第433話 エクストリーム鬼ごっこ、地獄の二丁目

『どうでい? 中々のもンだろ? オレがいると何かと便利なンだぜ?』

「中々どころか凄く助かりました! ありがとう!!」


 ふふんって感じで、ピヨちゃんが胸を張る。

 元々ひよこの胸って張ってるから、視覚的には解んないんだけど、多分張ってる感じ。

 洞窟の最奥にはまだ到達しない。

 紅のプシュケはラーラさんに泥を付けた後、レグルスくんと統理殿下に合流させた。それを通して様子を見るに、まだロマノフ先生は来てないみたい。

 二人は紡くんと同じく真正面からロマノフ先生に挑むつもりなのだろうけど、ロマノフ先生はそう言うタイプじゃない。

 あの人は必要なら搦め手を使う事を厭わない人だ。騎士道だの正々堂々だの、まるっきり興味ない感じの。

 という訳だから、私は私でプシュケでレグルスくんと統理殿下の周りに障壁を張る。

 一応、ラーラさんの豪雨のような矢の……泥の襲撃にも耐えられたやつだ。それと同規模程度なら余裕はある。

 でも先生の事だから、それだって多分読まれてるだろう。

 一方、紡くんとラシードさんのところはほんわかしていた。

 どうも大根先生が手加減してくれているようで、ラシードさんが真正面切っていなせるくらいの魔術で応戦してるみたい。

 紡くんもスリングの礫を大根先生に飛ばしているみたいだけど、これはこれで弾かれて次々大根先生の足元に落ちて行った。


『つむ君、スリングショットは隠れて撃った方が効率的じゃないかね?』

『そうとおもいます。でもかくれるとこがあるばっかりじゃないから』

『ふむ、たしかにそうだな。スリングショットの威力は申し分ないとは思うよ。だがそれだけでは……』


 大根先生が首を捻る気配がする。

 いや、プシュケが送って来た映像でも首を傾げていた。

 これでは及第点はあげられない。

 そう言う雰囲気が大根先生からは漂っていた。けれど、紡くんの方はちょっと違うようで。

 礫が五つほど大根先生の足元に落ちた時だった。


『ラシードにいちゃん!』

『おう!』


 紡くんの声にこたえて、ラシードさんが鞭に風の魔力を乗せて奮うと小型の竜巻が出来る。

 それを魔力で打ち消そうとした大根先生の足元に目がけ、紡くんが魔力を乗せた礫を打ち込んだ。

 大根先生が僅かに眉を動かす。足元の土が大きく陥没したからだ。しかし、大根先生は余裕でそれを躱す。

 が、飛んだ先には見るからに怪しい土を埋めた跡があって。

 大根先生はそれも避けて華麗に着地しようとしたが、その爪先が地面に触れた刹那。その足元を狙ってラシードさんが氷の魔術を放つ。

 足を氷つかせるつもりだったのだろう。けれど即座に大根先生が炎の魔術で氷を解かす。

 連携的には良いと思う。問題は相手の力量が遥かに上だった事だ。

 そんな風に思っていると、大きな石が大根先生の足元へと落ちる。当然大きいから飛んでいくスピードは遅い。

 難なく大根先生はそれを避け、石はびちゃんっと音を立てて地面に落ちた。びちゃん?


『あ』


 大根先生が目を丸くする。

 足元の地面がぬかるんでいて、石がそこに落ちたお蔭で泥が撥ね、大根先生の服の裾を汚したのだ。どうも、さっき氷の魔術を炎の魔術で相殺した時に、泥濘が出来るくらいの氷をラシードさんはぶつけてたみたい。


『俺らは泥を補充しても良いんだったら、これだってありですよね!』

『あ、ああ。そうなる、だろうな』

『やったー!!』

『よっしゃぁっ!!』


 万歳三唱するラシードさんと紡くんがプシュケに映る。

 呆気ない幕引きだけど、それだけに衝撃が大きい。大根先生もそうだったんだろうが、こっちもかなり驚いた。だって一番小さい紡くんが、大賢者様に土をつけたんだもん。

 大根先生が嬉しそうに笑った。


『お見事。この作戦を考えたのは?』

『つむだよ。俺は乗っただけ』


 ラシードさんの言葉に紡くんがはにかむ。


『だいこんせんせいは、おとしあなもまじゅつもぜんぶわかるとおもって』

『なるほど。魔術をぶつければそれを返してくるのも読まれていたか。素晴らしい』


 大根先生は大きく息を吐くと、パチパチと拍手した。

 褒められた紡くんは、けれど凄く真面目に表情を作る。


『だいこんせんせい。つむ、せんせいとフィールドワークいきたいです!』


 大きな声で言うと、紡くんはぺこりと頭を下げる。つられてラシードさんも頭を下げた。

 その言葉に大らかに大根先生は手を上げる。


『そうさな。ご両親に許可をいただくとしよう。今度ご挨拶に伺おうか』


 穏やかな声に紡くんとラシードさんから歓声があがった。良かったなぁ。

 と、感動していると背中に悪寒が走る。

 何か考える間もなく、べしょっと紡くんとラシードさんの喜んでる背中に泥がぶつかった。

 唖然としていると、遥か遠くのラシードさんや紡くん、大根先生のいる場所を見渡せる丘にロマノフ先生がいて。

 プシュケでも捉えるのが難しい位置から、ロマノフ先生は二人の背中に泥団子を命中させたようだ。

 うせやん……!?

 ジャイアントキリングの余韻に浸る間もなく、紡くんとラシードさんが脱落だ。エグい。

 という訳で、二人は大根先生と一緒にリタイア。

 残りは私とレグルスくんと統理殿下、鬼はロマノフ先生とヴィクトルさんだ。

 人数的にはこっちが多いけど、戦力的には圧倒的にアッチが上。いかに普段手加減されてたかが解るってもんだよ。

 しかもさっきのロマノフ先生ときたら。

 アレ絶対遠くから見守ってて、二人の気が抜ける瞬間を完全に狙ってたやつだ。エグすぎる。

 まだまだ洞窟は続く。

 一体どこまで続くんだよ、これ。一応モンスターはいないとは聞いているけれど……。

 ラシードさんと紡くんに着けていた蒼と銀のプシュケは、蒼はレグルスくんと統理殿下のところに行かせて、銀は迂闊に戻せないからふよふよと上空に浮かせておく。

 何かあったら私のところに戻すか、レグルスくんと統理殿下のところに行かせるのも良いだろう。

 そうこうしているうちに、洞窟の外がようやく見えて来た。

 どうもこの洞窟は小山を一つ貫通するものだったみたい。

 ちょっと閉塞感があったので小走りに洞窟を抜けようとする。

 洞窟の外は木々が生い茂っていて隠れるところには困らなさそうだ。そんな事を考えて足元が疎かになっていたんだろう。

 スカッと踏み出した足が地面を捉え損なった。だけでなく、周りとかなり高低差があったようで、うっかり勇み足の私はそれに気が付いていなかったのだ。


「ぎゃぁぁぁぁ!?」


 おーちーるー!?

 木が邪魔になって地面が見えない。咄嗟に目を瞑りつつ風の魔術で落ちた時の衝撃を和らげようとすると、地面と葉っぱの間に金の糸みたいなものが見えた。

 そして何か柔いものにぶつかったなと感じたと同時に「ぐぇ!?」っとカエルを潰したような声がして。

 

「ひぇ!? なに!?」


 柔らかいって言ってもぶつかったんだから、それなりに痛い。でも地面に叩きつけられた訳じゃなさそうで、固く閉じていた瞼をゆっくり開ける。するとお尻の下に金髪の人が。

 そっと窺い見ると、私の下でヴィクトルさんが倒れていた。

 状況が飲み込めない。でもチャンスだから、持っていた泥団子をヴィクトルさんの背中にぶつけておく。

 ヴィクトルさんはその感触に、私の下で呻いた。


「うぅ……」

「ヴィクトルさん、大丈夫です?」

「あーたん!?」

「はい」


 背中に私が乗ってるせいか、顔を途中までしか上げられないようで、私は慌ててヴィクトルさんの上から退く。

 背中が軽くなったヴィクトルさんは、ノロノロと起き上がってその場に座り込んだ。


「いきなり空から奇襲とか、あーたんもやるねぇ……」

「あ、いや、落ちた所にヴィクトルさんがいたというか?」


 そう言って上を指し示す。そこには私が抜けて来た洞窟が口を開けていた。さほど高い位置ではなく、地面からヴィクトルさんの頭付近の高さくらいか。

 どうも断崖に続く洞窟だったようで、勇み足で確認せずに落ちたと説明すると、ヴィクトルさんが苦く笑う。


「危ないよ、ちゃんと確認しないと」

「はい。今、そう思いました」


 でも、勝ちは勝ちですんで。

 偶然に助けられながらも、鬼はあと一人になった。

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