第389話 魔物解剖教室 前期

 買い食いを満喫した後、私達はリュウモドキの解体・解剖の準備が出来たというので、冒険者ギルドに戻って来た。

 準備というのは空飛ぶ城に置いている、フェーリクスさんの解剖用具を取りに行くことで、フェーリクスさんが戻って来たのだ。

 場所は冒険者ギルドの解体部で、通常はここで職人さんがお肉と皮・骨・内臓を分けて買取や処分を行っているという。

 雰囲気的には前世の病院の手術室っぽい。テレビで見てただけで、入った事ないけど。

 中央には大きくて広いテーブルが置いてあって、倒したリュウモドキはロマノフ先生のマジックバックから移されてる。

 解剖の見学をするのは、私とレグルスくん、ロマノフ先生と二人の皇子殿下、奏くん紡くん兄弟、ラシードさんだ。

 アンジェちゃんとゾフィー嬢は解剖を見学しない代わりに、ブラダマンテさんの孤児院で奉仕活動をするんだって。

 いうても、さっき食べた焼き菓子造りを一緒にするそうだ。

 ヴィクトルさんもラーラさんもそちらの護衛に回ってくれている。


「さて、始めようか」

「お願いしやす!」


 フェーリクスさんの声に反応したのが、いつも解体を担当してくれてる職人さん。めっちゃ美人のお姉さん・カタリナさん。

 緑色の髪の毛を縛り上げて邪魔にならないようにしつつ、ツナギ着てエプロンをかけて、首からタオル。

 フェーリクスさんは白衣に白い布で髪の毛と鼻から下を覆った、本当に前世の手術する時のお医者さんスタイル。

 それともう一人、見覚えのない女の人っていうか、女の子がフェーリクスさんと同じ格好で道具の準備をしていた。

 誰かというと、フェーリクスさんのいつ来るか解らないお弟子さんの一人だそうな。

 空飛ぶ城に道具を取りに帰った時に、丁度良く菊乃井の屋敷にやって来たんだって。それを拾って早速助手として連れて来たんだから、フェーリクスさん強い。


「うち、いきなり手伝え言われて『マジか?』って感じなんですけどぉ。ごりょーしゅサマにも挨拶してないし、怒られたらししょーのせいだかんね!」

「大丈夫だ。ご領主なら、ここにおられる」


 そう言ってフェーリクスさんが私の方に顔を向ける。なので簡単に挨拶して自己紹介すれば、女の子の目が点になった。


「ヤバい……可愛すぎん? え? 可愛すぎん?」


 何で二回言ったし。

 モジモジしつつ、彼女がぺこんと頭を下げた。


「えーっと。あの、うち、董子(すみれこ)っていいます。今日、菊乃井に引っ越してきました! もっと美味しくて栄養のある食材を作るための品種改良や、美味しくご飯を食べて健康でいるための食品の研究をしてます!」

「あ、はい。品種改良はうちも研究が必要だと思ってた分野なので、よろしくお願いします」

「う、あ、はい! お金にはなりにくいですが、その、成功すれば取り返しが効くので……」

「研究にお金が掛かるのは当たり前の事です。その分は何とかしますから、領民に、ひいては全世界に美味しくて栄養価の高い物を届けられるよう、頑張ってください。美味しく食べて健康的って、凄くいい事じゃないですか!」

「ふぁい! 頑張ります!」


 董子さんに手を差し出せば、おずおずと握り返してくれた。

 けど、積もる話は後回し。

 今はリュウモドキの解剖が先だ。

 フェーリクスさんが董子さんにメモを取らせつつ、カタリナさんにリュウモドキの部位の名称を教えていく。

 まず頭部。使えるものは目玉と骨と牙と舌、それから脳みそ。

 目玉と脳みそはそれぞれ薬になるそうなので、傷つけないように取り外さないといけない。

 まずはメスやナイフを入れるために、全身の滑りを取る。

 これはダンジョンでも教えてくれたように、沸騰したお湯をぶっかければいい。そうするとすぐに滑りが取れた。

 頭部の皮は脳天からナイフやメスを入れるから、使い物にならない。でも胴体の皮は、滑りさえ取れれば、流石ドラゴンだけあって良質な軽鎧の材料になるそうだ。

 なので頭と胴体をまず退化した逆鱗を目安に切り離す。

 退化した逆鱗ってのは、リュウモドキには基本鱗ってないんだけど、頭部のやや下あたりに一枚だけ逆さに生えた小さな鱗っぽいものがあるんだよ。鱗っぽいだけで、実際は皮の模様みたいなもの。

 骨も鎧や武器の材料に使えるらしいけど、大概は骨格をそのまま調度品にするとか。

 貴族が珍しがって買うらしいけど、家に骨格標本飾りたいっていう人の趣は正直理解できない。

 ただ今回はひょっとすると菊乃井の冒険者ギルドの調度品になるかも。

 冒険者ギルドの箔付けのために、その土地で倒された大物モンスターのはく製や、ダンジョンから出た宝物を飾っておくことがあるそうだ。

 もし飾るんだったらローランさんが私の名前で飾るとか言ってたから、せめてフォルティスのパーティーネームにしてくれって頼んでおいた。

 頭部の骨もゆっくりと外して、脳みそと目玉をそれぞれ時間停止魔術のかかった瓶へと入れる。

 骨から外した顔の肉は食べられるそうなので、それも専用の冷蔵庫に保管。

 次は胴体。

 腹開きか背開きかでフェーリクスさんとカタリナさんが協議した結果、今回は腹開きになった。

 取り外した内臓だけど、心臓・肝臓・腎臓・膵臓・脾臓・血液、これら全ては薬の材料行きの予定。

 心臓は特に不老長寿の薬の材料となるって古文書に乗ってるらしい。フェーリクスさんからも研究材料に少し分けてほしいって申し入れがあったので、そのように。他の部位に関しても、研究に使う分は好きなように取り分けてもらうことになってる。

 胃や腸は丈夫な紐や袋の原材料になるそうで、ドラゴンの腸の紐で弦を仕立てたハープやリューとはどこぞの王家の秘宝だった筈だ。

 胴体にくっついてるお肉も勿論食べられる。

 前脚上部の三角形の塊と、どこからなのか解んない腰の上部の内側、その更に上質な脂の程よく乗った柔そうなところ、後脚の内側の程よい赤身、あとは肋骨当たり。

 その辺のお肉を多めに貰って、他は全て皆領民へと振舞う。

 尻尾も煮込むと凄く美味しいスープになるようで、それも料理長が煮込んで必要分を取り分けた後、領民に炊き出しとして振舞われるそうだ。

 当面美味しいモノには事欠かない。

 流石ドラゴン、捨てるところが全くなさそうだ。

 フェーリクスさんの解説を聞きながら、解剖されていくリュウモドキの姿は何だか凄く立派な生き物に見えるから不思議。

 いや、生き物は並べて尊いんだよ。他の命を踏み台に生きて、誰かの命の踏み台になって消えるんだから。

 感慨深く見守っていると、同じく見守っていた皇子兄弟が難しい顔をしているのに、ふと気が付いた。


「どうしたんです?」

「いや、嫌なことに気が付いて」

「兄上もですか? 僕もです」


 二人して顔を見合わせてため息を吐く。

 何だろう?

 首を捻ると、シオン殿下が眉間を揉みながら口を開いた。


「ドラゴンの心臓って不老長寿の妙薬の材料だろう? 後々『菊乃井侯爵は不老長寿の妙薬を独り占めするために大賢者殿に便宜を図ったのだ』とか言いそうなのがいるよなぁと思って。自称僕の後ろ盾、他称空気読めない外戚公爵家」

「シュタなんとか公爵家な」

「とうりでんか、それ、おこたえ……」


 レグルスくんすら突っ込む隠してなさに、私も若干遠い目になる。

 それはまあ、あり得る話だよな。

 でもそんなんでフェーリクスさんや菊乃井ギルドを矢面に立たせたりはしない。そんなら簡単な話だ。


「フェーリクスさん」

「ん?」

「不老長寿の薬とか出来そうです?」

「……出来んことはないが、あんなものは栄養剤以上の効果はないと思った方がいいぞ?」

「それでいいんで、出来次第両殿下に差し上げる事ってできますか?」

「ああ、なるほど。牽制かね?」

「そんなとこです。ご両親へのプレゼントに加工を賜りましたって事にしておいたら、早々文句も言えないでしょう」


 これ平穏が担保できるなら、リュウモドキも浮かばれるだろう。

 合掌。

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