第360話 思春期に誰でもかかる熱病とその経験者と

 基本的に絹毛羊は専守防衛。

 ただしやられた時は、相手が絶滅するかもしれないってとこまでやるそうだ。禍根も遺恨も残さない、怒りに燃える絹毛羊は通ったあとにぺんぺん草すら残さないという。

 それに似てるって言われてるのか、私。別にいいけど。

 で、その穏やかな羊たちの中に、たまに「強いヤツらに会いに行く! ついでに、そいつら負かして天下を取るぜ!」っていう、イキるというか何というかな気性のが生まれることがあるらしい。


「つまり、坊ちゃんがそういう?」


 ゆっくり風の魔術がザリザリと、絹毛羊の王様……さっき突進してきた坊ちゃん羊のママンの毛をその肌から剃り落とす。

 身体から落ちていく毛をタラちゃんやござる丸と一緒に、冬にその毛皮に埋まって過ごしていた星瞳梟の雛が一緒に集めてくれて。

 その梟の雛がピヨピヨと鳴くのに、ママン羊さんは「メェェ」と力なく鳴いた。


「『そうなのよぉ、困った子よねぇ』だってさ」

「それはそれは……」

「メェェェ! メェェェェェ!」

「『最近なんて、そんなはずないのに「封印された右前足が疼くぜ!」とか言い出して。虎バサミに引っ掛かった時の痕があるだけで、怪我もしてないっていうのに』」

「あー……ねー……」


 私とママン羊さんの間にいて通訳してくれてるラシードさんも、坊やの所業に遠い目をする。

 アレだな。

 中二病っていうのは、世界も種も隔てなく罹患する物らしい。

 前世の「俺」にもそれはサクッと刺さるようで、私自身はまだソレお経験してもないのに心が大分痛む。主に羞恥心的なアレコレで。

 因みに前世の「俺」は、実は見えないだけで「天眼」の持ち主だったんだとさ。はー、痛い痛い。

 ついでにラシードさんもそういうのがあったらしく。


「……俺、実は事情があって出せないだけで、特別な力があるんだとか思ってたことはある」

「……わぁ」


 あながち間違いじゃないのが怖いとこだな。でもそれは言えないんだ。多分今後の彼の安全に関わる事だろうから。

 兎も角、そんな訳で私もラシードさんも、若干ダメージを追ってしまった。

 その坊やはと言えば、丸刈りにされて毛がなくなった肌の上を、優しく紡くんやアンジェちゃんに撫でられてご満悦で寝転んでいる。

 レグルスくんも私の隣で小っちゃい本当に子どもですって感じの羊の毛を魔術で上手に刈っていて、鋏で刈っている奏くんと毛を見せっこしてるし、先生達も鋏片手に楽しそう。

 ヨーゼフは毛刈りに一緒に行けない分、鋏の手入れと使い方をしっかり教えてくれた。私も鋏を使おうかと思ったんだけど、羊の大きさによっては魔術の方が早いんだよね。

 魔術だとバリカンで刈ってるみたいな感じ。

 右側の側面は刈り終わったから、今度は左側。私が移動すると、ラシードさんも星瞳梟の雛と共に移動する。


「メェェ」

「あー……いや、でも、それでいいのか?」

「なんて?」

「うん。『あんなに言うなら修行にでもだそうかしら?』って」

「修行ねぇ」


 ママン羊さん暢気だな。

 じょりじょりと毛が落ちるに従って、ママン羊さんも涼しくなって来たのか気持ちよさそうに目を細める。

 するとタラちゃんとラシードさんの魔女蜘蛛・ライラがその綺麗に毛が落ちた身体に触れた。極小の虫型モンスターを極細の糸で探して捕まえてるんだって。

 毛がもっさりしていると隠れ場所があるから中々捕まえにくいらしい。落とした毛の方は後で丁寧に虫を落とさなきゃだ。

 まあ、坊ちゃん羊の事は親子で話し合ってくれたらいいかな。それよりも私は欲しいものがあるんだ。

 それをどうやって切り出そうかな。翁さんにも立ち会ってもらわないと。

 周りを見回せば、どうやらほとんどの羊の毛刈りが終わったみたい。丁度ママンの毛も全部落とせたし。

 そういったラシードさんもこくっと頷いた。


「昼飯にしようぜ。王子の話もちゃんと聞いてやんないと」

「そうですね」


 ラシードさんがママンに許可を取ってもらうと、私もレグルスくんや先生達にお昼の声をかけた。

 少し開けた場所で毛刈りをしていたから、持って来ていた敷物を広げると皆でその上に座ってお弁当を広げる。

 食事をしながらママン羊さんに聞いたことを伝えると、さすっと顎を撫でてロマノフ先生が口を開いた。


「いいんじゃないです? 本当に坊やが望むなら、契約してあげても」

「え? でも……」

「絹毛羊は大人しいからそうは思わないけど、討伐難易度のかなり高いモンスターなんだよ。ちょっとやそっとで危ない目には合わないと思うけどね」

「まして魔物使いと一緒って事は、パーティー組んでるのと同じなんだから」


 ロマノフ先生の言葉に戸惑うと、ラーラさんとヴィクトルさんが絹毛羊の情報を補足してくれる。

 なるほど、それほど強いなら契約するのもありかも知れない。


「向上心のある事は良いことですものね」

「うん。強くなりたいって大事なことだよな」 

「アンジェも、えんちゃんがまたあそびにくるまえでにつおくなるの! エリちゃんせんぱいとおやくそうしたから」

「つむもがんばる。つよくなったら、だいこんせんせーがフィールドワークにつれてってくれるっていったから」


 ブラダマンテさんがにこやかに祈る様に手を組むと、奏くんも腕組みしながらにかっと爽やかに笑う。

 アンジェちゃんはぐっと拳を握って天へ突き出し、紡くんもほっぺを赤くして小さい手を握り込んだ。

 皆それぞれ理由があって強くなりたいと思ってる。もしやあの坊っちゃん羊にもそういうのがあるのかも。

 イフラースさんが「自分も見習わないと」と呟くのが聞こえた。

 そうだ、この人は見えない刃を大事な人の喉元へ突き付けられてる状況だもんな。

 うん、決めた。


「私ちょっと、話してきます。行きますよ、ラシードさん」

「うぇ? 俺も?」

「れーもいくよ!」


 驚くラシードさんを連れて、私とレグルスくんは翁さんを探す。すると、翁さんはママン羊さんの背中に預けられていた雛梟に突かれていた。

 微笑ましい光景を邪魔して悪いんだけど、割り込むべく声をかける。


「翁さん!」

「おお、お若いの。どうされた?」

「さっきの黒い真珠百合の実なんですけど」

「うん? ほうほう、聞こうか」

「今ある黒い真珠百合の実全てと、これから出る真珠百合の実は私の方で引き取ります。代わりと言ってはなんですが、王子様は責任もってこちらで武者修行させるというのはどうでしょう?」

「それはどういうことかね?」


 翁さんの通訳でのそっと寝ていたママン羊さんも起き上がる。勿論傍にいた坊ちゃん羊も起きると、こちらをワクワクしたような目で見て来た。


「黒い真珠百合の実をこちらでいただく対価として、安全に王子様の武者修行を手伝います。幸いうちには私が連れている使い魔だけじゃなく、妖精馬もいますし何なら獅子型の霊獣もいます。修行相手には事欠きません。それで足りなければ私もいるし弟も友人もいる。懇意にしてる強い冒険者もいるので、ルールを決めた手合わせであれば危険は少なく、でも強くはなれます」

「ほう。それはたしかに坊には良い環境じゃな。よかろう、王に聞いてみよう」


 ほうほうと翁さんが話すのを、ママン羊さんも坊ちゃん羊も時折質問するように鳴き声を出しつつ聞いている。

 ツンツンとラシードさんが私の袖を引く。


「何で俺を連れて来たんだよ?」

「考えがあるから、ですよ」

「考えって……?」


 困惑するラシードさんを他所に、話がまとまったようで翁さんが親子羊に軽く頷く。傍にいた雛がちいちいと鳴くのに、翁さんが溜息を吐いた。そして「仕方ないのう」と呻く。

 それから翁さんは私とラシードさんに向かって苦く笑った。


「王はその条件で良いと。厳しくしてもへこたれんと思うが、出来るなら可愛がっておくれと言うておるよ」

「勿論です。ね、ラシードさん」

「は!?」

「『は!?』じゃない。貴方が契約して主になるんですよ」

「や、待て待て。俺、絹毛羊と契約できるような魔物使いじゃないぞ!?」

「向こうから申し出てくれてるんだから、この場合はいけますよ。はい!」


 という訳で、ラシードさんの背中をレグルスくんが押せば、待ってましたとばかりに坊ちゃん羊が彼の手を舐める。それから自分の匂いを付けるようにすりすりと身体をラシードさんに擦り付けた。契約はこれで結べただろう。

 するとちよちよ鳴いていた星瞳梟の雛がよちよち飛んで、唖然としているラシードさんの頭に乗っかた。


「悪いがその雛も引き受けておくれ。なに、星瞳梟の雛じゃ。よく魔術を使うから、そんじょそこらの魔物には負けんよ」

「ああ、はい。引き受けます、ラシードさんが」

「嘘だろぉぉぉぉぉぉ!」


 静かな森にラシードさんの絶叫が響いた。

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