第257話 不穏の種はそこかしこ

 ロマノフ先生が顎を一撫でする。

 その間もピクピクと忙しなく尖った耳が動いてて。

 同じくヴィクトルさんやラーラさんも耳をピクピクさせたかと思うと、三人して顔を見合わせた。


「争っているのは人間同士のようですね」

「幽かに羊の鳴き声も聞こえるんだけど、お仕置き最中って感じではないね」

「いや、これ、子羊の警戒音声だよ! 親が来ちゃったら大惨事だ」


 音楽家として聞こえには自信のあるヴィクトルさんが、さっと顔色を変えたのを見て、ロマノフ先生もラーラさんも険しい顔をする。

 その親がもしも絹毛羊の王様だったら大惨事だろうし、それでなくとも人間の争いで真珠百合が踏み荒らされでもしたら、全モンスターの敵と見なされて、人間だけが渓谷から閉め出されしまうかも。

 そうなると真珠百合を採取出来なくなる。

 ダメじゃん!

 急いでプシュケを先行させて、真珠百合の花園に飛ばすと、情報収集に回る。

 私たちも花園に走り出すと、脳内に次々に先行させているプシュケから情報が流れてきた。

 まず一面に色とりどりの花弁と、所々見える太陽の光に輝くピンクや白、黄色の鮮やかな真珠。

 毛皮の腰当てや、動物の毛皮を加工した服を着た髭面の男達凡そ十数名ほどが剣だの弓だの武器を構えて、ジリジリと足にトラバサミが食い込んだ子羊と、その子羊を庇うようにした黒いターバンに黒いマント、黒いずだ袋に、黒いズボンの人を取り囲んでいるのも見える。

 何だろうな。

 囲まれてる人も囲んでる人も、両方不審者にしか見えない。

 トラバサミに挟まった子羊を然り気無く庇ってるから、辛うじて黒づくめの人の方が話かけ易いかなってくらいだ。

 そう思っていると、不意に黒いマントの人が顔を上げる。

 顔を隠したいのか、マスクというか、目の下からすっぽり覆い隠すような仮面──前世ではあれ面頬めんぽうとか言ったらしいけど、こっちでは解んない──を着けてて、目付きが異様に鋭い。

 関わらんとこかな?

 でもその人の視線は、私のプシュケにピタリと定まっていて。


『おい、お前。見てるなら手伝え。密猟者だ』


 ひぇ! 話しかけられた!?

 ビクッと肩を揺らすと、先を走っていた先生達が私を振り返った。


「プシュケを捕捉するとはただ者ではありませんね」

「密猟者だって聞こえたけど、本当なら一大事だよ。捕まえないと」

「だね。あーたん、やれる?」

「ヤれますけど、あの、密猟者じゃない方の人も大概怪しいんですが……?」


 プシュケが見た光景を話せば、先生達も複雑な顔をする。

 ちょっと眉を落としてロマノフ先生が口を開いた。


「まあ、冒険者って大概変わった服装だったりしますからね。ダンジョンで出てくる防具や武器って、独特の感性で作られてるというか?」

「先生たちはふつうにふつうの服なのに?」


 奏くんが首を捻る。

 私もそう思うから頷くと、ヴィクトルさんが首を横に振った。

 ラーラさんも肩を竦める。


「それはほら、僕達は選べる立場だから」

「駆け出しの冒険者なんかが運良く役に立つ防具や武器を手に入れたら、どんだけ趣味じゃなくても使わざるを得ないよね」


 ああ、なるほど。

 となると、あの人はちょっと見かけが怪しいだけの気のいい人なのかな?

 兎も角密猟者だって言われたら、対処しなきゃダメか。

 私達がこちらで話している間も、花園では黒づくめの人と髭面の集団が睨みあっていて。


『何をブツブツほざいてやがる!? その羊を渡せって言ってんだろうがよ!』

『ここは禁猟区だろうが。トラバサミを仕掛けるのも、猟をするのも禁止のはずだ』


 威嚇なのか、矢が黒いマントの人の足元に刺さる。

 それに怯えた子羊の鳴き声が大きくなっていく。

 やいのやいの騒ぐ山賊っぽい見かけの人には、プシュケは見えていないようだ。

 そりゃそうか、認識阻害の魔術で一定の魔力を持たないと単なる蝶々にしか見えないようにしてあるんだもん。

 だけど黒マントの人には見えた。

 致し方ない。

 私はプシュケに魔力を送る。

 そして子羊を守るように結界を張った。

 向こうがざわつく。

 その隙に「やるぞ」とプシュケに一声かけて、黒マントの人が駆け出した。

 仕方ないからプシュケ三羽に子羊を守らせて、後の二羽に黒マントの人の後を追わせる。

 っていうか、プシュケ操作しながら走る私を誉めて欲しいよ。

 脳と身体の動きが違うって、本当に難しいんだから!

 ガンガン脳内では戦闘が開始されてて、山賊っぽい人達の動きを見ながらプシュケで雷撃を食らわせて気絶させたり、子羊の周りにくるのを物理障壁でぶん殴って昏倒させたり、黒マントの人手伝えって言った割にちょっと足を庇ってて動きが悪いからそれをフォローして。

 私自身は花園にようやく到着してぜえぜえしつつ花園の入口で酸欠で止まる。

 レグルスくんがガーリーから飛び降りて、子羊に近づこうとする山賊を木刀を振って起こす旋風で吹っ飛ばすと、私の背中を擦ってくれた。

 同じく奏くんも、黒マントの人を射ようとした弓使いの弓を射てぶっ壊す。

 すかさずブラダマンテさんが距離をつめて、その弓使いの鳩尾に重い一撃を叩き込んだ。

 ガーリーの上から紡くんがスリングショットでトラバサミを壊すと、アズィーズに乗ったアンジェちゃんとえんちゃん様とで子羊を保護、その守りをラシードさんとイフラースさんが担ってくれてるみたい。

 先生方はと言えば、山賊を失神させながら回収して歩いてる。

 黒いマントの人が最後の一人を昏倒させた辺りで呻いてその場で座り込み、私の息も整ってプシュケを回収していると、キラリと何かが光った気がして。


「あぶなーい!」


 アンジェちゃんの悲鳴と共に銀のお盆が宙を舞う。

 最初は子どもの力で投げられたからヘロヘロだった物が、空中で一瞬止まると次の瞬間加速して、隠れて黒いマントの人を射ようとした山賊っぽいのの顔面にガツンとめり込んだ。

 めっちゃ痛そうな音ともに崩れた男の顔面から、ヒラリとお盆がアンジェちゃんの手元に戻る。

 自動捕捉と自動収納機能付きお盆だと……!?

 っていうか、うちのメイドさんは一体何を想定してこんな道具を持たされてるのだろう。

 聞きたいような聞きたくないような。


「アンジェ、そなたなかなかやるのう!」

「うん。アンジェ、ダンジョンのあるおうちのメイドさんだから! それにアンジェ、こーみえてもぼーけんしゃだから!」


 ああ、そうか。

 アンジェちゃんは菊乃井に来る前にシエルさんと旅をしてたから、それで冒険者登録があるのか。

 なんて感心していると、プシュケが黒いマントの人が何処かにいこうとしているのを脳内に伝えてくる。

 子羊はラシードさんとイフラースさんの手でトラバサミを外されて、紡くんと奏くんに撫で回されていた。

 そこからすっとプシュケを離すと、五羽の蝶々で音もなく立ち去ろうとした黒マントの人を囲む。

 レグルスくんの手を引いて、私は立ち止まった人の背中に声をかけた。


「密猟者の第一発見者なんですから、一緒に冒険者ギルドに出頭してもらわないと困ります」

「そんなもの、どうとでも言っとけ。賞金の類いは間に合ってる」

「そんな訳にも行きません。トラバサミを見つけた時の様子とか話してもらわなきゃいけないし」

「密猟者連中が吐くだろ?」

「怪我の手当ても必要でしょ?」


 その脚。

 そう呟くと、黒マントの人が振り返る。

 プシュケから見てて目付きが悪いのは解ってたけど、改めてみるとやっぱり目が鋭いな。

 けれどあちらはまさかプシュケを操っていたのが子どもだとは思わなかったのか、大きく目を見開いた。

 しかし、それも一瞬。

 瞬時に目から驚きを消すと、首を横に振る。


「なんの話だ」


 触れられたくなかったことなのか、やや視線と雰囲気に殺気が滲む。

 だけどねー、そんなことするとさー、怪しさが大爆発だからー、益々放っておけなくなっちゃうんだよねー。

 威嚇には威嚇を返すべし。

 私にも【威圧】はあるみたいだから、睨み合いに負けないように目に力をこめようとすると、グッと黒マントの人が呻いた。

 その視線が徐々に下がって、私の隣のレグルスくんに注がれる。

 レグルスくんが頬をぷっくり膨らませた。


「にぃにのこと、にらまないでー!」

「くそっ!? そのガキ……!?」


 そう言ったきり、マントの人はどさっと崩れ落ちた。

 またこのパターンかよ!?

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