Monitoring Dungeon〜ダンジョン攻略?いえいえ、見てるだけですよ〜

三羽 鴉

序章

第1話 ダンジョン経営始めました

 クレイド国立公園の西に、大きな渓谷があった。

 谷の真ん中に一本の街道が通っており、時折行商人や旅人達が通り抜ける。


 渓谷には何もなく、自然が作り上げたその巨大さは人々を畏怖させる力を秘めていた。

 その何とも言えない迫力を前に、渓谷で休息をとる者も少ない。


 そんな渓谷の岩肌に隠れて、一人の少年が暮らしていた。







 僕は今ダンジョンを作っている。

 人里離れた渓谷にこもって、半年程前からせっせと作り続けてきた。


 中学生の頃、僕は病気で死んだはずなんだけど。気がついたらこの世界で赤ちゃんの姿になっていた。

 ベッドの上で過ごす、病弱だったあの頃とは違う健康な身体。異世界だって関係ない、僕は外の世界が見てみたかった。

 特別な力なんてなかったけど、健康な身体を得られただけで十分だった。

 はやる気持ちに駆り立てられ、十六歳になって一人前の大人と認められてからすぐに家を飛び出した。

 までは良かったのだけど、無計画だったので二ヶ月ほどで金銭がほとんど底をついてしまった。

 

 日雇いの仕事を探してなんとか食いつないできたけど、そろそろ本気でまずいと思った。

 そんな時、ふと親父が言っていた話を思い出した。

 

『テト、金がなくなったらダンジョンへ行け!

 あそこは宝の宝庫だ。

 宝箱は無くても入って死んだ冒険者の遺品がわんさか転がってるぞ?

 父さんも昔はダンジョンで荒稼ぎしたもんだ。』

 

 それは墓荒らしと同じだよ?とあまり真面目には聞いていなかったが、ここに来てその話を思い出した。

 親父の話も案外役に立つかもしれないと思いダンジョンに入ってみたけど、10分と持たずに逃げ帰った。

 

 あれは一般人の入る場所じゃない。

 よくわからないトラップがあったり、魔物がうろついていたり、兎に角まともな場所じゃなかった。

 お宝を探し出す前に確実に天に召される。

 

 そんなとき、ふと自分のスキルを思い出した。

 16歳で成人するときに神から一つスキルを授かるのだが、微妙なスキルだったので余り使っていなかったのだ。

 

 僕が授かったスキルは《クリエイト》という創作スキル。

 名前の通り物を作るスキルだ。

 職人になるつもりは毛頭無かったので、無駄なスキルだと思っていた。

 

 しかし背に腹は変えられない。

 まず試しに皿や茶碗を作って売ってみたが、売れ行きはイマイチだった。

 元々美的センスが無かった僕には、評価を得られる物作りなんて無理だった。

 

 それに、物を作るにも材料がいる。

 作って運ぶことも、運んでから作ることもなかなか容易では無かった。

 

 寝床すら確保できなくなってしまい、町から離れた渓谷を寝ぐらにしていた。

 近くに小さな川があったし、食料も木の実や魚を食べてなんとか凌いでいたのだが、夜風は冷たかった。


 何気なく《クリエイト》で渓谷の岩肌に部屋を作れないかと試してみたところ、真四角の部屋を作ることに成功した。

 

 部屋の作られた部分にあった岩が何処へ消えたのか謎だったが、別の物でも試してみてはっきりとした。

 

 どうやらこのスキルは仮想の空間を作り出すことができるようだった。

 人の横幅ほどしか無いような岩にも、入り口を潜るとあり得ない面積の部屋を作り出せたのだ。

 

 この時、ダンジョンを自分で作る事が頭に浮かんだ。それから半年、僕はせっせとダンジョンを作っている。

 

 勿論お宝なんて何もない。

 僕が欲しているのは冒険者のおこぼれだ。

 物珍しく入ってきた冒険者の落し物や、倒された魔物から取れる素材。

 そう言ったものを売ってお金にしようと考えている。

 

 だから、ダンジョンを作る上で最も大変だったのは魔物だ。

 トラップは自分で作る事ができるが、流石に魔物はそうもいかなかった。

 

 幸いなのは、作った空間同士を強制的につなげる事が出来たこと。

 仮想空間であるため入り口さえ作ればそれ以上の場所を必要としない事だ。

 

 まずは弱そうな魔物を落とし穴の様に作った入り口から仮想空間へ落として、ダンジョンの任意の階層へ送る。

 自分で倒すことは出来ないが、ダンジョンに魔物を配置する事が目的なので問題ない。

 

 魔物がダンジョンでも生息できるように、住んでいる環境に似せた空間を作成する事にも成功した。

  

 ダンジョンの構造や魔物の種類、強度やトラップの種類など、こだわり出したらきりが無かった。

 

 ほぼ無一文の自給自足に慣れ始めた今日この頃だけど、とうとう完成が間近だ。

 

 あとはボスとも呼ぶべき存在を、幾らか配置できればダンジョンは完成する。

 

「行きますか・・・。」

 

 僕は意を決して最期の仕上げに取り掛かった。

 

 これからするのはドラゴンの捕獲だ。

 約4ヶ月の月日をかけて、僕はドラゴンが住んでいるという火山を踏破した。

 進んでは空間を作ってダンジョンに戻るを繰り返し、半月前にようやくドラゴンの巣穴までたどり着いたのだ。

 それからドラゴンの定位置を突き止め、留守を狙ってそこへダンジョンの入り口を作った。

 

 戦闘能力なんてからっきしな僕にはそれはもう死にものぐるいの4ヶ月だった。

 半月かけて調査したので、おそらく今の時間帯なら巣穴で眠っているはずだ。

 

 ドラゴンの住むダンジョンの階層もそれらしい作りにしておいたし、この作業を終えたら僕のダンジョンがほぼ完成する。

 

 ドラゴンをダンジョンの入り口に突き落とすためには、一度向こうから入り口を開かなければならない。

 

 僕がいる場所へと繋がるので、此方の方から開いてしまうとここへドラゴンが降ってくることになる。

 

 それはちょっと勘弁してもらいたいので、向こうへ出向いていかなければ・・・。

 怖いけど。

  

 勇気を振り絞ってドラゴンの寝ているであろう巣穴の中へとダンジョンの入り口を開いた。

 

 恐る恐る顔を覗かせると、予想通りドラゴンが眠っている。

 そーっと、足音を立てないように近づく。

 

 もう少し・・・

 

 あと、ちょっと・・・・・・。


 ドラゴンの足元へと届きそうな距離までやってきた。


『何者だ。』

 

 急に頭の中に声が響いてきた、慌てて辺りを見渡すけど僕とドラゴン以外は他に見当たらない。

  

 そう、僕とドラゴンだけ。

 

 ドラゴンだけ?

 

 まさかと思って恐怖に顔を固めてドラゴンの方を向くと、その大きな瞳を見開いて此方を見つめていた。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああ」

 

『何だお前か、最近うろうろしていた人間の子供ではないか。』

「うぎゃああああああああああああ」

 

『五月蝿い!』

「はい!!」

 

 もう恐怖で頭が上手く回らないが、どうやら前から見つかっていたようだ。

 それでもこれ以上ドラゴンを怒らせたくはないので、開いた口を両手で覆ってすぐに閉じた。

 でも見つかった時点でゲームオーバーなんですよね、分かってます。

 調子に乗ってこんな所に来てしまった僕が悪いんですから。

 僕はそういう運命だったんです。

 

『お前のような弱者をとって食ったりせんから、少し落ち着け。

 何用でここへ来た?』

 

 あ、あれ?

 学校で教わったドラゴンは恐怖の象徴だったはず。

 残虐非道で人間を喰らうと教えられた。

 

 なんだかこのドラゴンさん、教えと違ってとっても優しいですけど。

 でも嘘かもしれないよね?


 騙して安心したところを襲う気だ!

 絶対そうだ、なんて非道な!!

 

「僕は道に迷っただけで・・・。」

『分かりきった嘘を付くな。』

 

「ドラゴンを見てみたくて。」

『我ほどになると瞳を見れば嘘だとわかるぞ?次に嘘をつけばどうなっても文句は言わせん。』

 

 怖いぃぃぃ!!

 やっぱり襲うんじゃないか!

 もう、終わりなんですかね?

 

「実は・・・。貴方を勧誘にきたんです。」

『・・・ほう。』

 

 僕は自分の壮大な計画をドラゴンに語った。

 ドラゴンに、作ったダンジョンのボスになってほしいと。

 ここで死ぬにしても、断られても、最後まで足掻かなければ僕の半年は無意味に終わってしまう。

 死なずに逃げ延びることを前提に、僕はダンジョンの新しいプランを立て始めた。

 

 無駄かもしれないけど、もし生きて帰れたらもうこんな無茶はやめよう。

 

『面白い!

 そのダンジョンのボスとやら、我が引き受けてやろう。』

 

 そう、ダンジョンのボスを引き受けてやろう。

 

「はい?今なんて!?」

 

 聞き間違いじゃないですか!?

 

『だから、ダンジョンのボスとやらを引き受けてやると言ったのだ。

 我も長いこと生きているが、最近面白味が無くて退屈しておったのだ。

 退屈しのぎにしては面白そうな話だ。』

 

 なんということでしょう。

 死亡フラグが飛んで行ったどころか、プランの立て直しも必要ありませんでした。

 

 まさか自ら志願していただけるとは。

 世界は広く、深いですね。

 

「ありがとうございましゅ。」

 

 緊張しすぎて最後に噛んでしまったけど、こうして僕のダンジョンに最強のボスが誕生しました。

  

 半年かけてせっせと作った甲斐があった。

 

『して、我も出番が来るまでダンジョンの様子を伺いたいのだが、可能か?』

 

「多分できますよ。管理室を作って、そこで各階層をモニターする予定ですから。

 ドラゴンさんはちょっと大き過ぎるので、管理室を作り直さなきゃいけませんけどね。」

 

 それくらいなら直ぐにでもできる。

 自分用に作ったので割と小さめの部屋だったけど、ドラゴンに殺されない為を思うとなんて事ない改造だ。

 

『それなら良い。我をそこへ連れて行け。』

「では、ちょっと作り直してきますんで、少し待ってて下さい。」

 

 僕はそそくさとダンジョンに戻って、管理室をだだっ広く作り直した。

 空間を拡張するだけなので直ぐに終わった。

 

 うん、何もない真っ白な空間だ。

 シンプルイズベスト。

 

 それからドラゴンを作り直した管理室へと連れてきた。

 

 ドラゴンは此方の希望を知ってか何匹か魔物を連れてきてくれていた。

 それも滅多にお目にかかれない様な強敵ばかりだが、皆ドラゴンに怯えて縮こまっている。

 

 僕はありがたくそれらの魔物を中ボスとしてダンジョンの階層に送り込んだ。

 ドラゴンからそれらの魔物の生息域を教えてもらって、住みやすい様にするのも忘れない。

 

 こうして全ての準備が整ったので、ダンジョンの入り口を僕が寝ぐらにしていた渓谷の岩肌に出現させた。

 勿論、人目に付きやすいように街道沿いの岩肌に設置した。

 

 こうして、お宝なんて何もない。

 ただ魔物とトラップ、そしてドラゴンが待ち構えているだけのダンジョンが完成した。

 

 今日から僕は、物好きなドラゴンと一緒にダンジョン経営を始めました。

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