第3話 精神異常の根野菜と精神異常の女戦神

 マンドラゴラ。

 主にサルディア皇国・バルラ帝国を原産とするナス科マンドラゴラ属の根野菜である。

 見た目は一般的なニンジンに似ているが、性質は凶暴・・狂気的・・・とも言われる。


「ほぉん、これが噂の・・マンドラゴラか」

「地中に埋まっている先端部は二つの足のように見え、唯一地中から少しだけ見える部分は人の顔のようにも見える。正真正銘のマンドラゴラですよ、はい」

「あれだ、引き抜くときは犬を使えばいいってやつだろう? 確か」

「そう……ですね。一般的にマンドラゴラは、地中から引き抜く際に奇声を上げるとされていますよね。聞くところによれば、この世の物とは思えない叫び声で、聞いた者を軒並み精神異常に追い込むんだとか」

「ほぅ、こんなちんちくりんがねぇ」


 カウンター越しの小さな台に置かれたそれは、辛うじて土に埋まっている。

 ――というか、土ごと掘り起こしてシルファが持ってきた、というのが正しいだろう。

 ピンピンと、茎の部分を手で弾いてみるもそのような不気味なことをしでかすとは到底思えない。


「引き抜いてからは鮮度が命と、そうクルトさんがおっしゃるのでこのままでしたが。マンドラゴラをどこかに縛っておいて、犬に引っ張ってもらうのが一般的ですがクルトさん、犬など飼ってらっしゃいましたっけ?」

「ご飯処でそんなの飼えるわけないだろう。あれ、ホントにどうするよこれ。持ってきてもらったはいいが調理手段がないぞ……?」


 調理するには独特の技術がいるとされるマンドラゴラを前に、二人の間に沈黙が走る。

 包丁を手に取るクルトの手に汗が滲んだ。


「それなら、私がクルトさんの耳を塞いでおきますよ。それなら、クルトさんもマンドラゴラの奇声を聞かずに調理が出来ます!」

「おいおい待て待て、それじゃシルファさん。アンタの精神とやらが蝕まれるんじゃないのか?」

「ふふん。伊達に戦場を血塗れになりながら駆け巡っていません! 戦場に転がる重体兵士たちの断末魔と比べれば、これくらい何ってことありませんよ?」

「ナチュラルサイコかアンタは」


 自信良く胸をどーんと叩いたシルファは、太陽のような笑みを浮かべた。 

 暖色系の光になびいた金髪がふわりと揺れた。

 カウンターから身を乗り出して、真剣な眼差しをしてシルファはクルトの両耳を、両手で覆った。

 クルトの耳に、柔らかな少女の手が覆い被さっている。

 思わず顔が熱くなるのを感じてしまっていた。


「ほら、これで大丈夫。ちゃっちゃとやっちゃってください!」

「いや、だから――」

「お客さんを待たせるのは、ご飯処としてどうなんでしょうか、ねークルトさん?」

「……むぅ」


 ごもっともなシルファの物言いに、ついに根負けしたクルトは仕方ないと言った様子でシルファの両手を受け入れた。


「よろしい」


 にっこりと笑うシルファ。

 ぐっと押し込んだ彼女の手の平から、トクンと小さな鼓動が感じられた。


 台の上に乗せられたマンドラゴラ。

 クルトは、包丁を手に一気にその根菜を引き抜いた。


『~~~ォァアァァァァァァァ゛ァ゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!』


 マンドラゴラが叫んでいるらしいが、耳をシルファに閉じられていたクルトには何も聞こえなくなっていた。

 むしろ、このとてつもなく恐ろしく、悍ましいであろう声を聞いているはずのシルファがわくわくしながら食材を見つめていることに恐怖を感じるまであった。


「本当、とんだ客が来たもんだ」


 ふっと笑いながら、クルトはひと思いにマンドラゴラの茎の部分に包丁を入れた。

 

『ァァァ゛ァ゛ア゛ア……ァ゛……』


 プツッと。

 息を消したマンドラゴラの奇声を聞き届けたシルファが、クルトから手を放して食材を見つける。


「お見事です、マスター!」

「調子がいいもんだな。んで、精神とやらは崩壊してないのか?」

「ご覧の通り、ばっちしです!」


 ふんすと鼻息荒く無い力こぶをつくったシルファは、笑顔で返した。

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