第312話 煽りは貴族の初期装備です

 シェヘラザードは帝国とコーサラに挟まれた海洋都市で、海を渡って色んなものを取引することで、莫大な富を集める都市国家だ。

 一応シェヘラザードの冒険者ギルドから、都市の執政官には大きなものが来るけど、友好のための飛来なので警戒する必要はないと伝えてもらっている。

 それでも冒険者ギルドの敷地の上空に、見えるように城を浮かせて階を地上に伸ばすと、ベルジュラックさんとローランさんを露払いにして、先生三人に守られて地上に降りると、人だかりが出来ていた。

 その黒山の人だかりから、二人の人物が私の前に歩み出る。

 一人は晴さんで、もう一人が私に深く腰を追った。こういう場合身分の高い私から話しかけるのが礼儀。


「初めまして、菊乃井伯爵家当主・菊乃井鳳蝶です」

「お目通りがかなって光栄至極。手前はシェヘラザードの冒険者ギルドの長、津田宗久と申します」


 穏やかなお爺さんって感じだけど、眼の奥の光が強い。宰相閣下とよく似た雰囲気がある。

 どうしてこうも出会う年長者のほとんどが、食えない感じなのか。いや、そういう人じゃないと権力闘争とか勝てないからだよね。知ってる。

 静かに握手を交わすと、先生達とも「お久しぶりです」とか「ご無沙汰してます」とか言葉を交わして。

 そんなのを聞いていると、晴さんがすすっと近寄って来た。


「こんにちは、晴さん」

「こんにちは。あの、このお城……」

「そうなんですよ、これ晴さんのお蔭でもらえたんです」

「じゃ、じゃあ、これ、もしかして!?」

「はい。レクス・ソムニウムの天空城ですよ」


 にこやかに告げると晴さんは城を見上げてよろめく。その手を引っ張って支えると、ぺたんとその場に晴さんは座り込んでしまった。


「晴さん!?」

「こ、腰、抜けた……」


 ああ、まあ、そうだよね。

 晴さんとしてはこういう物じゃなく、普通に服飾のデザインの足しになったらって感じで下さったものな訳だし。

 とりあえず地べたに座るのってあんまり良くないだろうから、私に掴まって立ってもらおうとすると、津田さんがやって来て、晴さんを小脇に抱えた。


「なるほど、これがあのデザイン画の真価ですか。凄まじいな」

「はい。他にも色々あるんですが、今のところ私にしか使えませんし、私以外の誰も開城させられません」

「閣下の敵にならぬ限り、これを差し向けられる事はない……ということですな」

「これを手に入れる切っ掛けを下さったのは津田さんですし、私ども麒凰帝国の貴族は、受けた恩は忘れぬものです」


 だから「これからも私、ひいては帝国と仲良くしましょうね?」っていう含みのある会話なんて不毛なんだけど、やっとかない訳にはいかないのが外交なんだよねぇ。

 今頃シェヘラザードの執政官は、帝国の外交官から非公式に訪問を受けている事だろう。

 これからも「仲良くしますよね?」って。

「しましょうね?」じゃなくて「しますよね?」ってのがお味噌だけど。

 外交的な不毛な会話は別として、私は本当にシェヘラザードを守りに来たんだから、もう建前は良いだろう。 

 真面目な顔でギルマスに「奴らは?」と問えば、待ち合わせの時間に来て待ってるそうだ。実は私は待ち合わせに一時間ほど遅れてる。

 これは貴族としての儀礼なんだけど、要は「なんでお前ら木っ端三流の輩に都合を合わせてやらにゃならんのだ」っていうヤツ。あらかじめシェヘラザードのギルドには、申し訳ないけどお待たせすると伝えておいたら「貴族はそういうもんだから大丈夫」って返事だったのが、なんか申し訳なかった。


「だいぶんイライラしておりますぞ」

「それ以上にこちらは寝所を穢されて遺憾の意ってやつなんですけどね」

「ラーラより聞いております。なおかつ殺さないのだから閣下はお優しい」

「いや、殺すってうちの兵の手が汚れるし、社会的な死なら何度でも殺してやれるでしょう?」

「それはそれは」


 うっそりと津田さんが笑う。

 そう言えば牢の男の名前はオブライエンとか言ったらしい。

 ああいう類の人間は皆捨て鉢で、どこかしら「死んだら楽になれる」と無意識で思ってる節がある。そういうヤツを極刑に処したところで、罰になるかと言えば違うだろう。

 寧ろああいう輩には希望を持ったところで、針山に飛び込ませる方がいい。

 勿論そんなつもりで「のるかそるか決めろ」と言ったわけじゃないけど、機会をふいにしたらそうなる。

 ……大概あくどいな、私も。

 レグルスくんは私を優しいと言ってくれるけれど、私にはこういう冷たくて本当に底意地が悪くて、悪意に塗れた所があるんだ。

 それを知って尚、あの子は私を優しいにぃにと呼んでくれるだろうか。

 大きく深呼吸をする。そういうことを、今、考えるべきじゃない。

 因みにオブライエンは「乗る」と言ったきり、憑き物が落ちたように大人しくなったから、とあるところに預けた。私が彼を必要とするあたりまでに、色々教育しておいてくれるそうだ。

 そんな諸々を振り切り、津田さんにギルドに案内してもらおうと口を開こうとすると、先生方やベルジュラックさん、ローランさんが私を守るように立ちふさがる。

 何だと思ったらギルドの建物の中から、男が二人、肩で風を切って出てくるのが見えた。


「細長いカイゼル髭の男がルマーニュ王都のギルマス、横の体格のいい筋肉質な男が火神教団の司祭です」

「ふぅん?」


 カイゼル髭の方はたしかに長細く神経質に探眼鏡を触っているし、体格のいい方は首から大きな球が連なった首飾りのようなものを付けている。

 二人とも口元には笑みが浮かんでいるが、若干こわばりがあった。宰相閣下やこの津田さんと比べるべくもない程、表情が解り易い。敵より味方の方が安心できないってどういうことだってばよ。

 思わず遠い目になっていると、それも察せないのか無遠慮に男二人が私へとソワソワしたような視線を向けてくる。

 私の方が上位者だから、声をかけないってあからさまな無視だもんな。

 でも私から声をかける気はない。冷ややかにしていると、津田さんが「閣下」と私に呼びかけた。


「こちらはルマーニュ王都の冒険者ギルドの長・コンチーニ氏、火神教団の司祭の呉(ウ)氏です」

「そうですか」


 返す言葉はそれだけ。

 それには火神教団の男の方が少々むっとしたような顔をする。

 するとロマノフ先生が冷たく笑った。


「こちらの都合を伺う事もなく、会談場所を勝手に設定した挙句、伯爵家の当主を呼びつけるなどと無作法な真似をなさったんです。当然こちらの方がどなたで、帝国としてはどのような立場にあるかもご存じでしょう? それなのに改めて名乗れと?」

「ルマーニュの貴族連中とはなあなあでいけるかもしれないけれどね。その無遠慮な態度が帝国の貴族に通じるなんて思わないことだよ」


 ヴィクトルさんの声も冷たい。

 帝国の英雄二人の冷たい視線に耐える胆力は、男二人にはなかったらしい。小さく「ご無礼を致しました」と詫びて引き下がったから、周りを囲む人たちから白けた視線を向けられる。

 まぁ私の態度も大分悪いからな。

 イメージアップを図るため、私は胸に手を当ててゆったりと微笑んだ。


「シェヘラザードの皆さん、お騒がししたことをお詫びいたします。私は麒凰帝国の菊乃井伯爵家の当主・鳳蝶です。こちらには昨今巷で話題になっているルマーニュ王都の冒険者ギルドにおける、冒険者に対する不当搾取問題の解決のために参りました。皆さんも結末をお知りになりたいでしょうから、話し合いが終わり次第公明正大にルマーニュ王都の冒険者ギルドの再発防止策と、その関係者への処罰等を発表させていただきます!」


 大きな声で叫んでやれば民衆は沸き立ち、ルマーニュ側の二人は青ざめた。

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