第7話 君の名は⑦ スマホとわがまま
僕を助けてくれたのは金髪のエルフっ娘だった。
あのあとはなんというか、いろいろ大変だった。
どうやら彼女は自分がエルフであると知られたこともそうだが、
それより以上に僕の『スマホ』が気に入らないらしい。
見たことも聞いたいこともない、正真正銘、異世界文明の利器。
それを警戒するのはわかるが、どうにも警戒しすぎのような気がする。
水辺での和やかな雰囲気が一転して、殺伐としたものになっていた。
「ギル・ダンイル!」
そう言って彼女は僕の手の中にあるスマホを奪おうと飛びかかってきた。
ミノムシの格好のまま何とかそれを躱すと、再びアラームが鳴り響く。
「ひぅ――ッ!」
ビクリと身をすくませたあと、彼女は両手を振って「わーッ、あーッ!」と大声で叫んだ。
「アークマイン! ◯▲◆?~!! アークマイン!」
アラームを消したあともそう言い、地団駄を踏みながら僕に詰め寄る。
寄越せと手を差し出しながら、「アークマイン」と叫び続ける。
僕は、困ってしまった。
いくら彼女が命の恩人とはいえ、はいそうですか、とスマホを渡すわけにはいかない。
これは僕が唯一地球から持ち込んだ最後の品である。
いわば僕が元の世界にいた証だ。
毎日を無為に過ごして、ネトゲをして、幼なじみと罵り合うだけの世界だったとしても。
僕が生まれ、15年間生きていた世界だ。その欠片を渡せと言われても素直には従えない。
フーフーっと、荒い息をつきながら彼女は隙あらば僕からスマホを奪おうと手を伸ばしてくる。
なんだか。
そうしているうちに。
自分が彼女に対してすごく申し訳ないことをしている気がしてきた。
僕はスマホを捨てられない。
ここは知らない異世界で、もう元の世界には戻れないかもしれない。
未練だとわかっていても、僕はスマホを捨てることはできない。
情けないけど。
もしかしたら――、と思ってしまうのだ。
もしかしたら、今晩眠って。
明日の朝起きたら、元の世界に戻ることができるのではないか――
ゴミゴミとした元の僕の部屋で、いつものように目をさますことが適うのではないか。
その切符がスマホのような気がしてならないのだ。
だから、僕のことをイノシシもどきから助けてくれ、ご飯を食べさせてくれて、靴まで作ってくれたこの子の頼みでも、スマホを手放すことはできないのだった……。
「ごめん、その……ありがとうね」
だから僕は背を向けて去ることにした。
生乾きのスウェットを小脇に抱えて。
川の流れに従うように下流を目指して。
とぼとぼと情けなく肩を落としながら。
ぐいっと、手を引かれた。
エルフの女の子が僕の手を掴んでいた。
ギュウッとすごい力だ。
「えっと、どうしたの?」
キ――っと、鋭い視線に射抜かれる。
「これ、嫌なんでしょ?」
スマホを掲げる。
女の子がヒクっと身をのけぞらせる。
そんなに嫌なのか。
「だから、僕行くから」
ブンブンブン、と女の子は首を振った。
僕を写す翡翠色の瞳は揺れていた。
目尻からポロポロと涙が零れた。
スマホは捨てて欲しい。
でも僕には行ってほしくない。
「どうすりゃいいんだよ……?」
つぶやいて空を仰ぐ。
僕の方こそ泣きたい気分だった。
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