第309話 むかっ腹に火をつけて

 とりあえず威龍さんには、彼と同じく純粋に教団の未来を憂う人達を糾合してもらうために動いてもらう事として。

 早速彼には各所に連絡にいってもらうという事で、一旦本拠地に戻ってもらった。

 早朝だったので、それを機に解散すると、私や先生方は朝食を取って作戦会議に入った。

 レグルスくんはフェーリクスさんと、お城の探検に出かけてもらってる。


「ルマーニュ王都の冒険者ギルドと、火神教団の癒着と悪事を暴く方法ですよねぇ」

「火神教団の古の邪教との繋がりというか、秘薬の使用自体は生き証人がいますし、彼の記憶を抜き出す事は出来るので何とでもなりますよ?」


 ポツリと零れた私の呟きをロマノフ先生が拾う。

 薬を使われた男は菊乃井で確保されているし、解毒薬もフェーリクスさんのお蔭で何とかなった。

 実のところ、男は菊乃井に来る前から薬を常習的に使っていたのか使われていたのか、かなり重症な中毒症を起こしていたそうで、解毒薬が無かったら非常に危うかったらしい。

 その辺はフェーリクスさんから先生方が聞かされたんだって。

 何でもフェーリクスさんは、私が古の邪教を信仰する輩に狙われ、事を構えたんだと思ったらしく、あの夕食の後で結界強化を申し出てくれたんだそうな。

 そういうわけではないけれど、あまり良くない奴等とは事を構えていると話すと、この件に関しても協力は惜しまないと言ってくれて、必要ならあの男の詳しい報告書も作ってくれるそうだ。ありがたし。

 そもそもルマーニュ王都のギルドの悪さはもう千里を走って、海の向こうからも問い合わせが来ているという。

 なので後は奴らが謝罪して監査を受け入れればいいだけ。一番簡単なもめ事の収め方がこれだ。ベルジュラックさんを早々に諦めて詫びる。それだけで済む。

 しかし火神教団まで出してくるって、何がしたいんだか。

 案外冒険者ギルドの方はもうこれ以上の事態の拡大は望んでいないのに、バックの貴族がそれを許さないのかもしれないな。

 だとしたら古の邪教の秘薬は、両者の間を裂く手段になり得る。

 そんなことを話せば。


「或いは、古の邪教の秘薬の存在がある故に、ギルドの腰がもう引けているという事もあり得ますね。何せもうすぐ期日だ。君によって暴かれるかもしれないと考えたら、生きている心地がしないでしょうし」

「私じゃなくて、先生達が気付いたかも、でしょう?」

「どっちでも同じだよ。現に男は教団に戻ってない。成功したか失敗したかも判らないんじゃ、さぞかし怖いだろうね?」


 ロマノフ先生とラーラさんが肩を竦める。

 あっちが揉めてるなら揉めてるでいいんだ。一致団結されるよりは仲たがいしている組織の方が、やりやすいのはやりやすいんだから。

 ロッテンマイヤーさんが入れてくれた紅茶に口をつけると、不意にノックをする音が聞こえる。

 入室を許可すると、扉を開けてロッテンマイヤーさんが入って来て、私に「冒険者ギルドのローラン様からです」と手紙を差し出した。

 内容はというと、ルマーニュの王都ギルドが会見を申し込んできたという。しかも場所はシェヘラザードの冒険者ギルドで、私にも参加を求めている、と。


「どう思います?」

「シェヘラザードがルマーニュに味方するとは思えませんが……もしかしたら、火神教団がルマーニュのギルドの味方になった事を、広く知らしめたいのかもしれませんね」

「宗教の力は強いし、現行どっちかいうと菊乃井よりも寧ろシェヘラザードの冒険者ギルドや商業ギルドからの取引縮小の方が痛いから。それもあるんじゃない?」

「シェヘラザードへの圧力ですか……」


 たしかにそれはあるかも知れない。

 前提として帝国・コーサラとルマーニュは決して良好な関係とは言えないから、自然と民間の取引も小さく、規模が縮小しても、それほど大きなダメージではない。でもシェヘラザードは別だ。

 ふぅん? つまり私を侮って寝所を汚しに来たのは物のついでって事か。なるほどなぁ。

 自然と口の端が持ち上がったから、私はにこやかに笑う。


「ヴィクトルさん、私、城に魔力注入してきますから、邪教の秘薬の事と火神教団の狙いの件を宰相閣下にお伝え願えますか? あと、『城』を動かすこともお伝えください」

「う、うん。いいけど」

「ラーラさんはシェヘラザードのギルドに、会見の確認をしてもらって、あちらにも邪教の秘薬の件と火神教団の件をお伝えください。それから『晴さんからいただいた物の真価をお見せする。何があろうとシェヘラザードには手出しさせない』とも」

「ああ、うん」


 何だかヴィクトルさんとラーラさんのお顔が引き攣ってるけど気のせい気のせい。だって私は笑ってるんだもの。


「鳳蝶君、怒ってますね?」

「いいえ、別に。でも誰に喧嘩を売ったか理解してもらおうとは思ってます。ええ、解ってもらえればいいんですよ、解ってもらえれば」

「ふむ、その後どんなことになろうが、あちらの自業自得ですからね」


 ニコニコとロマノフ先生も笑ってる。私は怒ってないんだから。

 そんな訳で手分けして色々行動を開始する。

 私はロマノフ先生と一緒にレクスの城へと足を運ぶと、先に来ていたレグルスくんとフェーリクスさんと主の部屋で合流した。

 ピコピコとレグルスくんが身体を揺らす。


「にぃに、じっけんのおへやすごかったよ!」

「うん? そうなの?」

「ああ、象牙の斜塔の吾輩の部屋よりも見事な実験施設があった」

「おや、そうなんですか?」

「うむ。これならござる丸君の葉っぱから繊維を取り出す実験も、過不足なく出来る」


 おお、それはありがたい。

 因みにユウリさんはこの城に関しては『劇場以外は用事がない』と、劇場施設以外の全ては私に委ねてくれると、エリックさんに託けてくれている。

 魔術人形のウサギも「お二方の間で協議が出来ているのであればそれで」と。

 と言うか、本当であれば優先権は、レクスが保護を目的とする渡り人であるユウリさんにあるんだけど、私が杖に選ばれて後継者の座に納まっちゃったから、ユウリさんより私が優先されるという捩れが起こってるんだよね。

 でもユウリさんに言わせれば、そもそも図案は私がもらったものだし、遺産なんか貰わなくても安心安全に暮らせてるから、特に必要としてないし受け取る気もあまりない。城を呼んだのだって偏に悪戯心だから、という。

 ただ劇場に関しては「歌劇団の本拠地になるかもしれない」という事で、ユウリさんは押さえておきたいんだとか。

 まぁね、私も思わないでもないんだよね。この城の劇場は絶対話題になるって。

 だってレクス・ソムニウムの城だよ? 伝説の空飛ぶお城で華麗な歌劇とか、ロマンの塊じゃん!

 そして最大の売りは、この城滅茶苦茶早く飛べるんだから、何処にでも行って歌劇の公演が出来るっていうね!

 その辺はヴィクトルさんも解ってて、宰相閣下が城を動かすことに難色を示したら、この城で帝都公演を行う事を切り札にするって言ってたし。

 そんな事を話すと、レグルスくんは目を輝かせ、フェーリクスさんは「面白い事を考えるな」と顎を撫でる。


「君は本当にいろんな事を思いつきますねぇ? でもここを本拠地にするとして、今までのカフェはどうするんです?」

「あそこには遠距離通信魔術ガレリーのかかった布を設置して、ライビュをします」

「ライビュ? ですか?」

「はい。えっと……異世界の観劇方の一つで、劇場から生の映像を別の場所のスクリーンに映して、まるで劇場にいるかのように劇を楽しむ方法だそうです。たしかライブビューイングが正式名称で短縮して」

「ライビュですか」

「はい!」


 拳を握って力説すると「楽しそうで何より」と、ロマノフ先生とフェーリクスさんに頭を撫でられて、ちょっと恥ずかしかった。

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