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 うちのクルツ家のカンザス州までの話は良いとしてそろそろ本題であるニッキー・オハラハンとの出会いについて書かなければいけない。


 このころは、兄、ロル・クルツの頑張りによってクルツ家は激貧と違法行為と損失と自足の無限地獄への螺旋構造から抜け出しつつあった。

 定住するというのはある意味人類学的に経済上若干有利なのではないかと、学のないプロシア系チェコ移民のクルツ家の面々も気付きつつあった。

 父はあいかわらず暴力と実力行使で王として我が家で君臨していたが、王は君臨すれど統治せず、とかいうどこぞの国王とだんだんにてきていた。

 時代は変わるのである。

 組織の中の賢威というものは、やはりその組織はその人で成り立っている人物にどんどん移行していく。

 クルツ家の場合、ローランド・クルツこと兄のロルだった。

 ちなみに、我が家の場合、長男の兄はローランド・クルツ。

 次男の私は、リーランド・クルツ。

 長女で三番目のアリサはアリサランドラ・クルツという。洗礼名は持っていない。

 父はよっぽどランドlandという土地に異常なこだわりがあったらしい。

 父は宣言と宣誓と方針の決定においては際立っていたが、何ぶん継続力、地道な努力というものがとことんなかった。

 ロルや私を連れて朝、農地、牧場に出かけても最初の疲労感を覚えると、大体一時間強なのだが。


「疲れたな」


 の一言を宣言しその日の作業を打ち切った。日がまだ高いうちに家に戻りニュー・スウォンジ-の雑貨屋で一番安いウィスキーを母のポーチで陽も高い昼日中からガブガブ飲んでいた。

 夕食時に私とロルが泥だらけになって家に戻ると概ね、ポーチで酒臭いいびきをかいて眠ってるというのがごくごく当たり前の光景だった。

 家族は報復の意味と意思を込めて父を一晩中ポーチに放置した。もちろん秋も冬もである。


 そんな春のある日、私は歩いて披露しない往復が可能な距離まで伸び切った我が家の土地の端くれで石を退ける作業をしていると(父が石塊が牛のための下生えの草の繁茂の一番妨げになると言ったからだ)一人の同世代の少年が目の前に立っていた。

 最初に書いてしまうが、この少年がニコラス・オハラハン、ニッキー・オハラハンである。

 世の中、どこでもそうなのだろうが、下には下がいることを誰もが気付き発見する。

 人生でほんの幾度かだろうが実は自分が少し恵まれているのではないか、とさえおもうときがある。

 私の場合、このニッキーをみたときがそうだった。

 それまで、私やクルツ家が一番この新大陸の西部で最も過酷な境遇と酷い仕打ちを受けて生活していると思っていたが、ニッキーは明らかに私以上だった。

 ニッキーは身長は私と同じぐらいだったが、やせ細り荒野のサボテンより細かった。そして今にも倒れそうだった。

 ニッキーは頭を丸刈りにされ、0.5インチほどの産毛のようなブロンドが頭にはびっしり生えていた。

 頬はこけ、細い手足はボロボロの衣服からにょきにょき生え出て相当幼い頃の服のまま放っておかれていた。

 その服もNYのスラム街やその他で知っていたが、何度も煮沸した衣類特有のひつれと皺があっちこっちに出来、衣服の生地そのものが叫び声を上げているようだった。その衣服によってニッキーの姿勢までもが歪められている気がした。

 クルツ家はどうにかぬけだしたが、ニッキーの家では、いまだにノミとシラミとの壮絶な戦いが続いている様子だった。

 靴はいたるところが避け千切れ、紐で靴底と足を結わえサンダルと化していた。

 春の日のカンカン照りの中、二人の少年は暫くの間向かい合ったまま無言で立ち尽くしていた。

 一番重要なことはこの少年は死んだ目をしていた。私も、その年齢までにニュー・スウォンジーの街で風呂に入り散髪をし主に髭を剃るのだが、食料品を買いだめする通過する荒くれ者たちをたくさん見ていた。

 一番覚えているのは、ドニントン兄弟に追われているという、賞金首のマーリン・<ジャグド・ナイフ>・ハサウェイだ。ジャノスの家が経営する雑貨屋の同じ棚の列に出くわしていた。背は天井につくかというほど恐ろしいほど高く、手に持てるだけの缶詰の豆を持っていた。そしてその目は死んだ目をしていた。私が魅入られたように荒くれ者のマーリンを見ているところを兄のローランドが隣の棚の列に私を引き込んだ。

 どうして死んだ目になるか私にはわかっていた。

 人は感受性を持って生まれる。だが、その感受性を超えた出来事が自分に関して起きすぎるとその感受性の目盛りをどんどん下げていかなければならないのだ。ウィスキ-を飲みすぎて吐いた、どうってことはない。人が目の前死んだ、どうってことはない虫なんてどこでも死んでいる。女を犯した、どうってことはない、女とやりたいのは男なら誰でもだ。みんな紳士とか言って気取っているだけだ。人をぶち殺した、どうってことはない、誰でもいつかは死ぬその手助けをしただけだ。数人に袋叩きにあった、どうってことはないみんなイライラしているものだ。

 それがいきすぎると結果死んだ目になる。ニッキーもそうらしい。

 そして、きっちり後述することになるが、ニッキーの目をこうしてしまった大きな原因が彼の父親にあった。

 そしてなぜかこの少年の頭上ではなぜか音がひゅんひゅん鳴っていた。私はニッキーのマーリンと同じ目に気を取られていて頭上のひゅんひゅん鳴る音にあまり注意を払わなかった。

 掛ける言葉がお互い見つからなかった。

 西部の鉄則でお互いの手に持っているものを安全保障のため最初に認識しあうというのがあるのだが、それは既に済んでいた。

 私は、両手ともになにも持っていない。さっき拾った石塊いしくれはもう投げたあとだった。

 ニッキーは右手になにかを持ってそれを頭上で回していた。それがひょんひゅん鳴っていたのだ。

 最初は、カウボーイがよく使う投げ縄かと思ったが、よく見るとそれは通称ダイヤモンドバックス、ガラガラヘビだった。ガラガラヘビはまだ生きていてシューシュー言っていた。ニッキーはそのガラガラヘビのしっぽを掴んで噛まれないように頭を先にしてぐるぐる回していたのだ。

 私は更にこの少年を警戒した。

 しばらくして二人が無言で立っているのも無駄だと認識した後


「ハウディ」


 と先にニッキーが言った。


「ハウディ」


 と私も言った。ここで、お互い右手を見せあい何も持っていなことで安全保障の条約が正式に結ばれて握手するのだが、子供はしない。


「ハウディ、きゃはは、おれ、ニッキー」


 ニッキーの顔は笑っていなかったが目は笑っていた。すこしヤバイやつではないかと私の警戒心が警報を鳴らしていた。


「おれリアン」


 私も名乗った。ニッキーはクルツ家のくるぶしほどの高さの石垣を尊重して越えずに立っていた。

 

「悪いけどさ、うちのほうに石投げないでくれる?きゃはは」

「うちってどこ?」

「あっち」


 ニッキーはうちと反対側のほうを指さしていった。

 私はニッキーが指さしたほうを見たがなにもなかった。見える範囲には。


「親父に言われてそれ言いに来ただけ、きゃはは」


 要望されると至極真っ当な要望である。どうやらこのニッキーなる少年は隣の子供らしい。

 私は少し困った顔をしていたらしい。

 ニッキーは私を見るやとっさに言った。


「親父にはわかんないから別にいいけど、俺が言ったことにしといてくれればいいかた。じゃあ、きゃははは」

 

 そう言うと、ニッキーはきびすをかえしてなにもない、さっき指さした方向目指しててくてく歩いて帰りだした。

 私は本当にそこにニッキーの家があるのか訝ってじっとニッキーの後ろ姿を眺めていたが足は決して陣地でもあるクルツ家の石垣を越えて進もうとはしなかった。

 しかし、バカバカしくてやめた見えないものは見えないのである。見えないところからやってきて、見えないところまで歩いて帰るこの少年が信じられなかった。


 これが私の紛うことなき、ニッキー・オハラハンとの最初の出会いである。


 私は、陽炎に消えゆくニッキーをしばらく見ていたが、石塊をオハラハン家の土地に投げるのはニッキーがうちの石垣を尊重したように尊重してやめて、石垣に積み足しだした。

 石垣は更に高くなるし石塊が少なければ父が言う通り牛用の下生えの草が伸びるのならいう事なしだった。


 

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