第230話 終わり、春を待つ
マーガレットさんのお墓はとても簡素な物で、墓石に名前とたった一言「我が最愛」とだけ刻まれていた。
冬だというのに花が周りを取り囲む周囲のお墓から、詣る人も無かったのか、何も捧げられないその白さがひどく浮いて。
買ってきたお花をレグルスくんや宇都宮さん、先生と一緒に捧げたけれど、それでも物悲しい。
しおしおした雰囲気に、後片付けをして追い掛けてきてくれたラーラさんが、さる古代のお姫様のお墓から見つかった「祈り花」という植物の種をくれた。
それは四季折々に違う花を咲かせる植物で、糧になるのは魔力らしい。
沢山注いでおけば、それだけ長く生きて花を次々に咲かせてくれるそうなので、私の魔力を沢山注いでおいた。
あれからの話をしよう。
母とセバスチャンは帝都の屋敷を出て、ソーニャさんが紹介してくれた保養所に行くことになった。
母の腐肉の呪いは、ブラダマンテさんの助力により一月に一回祈祷を受けるとそれ以上回復も進行もしない状態に。
とはいえ、私に仇なせばすぐに腐肉の呪いは進むだろうと釘を打たれたせいか、セバスチャンは此方に対して悪心を抱かぬ誓詞、それも破れば制裁が課される呪術的な縛りのあるものを提出してきた。
そこまでされて、疑い過ぎるのも良くない。
幸い、彼らには祖母が付けたメイド長が同行してくれるとのことで、連絡は彼女を通して行われることになった。
ブラダマンテさんも月一回、そちらに出向いてくれるという。
菊乃井の帝都邸は処分しようかと思ったけれど、公式行事やらで帝都に滞在する時に必要になるので、人を置いて管理してもらうことにした。
人選はロートリンゲン公爵閣下がしてくださって、彼の家の家令が隠居するのに際し、老後の仕事として請け負ってくれる。
ちょっとだけお話したけれど、優しそうなお爺さんだった。でもロートリンゲン家の家令だっただけあって、凄く油断ならないものを感じたよね。
父は菊乃井とは離縁。
宰相閣下は菊乃井からある程度金銭が入るのであれば、無理に軍務を続けることはないと父に告げたそうだ。
しかし父は「ここに至って自分の罪深さを思い知った」と、提示された辺境より、更に厳しい辺境砦への派遣を自ら志願し、旅立って行ったという。
父が菊乃井伯爵家別邸として買い上げたレグルスくんの実家は、リノベーションして貸し出すことになった。
菊乃井で持ったままでもいいけれど、活用しなければ領民の反発を招くかもしれない。
レグルスくんの思い出の場所だけに手付かずにしておきたい気持ちはあったけれど、当主となった以上個人より優先させなければいけないものもある。
苦く思っていると、次男坊さんが今度のことをイゴール様から聞いて「綺麗に使うから貸してくれ」と手を上げてくれたのだ。
なんでもまた腹違いの兄弟が出来たそうで、実母に知れたら母子ともに命が危うくなりそうらしく、木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中。
母子ともに帝都に世話をしてくれる人ごと隠してしまえということらしい。
家賃収入が見込めるなら、レグルスくんの家は手放さずにすむ。
イルマは法の裁きを受けることになった。
彼女は菊乃井からの助命嘆願書が受け入れられ、極刑にはならない運びで裁きが進むことが確約されている。
裁きで与えられた刑期が終われば、とても静かで穏やかな環境の神殿への出家になるだろう。
この一連の騒動の終息に伴い、菊乃井がマーガレットさんや父に対してやったことも、このお家騒動の核である母の企てとセバスチャンの暗躍以外は全て表沙汰になり、世間は私個人に対しては同情するものの、菊乃井家に対しての風当たりは強いものに。
これは致し方ないことだし、ある程度覚悟はしていた。
冒険者の方は権力をやたらと振りかざす貴族を嫌うから、どうなることかと思っていたけれど、バーバリアンの三人やサンダーバードの晴さんが「当代は話が解る」と擁護してくれるので、目立った混乱は見られない。
色んなところで、色んな人に助けられている。
贖いが終わらなければ禊もない。
いつ汚名が返上されるのかは、私の働きにかかってくるのだ。
その肝心な私はと言えば、本来なら菊乃井家の新当主としてお披露目や挨拶回りがあるんだけど、母がいつ何時どうなるか解らない容態なのと、歳が歳だけに、手紙や何かで済ませた。
ロートリンゲン公爵閣下にはご挨拶に行ったけど、お墓参りの翌日に訪問させていただいたせいか、私の顔色が悪かったらしく。
「休みなさい。後の事はおじさんが手伝えるところまではやっておくから、今すぐ休みなさい」
って。
別に体調は悪くなかったんだけどな。
一緒に行ったロマノフ先生が「もっと言ってやってください」って、ぷんすこしてた。
いやぁ、出掛ける前にもロマノフ先生や、ヴィクトルさんやラーラさんも「今日は休みなさい」って散々言われたけど、気になったんだもん。
結局、ロッテンマイヤーさんが「若様は気になることがあるとお休みになれないと思う」って、先生方を説得してくれたんだよね。
領民には役所から代替わりを伝えて、お祝いにワインやジュースを振る舞った。
ラ・ピュセルもコンサートをしてくれてお祭り騒ぎだったらしく、塞ぎがちになる季節だから、領民にも楽しんでもらえたらしい。
やることは山積みだけど、とりあえず新体制は発足したのだ。
庭にはレグルスくんの思い出のブランコが増えた。
源三さんがいつでも乗れるようにと、庭の一番大きくて太い木の枝に硬く結わえてくれて。
宇都宮さんやアンジェちゃん、紡くんと一緒に、ブランコで遊んでる姿が、時々書斎の窓から見えるようになった。
ジョウロだって菜園で大活躍している。
こちらは主にタラちゃんやござる丸、奏くんと一緒に大事に大事に使っているようだ。
壊れたら奏くんが補修を請け負ってくれたし。
ニコニコと屈託なくレグルスくんが笑って過ごしている。
私が一番守りたいものは、突き詰めていけば、レグルスくんとあの子が穏やかに笑って過ごせる日常なのだ。
「……まあ、でも、少し詰めが甘いな」
「はぁ……それは……ダメージコントロールが人任せってとこですよね……」
「じゃねぇよ。お前が二人にかけた魔術・
第二回真夜中のお茶会。
ロスマリウス様の指が、つんと私の額をつつく。
それが二度、三度となると、今度はほっそりとした指が、ロスマリウス様の手を止めた。
見れば今麒鳳帝国で流行りのローブ・ア・ラ・フランセーズに似た、しかしきらびやかさが少し違う感じのドレスを身に纏ったすらりとした金髪の美女がいて。
男装の麗人である将校が、ただ一夜、初恋に別れを告げるべく初恋相手の青年貴族とダンスを踊るためにした装いに似たその姿はひたすら美しく眼福だ。
『お前の孫たちと違って、これは体調を崩しやすい。あまり乱暴に扱うな』
「お、そうだな。悪い」
美女な氷輪様の言葉に、ロスマリウス様は軽く仰る。
つつかれただけなので痛くはなかったから、首を振ると私は疑問を口にした。
「ああ、いえ……。
「お前、アイツらがレグルスに悪心を抱かないと思うか?」
「……その、自信はないです」
「だろ? したら、奴らから消えたレグルスの母親の記憶はどうするんだ?」
「あー……そうか……そうでした」
父とイルマにかけた魔術が効果を発揮すると、彼らからマーガレットさんの思い出が少しずつ消えていく。
でもマーガレットさんを覚えている人が少なくなるっていうのは、マーガレットさんを二度死なせるってことでもあって。
二人がレグルスくんに対して恨み辛みを抱かなければいい話なんだけど、あの二人だしな。
確かに詰めが甘い。
しゅんっとしていると、頭を撫でられた。
細くて柔らかい感触だから、きっと氷輪様だ。
傍らでバリボリとクッキーを噛み砕く良い音がする。
「仕方ねぇな。茶会の菓子の対価だ。ちょっとその魔術をいじくってやるよ」
『我も対価として手伝おう』
すっと二人の指先が私の額に触れる。
すると頭の中に色んな情報が流れて、ぐるぐると回って。
それが治まると、すっと身体に何かが浸透するような気配を感じた。
「奴らから消えたレグルスの母親の記憶は、お前の手の中に記憶を封じた魔石として落ちてくるようにしたぞ。前に教えた物の記憶を見る魔術をかければ、その思い出を見られる」
『記憶を失くし続けると、大切な誰かがいたことは覚えているが、名前以外何も思い出せない状況になるようにした。罰なら完全に忘れさせては意味がないからな』
「ありがとうございます!」
お礼をいうと、お茶のおかわりを所望された。
ここには私しかいないわけだから、私がお茶を入れてお二人にお出しする。
ふっとお二人が唇を上げた。
「さて、春になったら賑やかになるぞ」
『ああ、百華がソワソワしているな』
もうすぐ風が吹く。
新たな春まであとどれくらいかな?
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