24話「悲観的な計画と楽観的な実行を」
改めて、本日中に皆が集めた『エルに関する情報』を共有することにした勇者一行。
部屋には椅子が二脚とテーブルが一卓しかないため、ヴィーレとカズヤは一台のベッドに並んで座り、反対側のベッドにイズとネメスが腰かける。
お互いに向かい合うような形だ。
「それで、何か有効な証言はあったの? どうでもいい事だけど、私の方では、エルって奴がだらしない男というのが判明しただけだったわよ」
水色の湿った髪を後ろにまとめながら、イズは報告してくれる。
「僕の方でも役立ちそうな情報は手に入らなかったよ。エルは独り暮らしで、最近この村へ引っ越してきたみたいみたいだ。家族が村にいないから、そもそも彼を知ってる人自体が少なかった印象だな~」
カズヤは一日を振り返るように目線を上に向け、そう答えた。
無論、本日のヴィーレは、ほとんど聞き込みに時間を費やしていない。
つまり、調査にあたった三人全員が、ろくにエルの居場所を絞れていないということになる。
(まあ、そう簡単に分かるんなら苦労はしないよな)
けれどヴィーレは、他の二人が情報を仕入れてくるのは無理だろうと、最初から予見していた。
今日はネメスを仲間にするためだけに探索させたようなものだし、別に彼はそれを気にしない。
そもそも、エルの居場所をこの時点で知ることができるのは、時間遡行をしている勇者以外にいるはずがないのだ。
だからヴィーレは芝居を打った。
できるだけ自然に、怪しまれぬよう、あらかじめ記憶しておいた台詞を読み上げる。
「俺の聞いた限りじゃ、エルに関する証言は一つしかなかった」
「私達のと似たような話ならわざわざ伝えてくる必要はないわよ……」
「戦いが終わった後、村の外で負傷者や死亡者がいないか見てまわっていた衛兵達の話だ。『短い金髪で青い瞳をした青年』が、戦いの後に旅支度をして、ユーダンクの方へと駆けていくのを目撃したってよ」
「短い金髪で青い瞳の青年……。君が教えてくれた、エルって人の特徴って『金髪碧眼の若い男性』だったっけ?」
「めちゃくちゃクリティカルなヒントじゃないの!」
カズヤの台詞を聞いたイズは、カッと目を見開いてこちらへツッコミを入れてくる。
「ああ。もしその金髪男が俺達の探しているエルなら、アイツは今現在、俺達の暮らしていた町にいるってことになる」
「なるほど……。要するに、私達はすれ違いをしていたってことね」
肺の空気をゼロにする勢いで深く深く嘆息するイズ。
「まあ、居場所を突き止められただけまだマシだわ。本当は急ぎたいところだけど、もう夜も遅いし、ユーダンクへ戻るのは明日にしましょう」
「そうだな。今日はもう休もうか」
既におねむなネメスを気遣ったのか、イズは「今からでも行こう」とは告げなかった。
(保護対象ネメスのおかげで、我がパーティーの問題児がすごく大人しい……。これが世間一般に言う『抑止力』というものか)
勇者は懲りもせず内心で賢者をイジって遊んでいる。
こういう軽口がうっかり声に出て、先ほどのような争いが始まるのだ。
「えっと……ヴィーレさん達は、エルって人を探しているんですか?」
そこで、皆の会議に黙々と耳を傾けていただけだったネメスが初めて口を開いた。
彼女は一連の会話を聞いていたものの、いまいち状況が把握できてないようだ。他の三人の顔を見回して遠慮がちに尋ねてくる。
(そういえば、魔王を退治する途中でこの村に立ち寄ったということしか、まだ教えていないもんな)
昼時に公園で交わした会話を思い返すヴィーレ。
よくよく考えてみると、エルの件について全く知らされていないネメスからすれば、先の話もチンプンカンプンな内容だったろう。
「よーし。説明しよう」
ヴィーレはベッドから立ち上がると、皆の注目を集めながら、室内をぐるぐると歩き始めた。
「さしあたっての目標は『仲間を集める』ことだ。ユーダンクに急行したエル・パトラーを追いかけ、可及的速やかに合流する」
「この村の倍の面積と五倍の人口を有する王都で、人間たった一人の居所をどうやって探し出すの。またすれ違うのは勘弁願うわよ。計画のない目標はただの願い事にすぎないわ」
「辛口なお嬢様ならそう言うだろうと思って、プランはあらかじめ十六通り考えてある。これ以上いたずらに出発を遅らせはしないさ」
イズに横槍を入れられたが、ヴィーレはカウンターを入れるようにすかさず返答する。
ついでにプランを書き記したメモも彼女の目の前に提出してあげた。
「浮かんだ想定外は全て潰しておいたよ。足りないなりに頭を絞ってな」
彼はイズがメモに目を通しだしたのを確認してから再び足を動かした。
ベッドから一定の距離をとったところで、華麗にターンを決め、仲間達と正対する。
「作戦遂行にあたっては、『悲観的な計画』と『楽観的な実行』を……。鉄則は心得ている。後はやるだけだ」
ピシッと背筋を伸ばして、リーダーらしく告げるヴィーレ。
ネメスの前だからか、振る舞いにちょっぴり格好つけが入っている。彼も無意識にお兄さんの皮を被っているようだった。
そんな勇者を横目に、カズヤは柔和に微笑んで少女へ尋ねる。
「今ので分かった? ネメス」
「うーん。理解できたような……できていないような……?」
それは絶対に理解できていない者の答え方だった。
事の
せっかく虚飾で彩ったのに、何もかもが空回りに終止していた。
「この後、ちゃんと私が一から全部説明してあげるわ」
機を得たりとばかりに会話に入ってきたイズは、我が子に言い聞かすような甘い声でネメスにそう囁いた。
ついでに片手は少女の頭を優しく撫でている。
(あれれ、多重人格者かな? 凶暴な方の人格どこにやったの)
一方で、毒舌賢者の凄まじい変わりっぷりを改めて目撃させられたヴィーレとカズヤは、彼女に対してほとんど同じような無礼思考をしていたのだった。
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