シーンアルバム

やきざかな

泥から這い出るようにして目を開けた。ベッド脇の針は6時24分を指しているのを見るといつも通りの朝だと実感する。アラームより少し早く目覚めて、身支度を済ませる、そんな朝だ。


新聞の1面をなめるように見てソファに放る。ニュースを付けて選挙だの事故だ、と言う代わり映えのしない内容を横目に朝食をとる。

朝食の目玉焼きは少し焦げていて。

飲み終わったインスタントの味噌汁は、底の味噌が少しだけ溶け切ってなくて。

もう空の水槽は、妻が前に買っていた熱帯魚の面影を残して。

まだ、君のいない生活に慣れてない自分がみっともなくて。


こんな僕を見たら君はなんていうだろうか、だらしないって怒るかな、それともしょうがないなって呆れるかな?

君は僕に似合わないほど素敵な女性だったね。あまり外に出ない僕を無理やり連れだしたこともあった。運動嫌いな僕のために、ダイエットだって言って自分も一緒に走ってくれたこともあったね。いつも見せるその笑顔が、不意にのぞかせる不安そうな顔が、たまらなく愛おしくて。


君にラブレターを送った時、ガラじゃないなって自覚はしてたんだ。そしたら君は受け取った後中身も見ないで僕に言ったよね、君の言葉で直接聞かせてって。あんまりだとおもった、でもそんな意地悪な笑みに逆らえなくて、本人を目の前にしたら気の利いたことも、言いたいこともなんにも言えなくて、口をついて出た言葉は「好きです」の四文字。未開封のラブレターを捨てずに取っておくなんて、君はやっぱり意地悪だ。


クリスマスの日、君にプロポーズした日を今でも夢に見る。君は泣きながらOKしてくれたね。その涙が嬉し涙だって知っていたのに、知っていても不安で、つい君に、僕なんかでよかったのかって。そしたら君は涙も拭かずに、僕じゃないと嫌だってとびっきりの笑顔で言ってくれたね。


君宛のラブレターはとっくにボロボロで、指輪もどこか居場所がなくて、でも君との思い出だけは色褪せないままで。

これ以上増えることのないアルバムと同じように、君への気持ちは変わらない。

そんないつも通りの命日の朝だった

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