を新たにしていると、ふと階下から無数の気配が近づいてくるのを感じた。
たちまち階段を埋め尽くしていた瓦礫が吹き飛ばされ、見晴らしが良くなった最上階へと男たちがなだれ込んでくる。
忘れもしない、全員が銀の甲冑を纏った聖騎士たちの一団である。
一団の中から、蒼色の甲冑を身にまとった髭面の男が現れる。
刃のように鋭く、氷のように冷たい瞳には見覚えがあった。
セーレスのあばら家に火を放ち、僕を足蹴にしながら人質にとったあの男だった。
「貴様……その全身から立ち上る精強な魔力――魔族種だな!?」
髭面男――明らかに指揮官と思しき男の言葉。
今までは片言にしか理解できなかった
そう僕はもう異邦人ではない。
この世界の言語もネイティブに理解できる存在に生まれ変わったのだ。
――そう思いながらも、僕は男の問いにとっさに応えることができないでいた。
情けなくも、僕の心は一瞬で恐怖に縛られてしまったからだ。
男の目は今でも忘れない、本物の人殺しの目だった。
さらにこいつらの幾人かには見覚えがある。僕を拷問していた異端審問官はこの聖騎士たちだ。
いくら魔族種になったらしいとはいえ、ついさっきまでは普通の人間だったのだ。
急激に意識を切り替えることなどできはしない。
「この有様は貴様の仕業か! ここにいた龍神族の王はどうした!?」
――こいつ、僕のことがわかっていないのか?
いやいや、ヒト種族の子供の顔なんて覚えてないのか。
まさか、今僕は別人の顔になっているのか。
それとも、僕が僕だと気づかないほど、男たちが焦っているのか。
わからない。
確かめている暇もない。
でも――
恐怖にすくみそうになる心を必死に押さえつける。
僕は生まれ変わったのだ。
もう
自分にそう言い聞かせながらこうも思う。
こいつらがディーオより怖いもんか――と。
「貴様、答えろ! ここに囚われていた龍神族の王をどこへやった!?」
黙して語らぬ僕に男が怒声を張り上げる。
僕はせせら笑うように言った。
「ディーオ・エンペドクレスは――」
自らの長すぎる生に意味を見出せず、僕に
僕の中に、時の彼方に忘れ去ってしまった何かを、見出したとでもいうのだろうか。
最後の最後まで自分勝手だった男だが、でもその御蔭で僕は今、こうして生きている。
僕がしたいこと、しなければならないこと。
それを成すために僕は戦う――
「喰った」
「なん、だと?」
「彼奴は下等なヒト種族ごときに醜態を晒す愚か者よ。だから僕――我が頭からバリボリ喰らい尽くしてやったわ!」
相手を威圧するように、ディーオの口調を真似ながら尊大に言い放つ。
正直、内心では口から心臓が飛び出しそうだった。
「我ら
男の怒声を皮切りに騎士たちが一斉に抜剣する。
鈍重そうなフルプレートの甲冑を着こみながら流れるような動きだった。
(やっぱりこいつら……単なるサディストどもじゃない)
動けぬものを人質に取るだけが能のバカどもじゃない。
訓練された職業軍人、あるいは人殺しのプロ集団である。
僕は今更ながら、自分の不利を悟っていた。
いくらディーオの力を得たと言っても使いこなせなければ意味はない。
レース仕様のF1マシンに無免許で乗り込んでいる状態が今の僕なのだ。
しかも、先程からエンジンの試運転をしているつもりで、とんでもない量の魔力を無為に垂れ流し続けている。
魔法を使うことだって、当然できそうにない。
魔力の流れはわかるし、魔素と呼ばれるものもなんとなくだが感知できる。
でも、だからどうした。ゲームのように説明書を見なくてもなんとなくできるとは到底思えないのが現実だ。
というわけで、目下最大の武器は、ヒト種族を超え、強靭になったであろう己が肉体しかない。け、喧嘩なんて全然したことないんだけど……!
「滅殺ッ!」
聖騎士のひとりが、怒号とともに大上段から斬りかかってくる。
ああ、そんなこと言いながら戦ってたのか――、などと思いながら、僕はまったく反応できず閃く剣先を見送った。
かくして袈裟に切り払われた長大なバスターソードは僕を両断した――はずだった。
「むぅ!?」
「あれ?」
聖騎士と僕、双方のまぬけな声が上がる。
僕は一瞬身体の中を、なにか冷たいものが通り過ぎていったのを感じたのみである。
聖騎士の方は確かな手応えとは裏腹に、無傷な僕を見て首を傾げている。
「覆滅ッ!」
振り下ろした剣を今度は切り上げる。
剣先が深々と僕の腹に埋まり、肋を砕き、心臓部を斬り裂いて左肩から抜けた。
僕の疑問は確信に変わった。
ヘルムの隙間から聖騎士と目が合う。
信じられない――、という驚愕が張り付いていた。
「何をしているッ、全員でかかれ!」
応ッ、と烈火怒涛の剣戟が上下左右から迫り来る。
都合七本の剣が僕の全身を串刺しにしていた。
「ふ――、ふふふ、ふはーはっはっは!」
堪えきれず、僕は大笑した。
同時に、疑問に対する答えが、ディーオの記憶の奥底から呼び覚まされる。
魔族種根源27貴族の一角、龍神族。
比類なき魔力と破格の
中でも長にのみ伝えられるのが、秘奥中の秘奥――その名も『
無限の魔力と引き換えに、不死身の再生力を生み出す神龍の心臓。
『虚空心臓』は己のカラダの内側に異なる空間を作り出し、その絶対不可侵の領域に神龍の心臓を捧げることで、魔力と不死身の再生力を無尽蔵に得る――ってなんだそのチート能力は!?
僕は笑いを引っ込めると、全身から剣を生やした状態で拳を振りかぶる。
一番手近な聖騎士めがけ、素人丸出しのテレフォンパンチを叩き込んだ。
「グベらッ――!」
見るからに硬そうな銀色の甲冑が飴細工のようにひしゃげる。
糸の切れた人形のように手足を放り出し、ノーバウンドで水平に吹き飛んだ聖騎士は、鬚の男の真横をを通り過ぎ、床に激突。ピクリともせず沈黙する。
「な――」
驚愕の声は髭面の男だった。
他の聖騎士たちも、恐れをなしたのか、剣を手放し後ずさる。
僕は彼らを牽制するように凄惨な表情で睨みつけながら、とんでもない
(ぐううう、痛ってええええ!?)
叫びそうになるのを懸命に堪える。絶対に弱みを見せていい場面ではない。
(肩から下が動かない! 満遍なく骨が折れた!? というか敵に斬られても平気なのに、自分で負う怪我は超痛いってどういうこと――!?)
とんちんかん過ぎる新しい身体の仕様に臍を噛む。
あまりの痛みで、ちょっとでも気を抜くと意識が飛びそうになる。
でもそれを堪らえようとする表情がいい感じで凄みとなり、聖騎士たちの次なる行動を封殺しているようだった。
(くそ、次はどうすればいい――?)
潮が引くように痛みが消えていく。バキバキに折れた骨が一瞬で繋がったようだ。内心胸をなでおろしながら僕は頭をフル回転させる。
一撃食らうたびに一人は倒せる。
その代わりに数秒から十数秒の回復時間が必要。
自滅覚悟で暴れてみようか――?
(ダメだ。まだハッタリが効いてるうちに目的を果たすんだ)
ガラン、と僕の全身に刺さっていた大剣が床に落ちる。
僕は骨がつながったばかりの右手で髪をかきあげた。
余裕を魅せつけるよう、ゆっくりと気障ったらしく聖騎士たちを睥睨する。
「女はどこだ?」
「なっ……女だと?」
警戒を滲ませながら睨み返してくる髭面の男。
僕は自分自身が絶対的強者に見えるよう、出来る限り不遜に問うた。
「特別な魔法を使うハーフエルフの女がいたであろう。あれは我が贄に相応しき女よ。アレを疾く我に差し出せ。さすれば貴様らに慈悲を与えんこともないぞ?」
「貴様……!」
あまりに厚顔。あまりに理不尽。
僕も自分で言っていて、なんて道理の通らない王様発言だろうと思う。
だが元々彼女は僕のものなのだ。
殺してでも奪い返すと決めていた。
「アークマインは人類種の盾! ヒト種族の守護者! 断じて魔族種に譲歩などしない!」
髭面の男は叫びながら剣を抜き、それを正眼構えた。
他の聖騎士たちが完全に萎縮しているのに対し、この髭面――蒼い鎧を着た男だけは臆した様子がない。
僕の迫力が足りないのか、それともこの男だけ特別肝が座っているのか。……多分両方だろうな。
「始祖たるアークマインの名において命ずる! 我が怒りを糧に炎よ顕現せよ!」
髭面の男の
魔力を注がれた剣に炎の魔素が触れると、刀身が紅蓮に包まれる。
「出た、隊長の必殺剣『
「隊長を本気にさせたことを後悔するがいい!」
煽る聖騎士たちをよそに、僕はRPGさながらの魔法剣にただただ感心していた。
今の僕には魔法の発動からその原理にいたるまですべてがわかってしまう。
魔法剣のキモは、魔力の任意座標への固定化だ。
武具の特定の部位――この場合は刀身全体に、適量の魔力を断続的に注ぎ続けなければならない。
そして炎が発現してからは、その熱量に耐えられるほど頑丈な剣が必要となる。
もし普通の剣なら熱量が上がる前に溶け崩れてしまうし、そうならないようにセーブすれば、威力が落ちてしまう。
そのバランスが非常に難しい魔法だということが一瞬で理解できるのだ。
なので僕は、そのバランスにほんの少しだけ
最初は流れこむ大気中の魔素をどうにかしようと思ったが、火が消えたら剣だけで斬りかかってきそうだったので、ご自慢の魔法剣の方を
魔力とは無色透明な生命エネルギーのことだ。
何ものにも染まらない、如何様にも染められる純粋無垢な力。
そして魔法とは大気中に存在する四つの魔素、即ち『
その起動に必要な内在要素がふたつの意志力――『愛』であり『憎』だ。
『愛』の意志で行使された魔法は万物を癒やし助ける太陽の光となる。
『憎』の意志で行使された魔法は万物を破壊し傷つける夜の嵐となる。
かつて魔法体系を確立した
――僕は、己が内から垂れ流される膨大な魔力を意識し、指向性を持たせ、『愛』の意志で行使する。
魔力を注ぐ先は髭面の聖騎士隊長が握る魔法剣の刀身だ。
決して傷つけるような意志は持たず、ただ手を貸すようなつもりで、魔法の受け皿となっている刀身に魔力を注ぎ続ける。
魔素と組み合わせての魔法行使はできなくとも、自分の生命エネルギーである魔力なら操れる。
――途端、魔法剣の熱量が増大し、刀身が白熱化し始める。
「な、何だこれは!?」
自身の制御を外れた膨大な魔力の流入に聖騎士隊長が驚きの声を上げる。
ついに、持っていられないほどの温度に達し、自ら剣を手放した。
冷たい石の床に触れた途端、ジュワ~っと刀身が融解し、床に穴を開けて階下へと堕ちていく。
唖然とする聖騎士たち。
あまりの事態に穴の開いた床を見つめている聖騎士隊長。
ふと僕に向けられた視線には、明確な恐怖が張り付いていた。
「バ、バカな……、我が
僕は聞こえるようにわざと大きなため息を吐き、無表情を形作る。
聞き分けのない家畜にムチを振り下ろす義務感を滲ませながら厳かに告げる。
「最後である。疾く我の問いに答えよ。貴様らがヒト種族の子供とともに攫ったハーフエルフの娘はどこにいる?」
全身の無数の剣に貫かれても平然とし、精強な魔力を湯水のように立ち上らせる魔族種。魔法剣ほどの高度な魔法行使にも介入し、それを破綻させてしまう強大な意志力。
敵わない。何ひとつを持ってしても、目の前の
髭の聖騎士団長の色を無くした顔がそう物語っていた。
「ヒ、ヒト種族の子供は、ここにいた龍神族の長へ供物として捧げられたはずだ……」
その供物が目の前にいるなどとは夢にも想わないのだろう。
姿かたちは大きく変わっていないはずなのだが、確かめる術が今はない。
(あとで確かめて、角とか鱗とか生えてたらちょっとヤダな……)
聖騎士隊長は恥辱に耐えるように歯を食いしばり更に続けた。
「ハーフエルフの娘は、審議保留中である」
「何ィ?」
「ひっ――」
無意識に低い声が出ていた。僕は視線を強めることで先を促す。
「あの娘に対してだけは通常とは違う審問をするとのことで、その身柄は一旦リゾーマタの領主の元へと移送されたはずである。聞けばあのハーフエルフはリゾーマタ男爵家と縁のあるものとのこと。なにがしかの温情を図る腹積もりやもしれん」
後半の言葉は僕の機嫌を伺うための事実無根の与太話だ。
あのクソババア――バガンダがセーレスへの温情を嘆願などするはずがない。
自分自身の手で、何らかの処罰を下すつもりなのだろう。
セーレスはリゾーマタ前当主とエルフとの間にできた非嫡出児だ。
アークマインのせいで種族間差別や排斥が蔓延するこの世界において、セーレスの実父はそれでも彼女を気にかけていた。だからこそ領地の外れとはいえ居住を許し、役割を与えて定期的に監視もしていたのだ。
その実父が亡くなり、新たな領主に娘――セーレスの異母姉妹であるバガンダが就いたことですべてが変わってしまった。セーレスに執着を示し、身柄を欲していたバガンダの元に、彼女がいることは間違いなさそうだった。
「無事なのであろうな?」
「そ、そのはずだ。我らも娘を捕らえる際に決して傷つけるなと厳命されていた!」
「アレの爪の皮一枚でも剥がれていてみろ、貴様の口から溶解したバスターソードを流し込んでやるぞ!」
ボウンッ! と大気が爆ぜる。
僕の感情に合わせて魔力が迸ったのだ。
聖騎士たちは竦み上がり、青い顔をして震えていた。
嗜虐の表情で僕に拷問を加えていた姿が見る影もなかった。
「い、異端審問は始祖アークマインの神名において行われる。それが成されない限り、いかな領主と言えども無法に殺したりはしない、はずだ――」
殺しはしないが、死なない程度にはいたぶることができるということか。
そして始祖アークマインを語った鶴の一声があればこいつらはケダモノ以下の畜生になる。神の名を免罪符にして。糞めが。
とにかく、セーレスのいる場所はわかった。
リゾーマタの領主の館。
それは宿場町を越えた更に先にあったはずである。
絶対に助ける。
ヒトとしての成華タケルには不可能でも、魔族種となった今の自分にならば可能なはずである。
そうでなければ一度死んだ意味がないからな――
*
この男たちにはもう用はない。
――殺すか。などと考えていた時だった。
階下から慌てた様子で一人の男が現れる。
華美な神官服に身を包んだ初老の男――僕に最後通牒を突きつけたあの男である。
「た、大変であるエルミナ殿! 敵襲である!」
敵襲、という言葉を耳にし、僕は吹き抜けとなった塔の天辺からひょいと下界を見下ろす。ちょうど、漆黒の森のいたるところに、魔力による青白い鬼火が次々と灯っていくところだった。あれは魔力を帯びた純粋な魔素の輝き。青い光は水の魔素と『愛』の意志力によって顕現した光源魔法だとわかった。
「バ、バカな、これほど大規模な夜襲など、見張りは何をしていた!?」
顔面を蒼白にし、狂態を晒す聖騎士たち。
正体不明の敵の中に、魔法使いがいることは魔力の気配でわかる。
聖騎士たちに勝ち目はない。でもそれは僕も同じだった。
魔族種なりたてで、複数の魔法使いたちと戦闘なんてできっこない。
(セーレスの居場所はわかったんだ、ここはなんとしてでも逃げ延びて――なッ!?)
唐突に、僕の魔族種としての感覚が危険を察知する。
風の魔素がこの塔の周りに収束していくのを感じる。
(なんて膨大な風の魔素――これはまさかたったひとりの魔法使いが!?)
未だかつて感じたことのない最大規模の魔法の行使。
そして爆発的に膨れ上がる『憎』の意思。
明確な殺意と憎悪を伴った攻撃魔法が紡がれつつあった。
ゴォォォオッッッ――!
空気を裂く轟音とともに、塔の周辺に合計四つの竜巻が屹立する。
天をつくほど巨大な竜巻は、大蛇のように鎌首をもたげながら、塔を飲み込もうと迫りくる。
「くっ――! これじゃ上にしか――」
逃げ場はない。そう言いかけて、頭上を振り仰いだときだった。
夜空にいただく神々しい
その中に――確かな人影が見えた。
「な――!?」
はるか上空、豆粒ほどの影を僕の目はハッキリと捉える。
月の光を浴びて輝く長い蒼みがかかった銀髪と褐色の肌。
漆黒の革鎧を着込んだ女がひとり、風を切りながら猛スピードでこちらに落ちてくる。
「ディーオ様ぁぁああぁああああ――!!」
間一髪、竜巻が塔を押しつぶす直前、僕は抱きかかえられ、遥か夜空を舞っていた。
「ディーオ様っ、ディーオ様っ、ディーオ様ぁ!」
叫びながら女は僕を胸元へ掻き抱く。
もう決して離すものかと腕に力を込め続ける。
「お会いしとうございました――、ご無事でなによりでございます――!」
女は喜びに泣いていた。
僕をディーオと勘違いしたまま、その豊満な胸元に抱きしめ続ける。
その歓喜に呼応するように、女の周囲に風の魔素がどんどん集まり始める。
まるで魔素自体が意思を持つように彼女にまとわり付き、くるくると踊り狂う。
(まさか、これは風の精霊――!?)
女は間違いなく風の魔法使い。
だがその魔素の収束規模が尋常ではない。
僕の心臓がそこにあるだけで無限の魔力を生み出すように、女もまたただそこにあるだけで無尽蔵の風の魔素を従わせている。
それが推進力となり、僕らの速度がちょっと洒落にならない勢いになっている。
空の高みも、いつの間にか雲の上を飛び越え、酸素がかなり薄いところまで到達していた。
「ディーオ様のお世話を仰せつかっておきながら、ヒト種族の侵攻を許すなどあってはならないこと――、処罰は後に如何様にも受けます、ですが今は、今だけは――!!」
ギュンギュンギュン、と女が僕を胸に押し付ける度に速度が上がっていく。僕を抱く女の心拍数も上昇している。
高密度に圧縮された風の精霊が、風の魔素とはまた違った
(この馬鹿女、まさか大気圏を突破するつもりじゃ――!?)
肌に当たる空気が氷のように冷たい。チリチリ――、という表現が正しいのかはわからないが、地上ではほとんど感じることのない宇宙線の類も感じていた。
「この度、ディーオ様と離れ離れになったことでわかったことがあります! 不詳、このエアスト=リアス、従者という身でありながら、実は以前からディーオ様のことを心よりお慕い申していて――」
そこまで言いかけて、はたと女が僕を見た。
胸の谷間に顔を埋めたなんともマヌケな格好で目が合う。
途端、流星さながらだった女の飛翔がピタリと止んだ。
風の魔素は大気に解け、静かで冷たい夜気が襲ってくる。
そして、女はまるで汚物でもはじき出すように僕を放り投げるのだった。
「だ、誰だ貴様はぁああああ――!!」
「知るか馬鹿女ぁぁあぁああああぁ――!!」
僕は多分、エベレストよりも高い高度から、真っ逆さまに落ちていくのだった。
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