矛盾少女にソルトを重ねて
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憧憬少女は踏み外す①
明るくて静かな空間、この中にいる人の全員があの人を慕っているのだろうか。そんなことは無いと思う。誘われたから形式的に、という場合も多いはずだ―――パーティ、会合なんてものは主催者に興味が無い人間にとっては何の意味もない。ただそこに世間体というものが加わりなんとなくで参加という人々が溢れだすのだ。
私は好きな人の写真をぼんやりと眺めていた。その写真は花によって色とりどりに飾られとても美しく思えた…のは私だけだろうか。啜り泣く声も聞こえてくる。
私は妙に冷静だった。いまだ実感を伴っていない、現実感がない…いくらでも言い訳はできるだろうが、ただ今の私に言えるのは視界がぼやけて遺影をまともに見ることはできないということだけだった。そして私はどこか冷静に、彼女と出会ったときのことを思い浮かべていた。
◆◆◆◆
「あっ、ごめんね!大丈夫だった?」
目の前が一瞬暗くなり、また明るくなる。遅れて感じた衝撃。床についた手のひんやりとした廊下の感触。そして私を見下ろす赤茶の髪、綺麗な女の子の顔。同じ学年であることを示す赤色のネクタイ、スカート。そこまで認識してやっと、私はこの人にぶつかってしまったのだと理解することができた。
「あっ、いえ。大丈夫です」
どもらずに言えただろうか。迷惑にならないよう早く去らなければ。
「ん」
手をつき出す女の子。何がしたいのだろうか。
「手。立てる?」
「えっえっ、自分で立てますからっ!」
座り込んでいた私だったが、状況を理解すると恥ずかしさから急いで立ち上がりその場から逃げてしまった。後ろからちょっと!と言う声が聞こえたような気もしたがその時は動転していて全く気が回らなかった。
(私、謝ってない)
そう気付いたときには罪悪感で心が押し潰されそうで、顔しか知らない、名前がわからないこともそれに拍車をかけた。
その日はそのまま家に帰ってしまったが、次の日の休み時間に他のクラスを回り例の女の子を発見した。教室は私よりひとつ上の階。右に二つ。学年は同じ。狭い校舎である私たちの学校は同じ学年でも階が違うことがある。
(見つけた)
彼女は友人たちと談笑していた。瑞々しい、可愛らしい花が開いたような笑顔。胸がきゅっとなる。どうしてそんな気持ちになったのかはわからない。でも笑っている彼女を見るとそう感じたのだ。
(昨日のお礼…と謝らなきゃ)
廊下に立ちそう決意する。しかし。
楽しそうに笑いあっているグループ。私はそこに入っていく勇気を出すことができなかった。結局。背中から彼女の笑顔を感じつつ。休み時間が終わるチャイムを聞きながら階段を降りることしかできなかった。
それからは、彼女の教室をわざと横切るようになった。廊下でずっと眺めているのは不自然だ。だから彼女のタイミングが良いときに話しかけに行けるよう、教室の前を何度も通った。何度も。何度も。何度も。何度も。
でも、いつも彼女は楽しそうだった。いつもの友達と一緒に笑い合い、時に真剣に、静かに話し、理想の集団のリーダーだった。
私が取り入る隙はひとつもなかった。
何度も、ここを通りすぎるのはやめた方がいいと思った。こんなことを続けても意味がない。私にはもう、彼女に話しかける勇気なんてこれっぽっちも残っていない。そもそも。あの日から時間が経ちすぎた。もう、彼女は名前も知らない根倉な女にぶつかったことなんて、これっぽっちも覚えていないだろうから。
そして、私は廊下を通るのをやめた。彼女の顔を思い浮かべる度に心臓が高鳴る錯覚を覚えたが、話しかけることも、話しかけられることもない。私は結局、自分の教室の隅で静かに座っているのがお似合いだったのだ。
◆◆◆◆
だが、これが私の短い人生の中で最も最悪な選択であったことを後悔し続けるのだろう。
◆◆◆◆
教室の隅で過ごすことにして二日目。朝学校に来ると教室がざわついていた。私に朝から談笑するような友達はいないのでそのまま席につく。しかしやることはないので嫌でも会話が耳に入る。
「聞いた?」
「知ってる?」
「上のクラスで」「そうそう!」
「やばいよね」
「こんなことあるんだね」
「怖いね」
「帰れないかな」「ふふ」
「聞いた聞いた、まさか」
「あの」
「倉敷ここみが死んだなんてね」
最後の、言葉だけ耳に残り、他の声が聞こえなくなる。いや、正確には喧騒は続いている。でも、私にはその、『倉敷ここみが死んだ』ということだけが残響し続けた。
何故、葬式に行こうとしたのかわからない。友人の多かった倉敷ここみの母親は友達なら誰でも、と事実上高校生なら誰でも入れるようになっていた。事実、私は友達…ではないが出席している。皆、涙を流している。何故、何故。何故倉敷ここみが死ななければならなかったのか。そんな、雰囲気で懲り固められている。悲壮感が漂う空気の中、私は遺影を見つめる。
◆◆◆◆
ねえ、あの子のことについて教えてあげようか。
瞬間、その声に現実に引き戻される。咄嗟に後ろを向く。そこには目立つ銀髪。蒼い目。人当たりの良い顔。笑顔ではなかったが笑顔に魅力があるだろうなと思わせる、隠しきれない人当たりの良さ。そして……喪服。
「あの子のこと、教えてあげる」
だって貴女、知りたいでしょ?どうして、こうなったのか。
そう、銀髪の彼女の唇が形どった。
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